第二十六話「奥の手」
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あらすじ
『魔王るこ討伐記』あらすじ 剣士、魔法使い、弓使い、薬師―― 誰もがひとつの「スキル」を持って生きる世界。 冒険者たちは仲間とパーティを組み、ダンジョンを攻略し、魔物を討ち、日々さまざまな依頼をこなしていた。 そんな世界に君臨する、絶対的な敵。 魔王――るこ。 そして魔王に仕える、四人の強者――「四天」。 世界各地では、まだ互いの存在すら知らない者たちの物語が始まっていた。 一人で依頼をこなす剣士。 冒険者を夢見る弓使いの少女。 小さな薬草店で働く少女。 記憶を失った、異常なほど剣の強い謎の男。 そして――羊一匹にすら苦戦する、新米冒険者たち。 英雄だけが、この物語の主人公ではない。 冒険者も、商人も、ギルドの受付も、街で暮らす普通の人々も。 それぞれが出会い、別れ、時に敵となり、時に仲間となり―― やがて無関係だったはずの物語は、一つへと繋がっていく。 しかし彼らはまだ知らない。 なぜ魔王るこは世界を滅ぼそうとしているのか。 「魔王」とは、本当に世界の敵なのか。 そして―― この世界そのものに、誰も知らない秘密が眠っていることを。 これは、魔王を倒す英雄一人の物語ではない。 この世界に生きる、たくさんの人々の物語。 『魔王るこ討伐記』 ――魔王を倒したその先に、本当の答えがある。
本文
グラディア大闘技祭、準々決勝第三試合
舞台の中央では、yukiとたたたつが数メートルの距離を空けて向かい合っていた
yukiの足元には薄い冷気が漂い、対するたたたつの周囲では風が静かに渦を巻いている
たたたつは腰に差していた二本の短剣を抜き、軽く振った
ヒュンッ――
刃に沿って風が走る
たたたつ「よろしく」
yuki「よろしく」
言葉はそれだけ
審判が二人を確認し、右腕を上げた
審判「両者――構え!」
たたたつが低く腰を落とす
yukiは右手を僅かに前へ
審判「始め!!」
ダンッ!!
開始と同時、たたたつの姿が掻き消えた
カズキ「速っ!」
次に現れたのはyukiの右側
風を纏った短剣が首元へ走る
ヒュッ!!
yukiは半歩だけ後ろへ下がり、紙一重でかわした
直後、足元から冷気が広がる
パキッ
ドドドドドッ!!
たたたつを追うように、氷の刃が次々と地面から突き出した
一本目を横へかわし、二本目は身体を捻る
三本目が姿を現すより早く地面を蹴り、その場所から一気に離れた
ザッ!!
着地した瞬間には、もう次の一歩
maro『速ォォォォい!! たたたつ!! 開始直後から凄まじい速度だァァァ!!』
yukiが右手を向ける
パキッ
たたたつの進行方向へ氷刃
だが、たたたつは止まらない
地面を蹴って方向を変え、氷が伸びきる前にその横を抜けていく
ドドドドドッ!!
ヒュンッ!!
ザッ!!
右へ、左へ、時にはyukiの正面を横切り、そのまま背後へ
氷が地面から姿を現した時には、もうそこにたたたつはいない
さくらもち「速いよー!」
はに「たたたつー!! いけー!!」
観客席から飛んでくる声に、たたたつは一瞬だけ笑った
そのまま一気にyukiへ迫る
ヒュッ!!
右の短剣
yukiが身体を逸らす
続けて左
今度は僅かに後ろへ
その足元へ冷気
パキッ
たたたつ「っと!」
たたたつは氷刃が伸びるより早く跳び上がり、その先端を踏み台にしてさらに高く跳んだ
カズキ「上!?」
風が身体を押す
yukiの頭上を越え、その背後へ
ザッ!
着地と同時に短剣を振る
ヒュンッ!!
yukiが首を傾けた
刃先が髪を数本だけ掠める
「おおおおおおおお!!」
たたたつ「惜しい!」
深追いはしない
一撃を入れようとして、すぐに離れる
また別の方向から近づき、攻撃して離脱する
たたたつは徹底して、自分の速さを活かしていた
ジェノス「これ、相性悪くないか?」
カズキ「yukiさんが?」
ジェノス「ああ。お前の時は氷を弾きながら近づいてただろ?」
カズキ「うん……」
三日前
カズキは無数の氷刃を一本ずつ弾き、少しずつyukiとの距離を縮めた
それでも最後の一歩が届かなかった
だが、たたたつは違う
氷が現れる場所を見極めてから避けているわけではない
氷が完成するより先に、その場所からいなくなっている
ひっかるん「走り続ける速さなら、たたたつの方が上だね」
ジェノス「お前より?」
ひっかるん「僕の【瞬間】は一瞬だから。あんな動きは続けられないよ」
サイタマタマ「なら、たたたつが勝つのか!?」
カズキ「……分かんない」
ジェノス「またそれかよ」
カズキ「だって見てよ」
舞台へ視線を戻す
攻撃が当たらない
たたたつは何度もyukiの懐へ入り込んでいる
それでも
カズキ「yukiさん、全然焦ってない」
再びたたたつが駆ける
yukiが右手を向けた
yuki「アイシクルエッジ」
ドドドドドドドドッ!!!
今までとは比べ物にならない数の氷刃が地面から噴き上がる
たたたつ「っ!」
右へ行けば氷
左にも氷
進路そのものを塞ぐように、次々と刃が伸びてくる
だが
たたたつ「まだ!」
風が強くなる
ダンッ!!
一気に加速
一本目をかわし、二本目の横を抜け、三本目を短剣で弾く
四本目には身体を反らし、その勢いのまま五本目の横を滑り抜けた
ザザッ!!
氷刃の外へ飛び出す
「うおおおおおおおお!!」
はに「よっしゃああああ!!」
さくらもち「全部避けたー!!」
たたたつも大きく息を吐きながら笑った
たたたつ「危なっ……!」
それでも止まらない
再び風を纏い、走り出す
yukiが氷を出せば避け、進路を塞がれれば方向を変え、隙を見つければ一気に懐へ飛び込む
そんな攻防が何度も続いた
少しずつ、たたたつの中に確信が生まれていく
たたたつ(……いける)
yukiは強い
氷の数も範囲も異常なほど広く、一度まともに捕まればそのまま終わるだろう
それでも――当たらない
今まで見せた攻撃なら、避けられる
たたたつを包む風がさらに強くなった
次で決める
yukiが小さく息を吐く
yuki「……速い」
たたたつ「どうも」
yuki「全然当たらない」
たたたつ「それはこっちとしては嬉しいね」
yuki「うん」
yukiの右手がゆっくり下がった
たたたつの目が僅かに細くなる
たたたつ「……?」
氷が来ない
冷気も広がらない
yukiはただ、そこに立っている
なら――行く
ダンッ!!
たたたつが地面を蹴った
風が唸り、一気に距離が縮まる
十メートル
八
六
四
たたたつ(もらった!)
二本の短剣を構える
yukiはまだ動かない
三メートル
二メートル
その瞬間
yukiが小さく囁いた
yuki「――フリージング」
パキン
小さな音
たたたつ「――っ!」
足元が白い
反射的に右へ跳ぶ
パキパキパキパキッ!!
たたたつ「なっ――」
右も白い
左も
後ろも
次の瞬間
ドォォォォォォォォン!!!
舞台全体から白い冷気が噴き上がった
たたたつ「は!?」
今までの氷とはまるで違う
一ヶ所から広がっているわけではなく、舞台の端から端まで、ほぼ同時に凍結が始まっている
たたたつ「なんだこれ!?」
風を爆発させる
ダンッ!!
一瞬で十数メートル
だが、着地点はすでに凍っている
たたたつ「ちょ、待っ――!」
方向転換
その先も白い
さらに逆へ走っても、そこまで凍結が追ってくる
カズキ「え!?」
ジェノス「広っ!!」
ひっかるん「舞台全部!?」
さくらもち「なにそれー!?」
はに「反則でしょあれー!!」
サイタマタマ「ハハハハ!! すげぇ!!」
逃げ場がない
たたたつ「だったら――!」
ダンッ!!
地面へ風を叩きつけ、一気に空中へ飛び上がる
たたたつ「上なら!」
だが
yukiの指先が僅かに上を向いた
ヒュオッ――!!
凍気が舞い上がる
たたたつ「……マジ?」
空中では踏み込めない
風で身体をずらそうとした瞬間、右足が白く染まった
パキッ
たたたつ「っ!」
そこから脚、腰、腕へと凍結が一気に駆け上がる
パキパキパキパキッ!!
落下
だが、地面から伸びた氷がその身体を受け止めた
静かになった舞台で、たたたつは首から下を氷に包まれ、完全に動きを止められている
たたたつ「…………」
yuki「…………」
たたたつ「…………反則だろ、これ」
観客席から笑いが起こった
審判「続行可能か?」
たたたつ「これ見て可能だと思います?」
審判「……思わない」
たたたつ「ですよね」
審判の右腕が上がる
審判「そこまで!! 勝者――yuki!!」
「うおおおおおおおおおおお!!」
maro『決まったァァァァァ!! あれほどの速度を誇ったたたたつ!! 最後まで通常の氷では捉えられなかった!!』
maro『ならば逃げ場ごと凍らせる!! 超広範囲凍結!! yuki、準決勝進出ゥゥゥゥ!!』
yukiが近づき、指先を軽く動かす
パキッ
たたたつを包んでいた氷が崩れた
たたたつ「寒っ!!」
身体を震わせながら立ち上がる
たたたつ「最初からそれやればよかったじゃん」
yuki「疲れる」
たたたつ「……ああ、そう」
服についた氷を払い落としながら、たたたつは舞台を見回した
端から端まで凍っている
たたたつ「でもさ」
yuki「?」
たたたつ「あれ、どうやって避けんの?」
yuki「分からない」
たたたつ「使った本人が言うなよ!」
観客席から再び笑い
yukiもほんの少しだけ笑った
yuki「速い人相手の奥の手」
たたたつ「……先に言ってよ」
yuki「言ったら逃げるでしょ」
たたたつ「逃げるよ!」
二人も笑う
たたたつが右手を差し出した
たたたつ「強かった」
yuki「たたたつも」
握手を交わす
巨大な魔導掲示板が輝き、三人目の名前が準決勝側へ移動した
ハイドラグーン
けい
yuki
残る席は――あと一つ
maro『さあァァァァ!! ついに残すは一試合!!』
掲示板が切り替わる
すーだまん
対
あぶらメンタル
「うおおおおおおおおお!!」
観覧席
あぶらメンタルは掲示板を見上げ、小さく息を吐いた
にょろん「出番」
あぶらメンタル「……知ってる」
スペース「頑張って」
あぶらメンタル「他人事だなぁ」
にょろん「他人」
あぶらメンタル「仲間でしょ?」
スペース「仲間」
あぶらメンタル「じゃあもうちょっと心配してよ」
スペース「心配してる」
あぶらメンタル「ほんとかなぁ……」
立ち上がり、少し離れた場所を見る
すーだまんもすでに席を立っていた
背中には巨大な大剣
あぶらメンタル(……嫌だなぁ)
にょろんが横を見る
にょろん「帰る?」
あぶらメンタル「帰っていい?」
にょろん「ダメ」
あぶらメンタル「聞いた俺が馬鹿だった」
そのまま選手通路へ向かう
数歩進んだところで
スペース「頑張って」
あぶらメンタルが振り返った
あぶらメンタル「……うん」
少しだけ笑う
あぶらメンタル「まあ、最初から本気でいくよ」
舞台へ
先に姿を現したすーだまんへ、大きな歓声が飛ぶ
「すーだまーん!!」
「大剣見せてくれー!!」
続いて、あぶらメンタル
「あぶらメンタルー!!」
「頑張れー!!」
maro『準々決勝第四試合!! これが本日最後の一戦!!』
maro『未だその底を見せない大剣の男――すーだまァァァァん!!』
maro『対するは!! サイタマタマの全力すら利用して場外へ叩き出した男――あぶらメンタルゥゥゥゥ!!』
二人が中央へ
すーだまん「よろしく」
あぶらメンタル「よろしく」
あぶらメンタルは目の前の男を眺める
大きい
そして隙がない
サイタマタマとはまるで違う
真っ直ぐ攻めてくる相手なら、その勢いを利用できる
だが、この男はどう動くのか分からない
あぶらメンタル「…………」
すーだまん「?」
あぶらメンタル「あ、ちょっと待って」
審判「?」
あぶらメンタル「まだ始まってないよね?」
審判「ああ」
あぶらメンタル「よかった」
くるりと観客席へ身体を向ける
七つ影が座っている一角
あぶらメンタル「あれ頂戴ーー!!」
観客席の何人かが振り返った
スペース「……あれ?」
にょろん「多分あれ」
スペース「ああ」
スペースが片手を何もない空間へ伸ばす
手首が空間へ沈み、引き抜かれた時には一本の酒瓶が握られていた
中には琥珀色の液体
スペース「これ?」
あぶらメンタル「それそれー!!」
スペースが投げる
ヒュンッ!!
「え?」
「なんだ?」
「瓶!?」
あぶらメンタルが片手で受け止めた
パシッ!
あぶらメンタル「ありがとー!」
スペース「どういたしまして」
maro『おおっとォォォ!? 観客席から何かが投げ込まれたァァァ!!』
maro『……酒だァァァァ!!』
「酒!?」
「今!?」
「試合前だぞ!?」
審判まで困った顔をする
審判「……飲むのか?」
あぶらメンタル「うん」
審判「今?」
あぶらメンタル「今」
栓を抜く
ごくっ
ごくっ
ごくっ
カズキ「飲んでる!?」
ジェノス「何してんだあいつ!?」
サイタマタマ「いい飲みっぷりだ!!」
ジェノス「褒めるな兄貴!」
あぶらメンタルは酒瓶から口を離し、大きく息を吐いた
あぶらメンタル「っはぁーー……」
頬が少し赤くなる
酒瓶を舞台の端へ置いた
すーだまん「……酒か」
あぶらメンタル「故郷のね」
すーだまん「そうか」
あぶらメンタル「止めないんだ」
すーだまん「飲みたいなら飲めばいい」
あぶらメンタル「自由だなぁ」
一歩
ふらっ
身体が右へ傾く
もう一歩では今度は左へ、肩が落ち、腕はだらりと下がったまま
カズキ「……酔った?」
ジェノス「早くないか?」
あぶらメンタルは、ふらふらと身体を揺らしながら笑う
あぶらメンタル「この人相手なら――」
身体から、さらに力が抜けた
あぶらメンタル「最初から本気出さなきゃな!」
すーだまんの目が僅かに細くなる
立っているのか、倒れかけているのか、どちらへ動くのかすら読めない
審判が腕を上げた
審判「両者――構え!」
すーだまんは背中へ手を伸ばす
今回は最初から
ギィン――!!
大剣を抜いた
「おおおおおおお!!」
maro『出たァァァァ!! すーだまん!! 今回は開始前から大剣だァァァァ!!』
あぶらメンタル「うわぁ……」
巨大な剣を見る
まともに受ければ終わる
あぶらメンタル「……まあ、なんとかするかぁ」
審判「――始め!!」
ドンッ!!
先に動いたのはすーだまん
一気に間合いを詰め、大剣を横薙ぎに振る
ブォンッ!!!
あぶらメンタルの身体が崩れた
膝から力が抜け、倒れるように前へ
巨大な刃が頭上を通過
そのまますーだまんの懐へ入り、掌を突き出す
パンッ!!
すーだまんが大剣の柄で受ける
ガンッ!!
あぶらメンタル「おー」
ふらつきながら横へ流れ、その姿勢から肘
すーだまんが身体を引けば、今度は足払いへ繋げる
大剣を床へ突き立てたすーだまんが身体を浮かせ、足をかわした
着地
その瞬間には、もうあぶらメンタルの掌が目の前
ヒュッ!!
すーだまんが首を傾ける
指先が頬を僅かに掠めた
すーだまん「……」
あぶらメンタル「避けるなぁ」
ブォンッ!!
大剣が返ってくる
あぶらメンタルは後ろへ倒れた
そのまま背中から落ちるかと思われた瞬間、片手を床につき、身体を回転させながら蹴りを放つ
ガンッ!!
すーだまんが大剣の腹で受ける
その反動を使い、あぶらメンタルはふらりと立ち上がった
maro『なんだこの動きはァァァァ!! 倒れる!! 崩れる!! だが転ばない!!』
maro『あぶらメンタル!! すーだまんの大剣を紙一重でかわし続けるゥゥゥ!!』
大剣が縦へ
あぶらメンタルは横へ崩れ、続く横薙ぎには身体を反らす
そこから返ってきた切り返しにはしゃがみ込み、巨大な刃が頭上を通過した瞬間、その姿勢から掌を突き出した
ガンッ!!
大剣が止める
なら次
肘
肩
蹴り
ガンッ!
ガキィン!!
ドンッ!!
すーだまんは大剣を盾のように扱い、一つずつ受けていく
カズキ「……すご」
ジェノス「あのすーだまんが攻められてるぞ」
ひっかるん「動きが全然読めない」
右へ倒れたと思えば左から掌
蹴ると思えば途中で身体を沈め、そのまま足払い
立ち上がる動きすら攻撃へ変わる
ガンッ!!
すーだまんが一歩下がった
「おおおおおおお!!」
あぶらメンタルが追う
掌
ガァン!!
大剣で止められる
そのまま肘
ガンッ!
さらに蹴り
ガキィン!!
もう一歩、すーだまんが後ろへ下がった
maro『押しているゥゥゥ!! あぶらメンタル!! あのすーだまんを防戦に追い込んでいるゥゥゥ!!』
あぶらメンタル「お、いける?」
笑う
だが
あぶらメンタル(……硬いなぁ)
一見すれば押している
それでも、まともに入った攻撃は一つもない
掌も肘も蹴りも、全て大剣に止められている
何より、すーだまんの呼吸が崩れていなかった
あぶらメンタル(全部防がれてるんだけど)
次の瞬間、すーだまんが踏み込む
ブォンッ!!
あぶらメンタル「うわっ」
大剣が眼前を通過
後ろへ崩れるようにかわし、立ち上がる勢いのまま掌底を返す
ガッ!!
あぶらメンタル「え」
手首を掴まれた
すーだまんが引く
身体が前へ崩れたところへ膝
あぶらメンタル「っと!」
腰から力を抜いて身体を横へ流す
膝が空を切り、掴まれていた腕もするりと抜けた
距離を取る
二人が離れた
あぶらメンタル「強いなぁ」
すーだまん「あんたも」
あぶらメンタル「じゃあ降参してくれる?」
すーだまん「嫌だ」
あぶらメンタル「だよねぇ」
あぶらメンタルが笑う
そして、身体からさらに力を抜いた
肩から肘、手首、指先まで完全な脱力
サイタマタマを場外へ吹き飛ばした一撃
接触した瞬間に全身の力を一点へ通す――発勁
すーだまんの視線が僅かに変わる
あぶらメンタル(……気づいたかな)
それでも行く
ふらりと右へ崩れ、次の瞬間には左
すーだまんの大剣が動くより低く沈み、一気に懐へ潜り込んだ
近い
大剣を振るには近すぎる
あぶらメンタル(もらった)
右掌
狙うのはすーだまんの胴体
触れる
その瞬間
パンッ!!!
発勁
だが
あぶらメンタル「――っ!?」
掌が触れていたのは、すーだまんの身体ではなかった
大剣
巨大な剣の、平らな部分
ドッッッ!!!
衝撃が大剣へ通り、すーだまんの身体が僅かに後ろへ滑る
あぶらメンタル(受けた!?)
違う
大剣の角度が変わっている
発勁の衝撃が乗った瞬間、すーだまんは大剣を僅かに横へずらし、真正面から受け止めずに力の向きを逸らしていた
そして
手を離した
あぶらメンタル「――え?」
ギュオッ!!!
発勁の力を受けた大剣だけが後方へ吹き飛ぶ
ガランッ!!
ガガガガガッ!!
巨大な剣が舞台を滑っていく
「剣が飛んだ!?」
「すーだまんの大剣が!!」
だが、あぶらメンタルには分かった
飛ばしたんじゃない
自分から――離した
あぶらメンタル「っ!」
発勁を撃った直後
右腕は前へ伸び、重心も前へ流れている
次の動きへ移るまでの、ほんの僅かな隙
そこへ、すーだまんの左足が踏み込まれた
あぶらメンタル「――あ」
左拳
腹
ドゴッ!!!
あぶらメンタル「――――っ!?」
拳が深く入った
身体がくの字に折れ、息が一瞬で消える
数歩よろめきながらも何とか立ち続けるが、すーだまんは追撃しなかった
あぶらメンタル「…………」
腹を押さえたまま動かない
数秒
すーだまんが首を傾げる
すーだまん「……?」
あぶらメンタルが顔を上げた
あぶらメンタル「酔い覚めたーーー!!」
「!?」
あぶらメンタル「降参!!」
審判「え?」
あぶらメンタル「降参降参! 無理無理! お腹痛い!」
一瞬遅れて、闘技場中から笑いと歓声が爆発した
maro『こ、降参だァァァァァ!!』
maro『最後はまさかの!! すーだまんの左ボディで酔いまで吹き飛んだァァァァ!!』
審判が腕を上げる
審判「勝者――すーだまん!!」
「うおおおおおおおおおおおお!!!」
すーだまんは少し困ったように、腹を押さえるあぶらメンタルを見る
すーだまん「……大丈夫か?」
あぶらメンタル「大丈夫に見える?」
すーだまん「見えない」
あぶらメンタル「正解……」
そのまましゃがみ込んだ
すーだまんが手を差し出す
あぶらメンタルはそれを掴み、ゆっくりと立ち上がった
あぶらメンタル「いやぁ……今のは無理だなぁ」
すーだまん「悪い」
あぶらメンタル「謝るならもうちょっと手加減してよ」
すーだまん「した」
あぶらメンタル「…………」
すーだまんを見る
あぶらメンタル「そっかぁ……」
観客席から笑い
あぶらメンタルは腹を押さえながら舞台端へ向かう
そこには、まだ少しだけ残っている故郷の酒
あぶらメンタル「あ」
拾い上げ、瓶の中を見る
あぶらメンタル「これ飲んだら、また酔えるかな」
すーだまん「やめた方がいい」
あぶらメンタル「そうだよねぇ……」
酒瓶を持ったまま肩を落とした
そして巨大な魔導掲示板が輝く
ハイドラグーン
けい
yuki
すーだまん
四つの名前が、準決勝の欄へ並んだ
maro『決まったァァァァァ!!』
maro『六十四名から始まったグラディア大闘技祭!! ついに!! 残るは四名!!』
歓声と拍手、足を踏み鳴らす音が重なり、巨大な闘技場そのものが揺れている
maro『戦島グラガスが誇るダイヤモンド級槍使い――ハイドラグーン!!』
「きゃああああああ!!」
maro『剣と魔法を自在に組み合わせる――けい!!』
「うおおおおおお!!」
maro『広大な舞台すら凍てつかせる――yuki!!』
「yukiー!!」
maro『そして!! 未だ底知れぬ大剣の男――すーだまん!!』
「うおおおおおおおおお!!!」
ベスト4
ついに四人が揃った
選手用観覧席では、カズキたちも掲示板を見上げている
カズキ「……すごい四人だ」
ジェノス「ああ」
ひっかるん「誰が優勝するんだろうね」
サイタマタマ「すーだまん!!」
ジェノス「まだ言ってんのか兄貴!」
サイタマタマ「強いからな!!」
カズキ「でもハイドラグーンもいるし、yukiさんもいるし……けいも強かったし」
ひっかるん「結局?」
カズキ「分かんない!」
ジェノス「今日ずっとそれだな!」
笑い声が上がる
その向こうでは、魔導掲示板に四つの名前が輝き続けていた
大会はいよいよ――準決勝へ
◇ ◇ ◇
しばらくして
選手用休憩室
あぶらメンタル「…………痛い」
長椅子へ寝転がり、腹には治療用の布
横の机には飲みかけの故郷の酒が置かれている
あぶらメンタル「絶対あれ手加減してないって……」
スペース「本人がしたって言ってた」
あぶらメンタル「じゃあ手加減って何……?」
にょろん「生きてる」
あぶらメンタル「基準怖くない?」
スペース「酒、戻す?」
あぶらメンタル「置いといて。今飲んだら吐く」
にょろん「故郷の酒なのに」
あぶらメンタル「故郷の酒でもボディには勝てないよ……」
スペースが酒瓶を机へ戻す
スペース「じゃあ行く」
にょろん「俺も」
あぶらメンタル「え、置いてくの?」
にょろん「休んでるから」
あぶらメンタル「仲間が負傷してるんだけど」
スペース「医務室近い」
あぶらメンタル「そういう問題かなぁ」
二人が部屋を出ていく
ガチャ
扉が閉まった
静かになった休憩室で、あぶらメンタルは天井を見上げる
あぶらメンタル「……負けたなぁ」
最初から本気だった
故郷の酒まで飲み、酔拳を使い、最後には発勁まで撃った
それでも、すーだまんには届かなかった
あぶらメンタル「強かったなぁ……」
その時
ガチャ
再び扉が開いた
あぶらメンタル「ん?」
スペースか、にょろんが戻ってきたと思い、身体を少し起こす
あぶらメンタル「忘れ物――」
声が止まった
入口に一人の男が立っている
旅装のまま、少しだけ埃のついた服
見慣れた顔
あぶらメンタルの目が僅かに見開かれた
あぶらメンタル「……お頭?」
男――まおーが片手を上げる
まおー「ただいま」
あぶらメンタル「おかえりー」
まおー「軽いね」
あぶらメンタル「帰ってくると思ってたし」
まおーは部屋へ入り、机の上を見る
そこには故郷の酒
まおー「……相変わらず、それ飲んでるんだ」
あぶらメンタル「故郷の酒だからねぇ」
まおー「それで負けた?」
あぶらメンタル「酒のせいみたいに言わないでよ」
腹を押さえる
あぶらメンタル「すーだまんって人に、すっごいの入れられた」
まおー「負けたんだ」
あぶらメンタル「負けたよー」
まおー「そっか」
あぶらメンタル「慰めてくれてもいいんだけど」
まおー「頑張ったね」
あぶらメンタル「雑だなぁ……」
まおーが笑う
あぶらメンタルも少しだけ笑った
久しぶりに戻ってきたはずなのに、大袈裟な再会にはならない
七つ影にとっては、それくらいがいつも通りだった
まおー「準決勝は?」
あぶらメンタル「まだ」
まおー「じゃあ間に合ったね」
あぶらメンタル「うん。面白い四人残ってるよ」
まおー「へぇ」
あぶらメンタル「ハイドラグーンっていう槍使いと、けいっていう魔法剣士。それから氷使いのyuki」
まおー「もう一人は?」
あぶらメンタル「……すーだまん」
自分の腹を指差す
あぶらメンタル「これやった人」
まおー「ああ」
あぶらメンタル「強いよー」
まおー「そんなに?」
あぶらメンタル「うん」
少しだけ間を置く
あぶらメンタル「めちゃくちゃ強い」
遠くから、まだ闘技場の歓声が聞こえていた
六十四人から始まったグラディア大闘技祭
残るは四人
ハイドラグーン
けい
yuki
すーだまん
そして、旅に出ていた七つ影のリーダーも帰ってきた
大会はいよいよ――準決勝へ