第六十六話:桐生の墓の表紙画像

第六十六話:桐生の墓

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/9/16 📚 シリーズ: 継承される百の違和感 ~お前に渡す百物語~ 📝 2,487文字 ✅ 全年齢

あらすじ

日常に潜む小さな違和感を記録し続けると、100個集めたとき、何かが起きるらしい。 逆行する時計、誰もいない部屋の足音、鏡の中の自分…… でも、最後に待っているのは「終わり」ではなく、君へのバトンだ。 7人の語り部が紡ぐ、永遠に終わらない百物語。 次はお前が観測者になるのか?

本文

これは私が記録した、六十六本目の違和感である。

六十六本目は、桐生修一から、来た。

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二日後、指定された喫茶店で、待っていた。

桐生は、時間通りに、現れた。

黒いコートを、脱がずに、座った。

古い手帳を、テーブルの上に、置いた。

コーヒーは、頼まなかった。

「行ってきた」

前置きは、なかった。

「もう一度、確かめるために」

いつもより、声が、低かった。

「証拠が」「事実として」——そう続けるはずの言葉が、来なかった。

かわりに、手帳を、開いた。

コートの、裾が、まだ、湿っていた。乾かす時間も、惜しんできたようだった。

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(桐生の語り)

今朝、山を、上った。

二十五年、通っている場所だ。半年前にも、一度、来ている。

雨の日を、選んでいるわけじゃない。今日も、たまたま、そうだった。

雨具の、肩が、重い。土の匂いが、湿って、濃い。膝の関節が、若い頃より、余計に、軋む。

道の途中に、当時の、現場がある。今は、更地だ。何も、建っていない。二十五年前、あそこで、七人が、消えた。

最後に残した言葉は、全員、同じだった。「時間が逆に進んでいる。もうすぐ消える」

新人だった、俺が、最初に聞き取った証言だ。

その先に、祠が、ある。祠の脇に、小さな管理小屋が、建っている。

祠の裏に、石が、一つ。

苔むした、古い石だ。

まず、表を、確かめた。

「桐生修一 失踪 二十五年前」

いつもと、同じ文字だった。自分の名前を、自分で、確かめる。二十五年、続けてきた手順だ。

安心は、しなかった。裏を、確かめるための、ただの前段だ。

裏に、回った。

指を、彫り跡に、当てる。

見るより先に、触る。目より先に、指で、確かめる癖が、ついている。刑事の頃、現場でついた癖だ。今も、抜けない。

指先が、止まった。

形が、違う。

半年前、覚えた形と、違う。文字数も、画数も、違う。

袖で、苔を、拭った。見間違いじゃないか、確かめた。

しゃがみ込み、フラッシュライトを、当てた。

雨粒が、レンズの光の中を、横切っていく。

石の裏に、彫られていた文字。

半年前は、こうだった。

「享年三十二歳。五年前に事故死。安らかに眠れ」

今、そこにあるのは——

「享年二十七歳。二十五年前に失踪。安らかに眠れ」

指を、彫り口に、沿わせた。

角が、立っている。

石の色が、周りより、白い。

二十五年、雨風に晒された跡は、なかった。

最近、彫られたものだ。

誰が、いつ、彫ったのか。現場に、道具の跡は、なかった。石屑も、落ちていなかった。

周りを、見た。祠の鈴は、動いていない。足跡は、自分のものしか、なかった。雨が、すぐに、消してしまう足跡だ。

カメラを、構えた。半年前の写真と、並べるためだ。シャッターを、切った。

答えは、出ない。

手帳を、開いた。

雨が、ページに、落ちる。

「第二の死、記録する」

そう、書いた。

ページを、めくった。

手が、止まった。

同じ字で、同じ一文が、もう、書いてあった。

先月の欄だった。

書いた覚えは、ない。

だが、字は、俺の字だ。撥ねも、止めも、癖まで、同じだ。

三十二歳、五年前。二十七歳、二十五年前。

どちらかが、間違っているんじゃない。

矛盾を、選ぶ気は、ない。

両方、記録する。

事実として、両方、扱う。

判断は、後回しにする。

それが、刑事だった頃からの、やり方だ。証拠が二つ出たら、二つとも、調書に載せる。

墓石に、手を、置いたまま。

「俺は、何度死ぬんだ」

声に、出していた。

誰も、答えない。

雨の音だけが、続いていた。

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帰り際、管理小屋に、寄った。

年配の、管理人が、一人だけ、いた。

「この石のことで、聞きたい」

そう、切り出した。

「この墓は、二十五年前から、あります」

「ただし——建てた人間の、記録が、ない」

台帳を、見せてもらった。石の欄に、施主の名前が、なかった。

「先代から、預かっているだけです。誰が頼んだのかは、うちにも、わからない」

管理人は、そう、付け加えた。

「似たようなのが、他にも、何基か。名前だけで、続柄の欄が、埋まっていないんです」

老いた指で、台帳の、別の行を、示した。読めない字が、並んでいた。

誰かが、二十五年前に、桐生のために、墓を、建てていた。

建てた者の、名前は、どこにも、残っていなかった。

(桐生の語り、終わり)

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桐生は、そこまで話すと、手帳を、閉じた。

コートの、内ポケットに、しまった。

コーヒーカップは、まだ、運ばれてこないままだった。

しばらく、どちらも、何も言わなかった。

店内の、他の客の声が、遠くに聞こえた。カップの触れる音。レジの音。

桐生は、テーブルの一点を、見ていた。

墓石の裏を、見ていたときと、同じ目だった。

私も、何も、聞かなかった。聞いていい種類の沈黙じゃないと、分かった。

「二つとも、書いておいてくれ」

それだけ、言った。

「どちらが正しいか、決めなくていいのか」

私は、聞いた。

「決められるなら、とっくに、決めている」

桐生は、そう、答えた。

指が、テーブルの木目を、なぞっていた。墓石の裏を、なぞっていたときと、同じ動きだった。

私は、ノートに、そのまま、書いた。

三十二歳と、五年前。

二十七歳と、二十五年前。

二つの欄を、並べて、作った。

どちらかを、消す気には、ならなかった。

桐生は、伝票を、持って、立ち上がった。

奢ってくれた、というより——それ以上、あの席に、座っていたくなかったように、見えた。

コートの裾から、まだ、雨の匂いが、していた。

五年前という日付には、覚えがあった。四十七本目の夜、自分のノートの、一冊目の記録開始日と、一日の狂いもなく、重なっていた。あのとき、自分の手で、確かめた日付だった。

今夜、桐生が持ち帰った石には、その日付が、なかった。

かわりに、二十五年前があった。

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家に、帰った。

桐生の話を、ノートに、書き写した。

三十二歳と二十七歳、二つの数字を、並べたページを、しばらく、眺めていた。

六十六本目の蝋燭に、火を、灯した。

炎が、右に、揺れた。

二十九話、連続だった。

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残り、三十四本。

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作者について

闇工房

闇工房

"正常"と"異常"の境界を、一話ずつ削り取る。 心理ホラー小説・TRPGシナリオを制作するソロクリエイター。 代表作は連作怪談「継承される百の違和感」—— 読み進めるうちに、あなたの"普通"...

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