第2話 雨の村へ

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/9/12 📚 シリーズ: 夜明けを縫う、あなたの隣で〜記憶を失う星織りと、忘れないと誓った風渡りの旅〜 📝 2,572文字 🤖 AI創作支援作品 ✅ 全年齢

あらすじ

夜明けを縫う、あなたの隣で〜記憶を失う星織りと、忘れないと誓った風渡りの旅〜 - 第2話 雨の村へ

本文

ミアは祭司を見た。次に、エルナを見る。

 彼女は何も責めず、ただ手帳の頁についた土を払っていた。

「今ので、何を忘れたんですか」

 聞いてから、踏み込みすぎたと思った。

 エルナはしばらく黙っていた。やがて顔を上げ、子どもを安心させるような微笑みを浮かべる。

「母が歌ってくれた歌を」

「全部?」

「いいえ。たぶん、一番だけ」

 たぶん。

 失ったものの形さえ、もう確かめられないのだ。

 ミアの胸に、遅れて恐怖が入り込んだ。

 北の星杭までは二十日。その道中で四本の杭を順に起こし、五つ分の光を王都へ持ち帰る。最後には、空を覆いかねない大裂を縫わなければならない。

 教会の依頼書に、記憶のことは一言も書かれていなかった。

「怖いですか?」

 エルナに問われた。

 静かな瞳だった。自分のほうがずっと怖いはずなのに、こちらを気遣っている。

 ミアは、落とした杖を拾った。裂けた外套を見て、砂を払い、いつものように口角を上げる。

「ええ、怖いです」

 飾らずに答えた。

「だから、急ぎましょう。エルナ様が使う糸を、少しでも減らせる道を選びます。夜獣が出たら、今度は三十どころか百まで数えさせます」

「それでは間に合いません」

「じゃあ五十で」

「交渉になっていますか?」

「私のなかでは」

 エルナの唇から、かすかな笑い声がこぼれた。

 春を拒んでいた中庭に、それだけがひどく温かく響いた。

 翌朝、二人は王都を発った。

 青い花を挟んだ手帳と、まだ互いのことをほとんど知らないまま。

     ◇

 旅に出て三日で、エルナはミアについて三つ知った。

 一つ。朝には強いが、起きてからしばらくは驚くほど無口になる。

 二つ。干し葡萄だけは、どんなに空腹でも食べない。

 三つ。道に迷っても、迷ったとは認めない。

「こっちの道、さっきも通りませんでしたか?」

 見覚えのある二股の樫を前に、エルナは馬上から尋ねた。

 手綱を握るミアの背中が、ほんの少し固くなる。

「森の木は似たものが多いですから」

「幹の傷まで同じです」

「仲のいい木なんでしょう」

「根元に、ミアさんが捨てた干し葡萄があります」

 沈黙のあと、馬がぶるると鼻を鳴らした。

「ククまで笑わないでよ」

 栗毛の馬はククというらしい。道に迷ったのは自分ではなく、ククが気になる匂いを追ったせいだとミアは主張したが、エルナは聞かなかったことにした。

「西へ少し戻りましょう。川音がしました。流れに沿えば村に出るはずです」

「星織りって道もわかるんですか」

「教会の中庭より遠くへ出たのは、これが初めてです」

「……今のは忘れてください」

「手帳には書きませんから、いずれ忘れるかもしれません」

 ミアが勢いよく振り返った。

 冗談のつもりだった。けれど彼女の焦げ茶の瞳に浮かんだ痛みを見て、エルナは後悔した。

「ごめんなさい」

「いえ。私こそ、そんな顔をするつもりじゃ」

 言葉が途切れた。

 森を渡る風が冷たい。遠くで雷が鳴っていた。

 ミアは前を向き、ククの首を軽く叩いた。

「急ぎましょう。降られます」

 雨は、村に着く前に二人を追い越した。

 大粒の雫が木の葉を叩き、あっという間に道を泥に変える。ミアが風の膜を張ってくれたものの、横殴りの雨をすべて防ぐことはできなかった。

 ようやく見つけた村では、川沿いの家々が慌ただしく戸板を運んでいた。古い水門に流木が詰まり、水が土手を越えかけているという。

「宿はあそこです。先に入っていてください」

 ミアは荷台から縄を取った。

「ミアさんは?」

「流木をどかすくらいなら、風で手伝えます」

「私も行きます」

「だめです。天裂ならともかく、増水した川で星織りを危険にさらしたなんて知られたら、教会に二度と仕事を回してもらえません」

「私は泳げます」

「そういう話ではなくて」

「それに、その縄では足りません」

 荷台の縄は何度も継ぎ足され、ところどころが擦り切れていた。エルナは裁縫道具を取り出す。

「直せます。星の糸でなくても、縫い物は得意ですから」

 ミアは雨に濡れた前髪をかき上げ、何か言いたそうにエルナを見た。

「宿で待つという選択肢は?」

「ありません」

「穏やかそうに見えて、けっこう頑固ですね」

「よく言われます」

「誰に?」

「今、初めて言われました」

 笑うと、ミアは呆れたように息を吐いた。それでも縄の束を差し出してくる。

「無理はしないでください」

「はい。ミアさんも」

 二人は軒下に座り込み、急いで縄を繕った。

 エルナが傷んだ箇所へ当て布を巻き、太い針を通す。ミアはその隣で結び目を作った。風を操る指は器用なのに、縄を結ぶとなぜかすぐにほどける。

「そこ、逆です」

「こう?」

「それでは犬の耳です」

「犬の耳結びということにしましょう」

「水門を任せるには、かわいすぎます」

 結局、ミアが流木を風で浮かせ、村人たちが補修した縄で引いた。エルナは土嚢を積む列に加わり、泥まみれになった。

 日が落ちるころには水位が下がり始めた。

 歓声が上がる。見知らぬ老女がエルナの手を握り、何度も礼を言った。

「聖女様に土嚢を運ばせるなんて、罰が当たるねえ」

「エルナで構いません。それに、私が運んだのは三つだけです」

「六つです」

 隣からミアが口を挟んだ。

「ちゃんと数えてたんですか?」

「無理をしないか見張るのも仕事なので」

 ミアの右肩には、雨に濡れた外套が張りついていた。王都で夜獣に裂かれたところを、仮縫いしただけだった。激しく腕を動かしたせいで、傷口がまた開いている。

「ミアさんこそ」

 触れようとすると、彼女は半歩引いた。

「これくらい、かすり傷です」

「その言葉を使う人は、たいてい大丈夫ではありません」

「どこかで聞いたような」

「私もです」

 泊まることになった宿には、空き部屋が一つしかなかった。

 増水で足止めされた旅人たちが、食堂にまで毛布を敷いている。宿の女主人は何度も謝り、二人を二階の小部屋へ案内した。

 狭い寝台が一つ。小さな椅子が一つ。窓の外では雨が屋根を叩いていた。

「私が床で寝ます」

 エルナが言うと、ミアは濡れた外套を脱ぎながら眉を寄せた。

「依頼人を床で寝かせる風渡りがどこにいるんですか」

「あなたは怪我をしています」

「エルナ様は今日、土嚢を六つ運びました」

「では、一緒に寝ましょう」

 ミアの手が止まった。

「……一緒に?」

「寝台は、詰めれば二人でも使えそうです」

「そうですね。寝るだけですからね」

「ほかに何をするんですか?」

「何もしません」

 妙にきっぱり答えるので、エルナは首を傾げた。

ジャンル・タグ

, , , , , , ,

作品統計

👁️ 閲覧数: 1 👍 いいね: 0 📚 本棚登録: 0

作者について

PEN_240

👥 フォロワー: 1人

作者ページを見る