第六十七話:七人の私
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
日常に潜む小さな違和感を記録し続けると、100個集めたとき、何かが起きるらしい。 逆行する時計、誰もいない部屋の足音、鏡の中の自分…… でも、最後に待っているのは「終わり」ではなく、君へのバトンだ。 7人の語り部が紡ぐ、永遠に終わらない百物語。 次はお前が観測者になるのか?
本文
これは私が記録した、六十七本目の違和感である。
今回も、語り部は、いない。
記録するのは、七という、数字についての疑いのことだ。
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机の前に、座っていた。
窓の外は、暗かった。六十六本目の夜から、二日、経っていた。
デスクライトの、光の輪の外に、部屋の残りが、沈んでいた。
美咲、凛、桐生、陸、由香、千尋。
名前を、順に、ノートの新しいページに、書き出した。字は、いつもの、自分の字だった。
六十三本目の夜、美咲との通話が、二つに、分かれていたことを、思い出した。かけた記憶と、受けた記憶。呼び出し音の数まで、両方の記憶で、一致していた。ノートには、違う筆跡の、二行が、並んでいた。
六十五本目の夜、記憶の、最初の一秒が、どれも、欠けていたことも、思い出した。由香の廊下も、凛の教室も、桐生の山道も、語られていない細部まで、一人称の映像として、覚えていた。「分ける」という言葉のほうが、先に、意味を失った。
二つとも、答えを、出さずに、終わっていた。棚上げにしたまま、次の記録へ、進んできた。
答えを、出す気になったのは、今夜が、初めてだった。
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七人の名前の下に、一行、加えた。
「そして、私」
書いてから、しばらく、字を、見ていた。
七つ、並んだ。縦に、等間隔で。
もし、この七人が、全て、自分の、人格の、断片だったとしたら。
考えとして、初めてでは、なかった。ノートを、めくれば、似た疑いは、何度も、出てきていた。六十一本目の、名前の起源。六十三本目の、二つの筆跡。そのたびに、疑いは、答えの手前で、止まっていた。
だが、今夜は、疑いのまま、留めておく気に、なれなかった。
ペンを、置いた。
「違う」
声に、出そうとした。
出なかった。
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喉の、奥が、動かなかった。
舌が、上顎に、ついたまま、離れなかった。
もう一度、試した。
息だけが、出た。かすれた、白い息のような、形のない音だった。言葉には、ならなかった。
喉の奥から耳の奥まで、鼓動だけが駆け上がっていく感覚が、諦めたあともしばらく、消えずに、続いた。
三度目、諦めた。
指で、喉に、触れた。震えては、いなかった。ただ、動かなかった。喉仏の、あたりを、なぞった。感覚は、あった。動かす、命令だけが、届いていなかった。
深く、息を、吸った。吐いた。
もう一度、口を、開けた。
言葉は、来なかった。
沈黙が、部屋を、満たした。エアコンの音さえ、止まっていた気が、した。
声が、駄目なら、字で、と、思った。
ペンを、取り直した。
「違う」
紙の上には、書けた。迷いなく、いつもの筆圧で、書けた。
だが、書いた文字を、見ても、何も、変わらなかった。声にならなかった一言と、紙の上の一言は、同じ形をしているのに、重さが、違った。
否定は、できた。否定した実感だけが、来なかった。
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顔を、上げた。
机の端に、蝋燭が、並んでいた。
六十六本、灯っている。芯の高さは、ばらばらで、蝋の垂れた跡が、それぞれ違う模様を、作っていた。
その中に、七本だけ、目で、追える蝋燭が、あった。
一本目。十本目。十五本目。二十本目。三十本目。四十本目。五十本目。
自分と、美咲と、凛と、桐生と、陸と、由香と、千尋。それぞれが、初めて、記録に、現れた夜の、蝋燭だった。
この並びを、意識して見たのは、初めてだった。今まで、七本は、ただの、六十六本の一部だった。
一本目から、五十本目まで、順に、見た。
一本目の炎は、小さく、まっすぐ、立っていた。十本目は、少し、揺れていた。十五本目、二十本目、三十本目、四十本目、五十本目——
見終えた、そのとき——
息を止めたまま、瞬きも忘れて、七つの光が、同じ角度のまま静止し続けるのを、数えられないほど長く、見ていた。
七本の炎が、同時に、同じ角度に、傾いた。
右でも、左でもなかった。
自分の方へ、傾いた。
他の、五十九本は、動いていなかった。
風は、なかった。窓は、閉まっていた。カーテンも、動いていなかった。
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しばらく、動けなかった。
七本の炎は、傾いたまま、揺れも、戻りも、しなかった。細い、七本の光の筋が、同じ方向を、指したまま、静止していた。
傾いた方向が、答えなのか、警告なのか、分からなかった。
分からないまま、それを、ノートに、書いた。
「七本、同じ方向。私の方へ」
字が、いつもより、小さかった。
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スマートフォンを、取った。
六人の名前を、同時に、選んだ。グループではなく、一人ずつ、同じ文面で。
一行だけ、打った。
「あなたは、私ですか」
送るべきかを、考える時間は、なかった。考えれば、送れなくなる気が、した。
指が、送信の上で、少し、止まった。
押した。
既読は、すぐに、ついた。六件とも、ほぼ同時だった。
返信を、待つ間、時計を、何度も、見た。針は、動いているのに、進んでいる感じが、しなかった。
返信は、来なかった。
画面を、伏せて、しばらく、待った。伏せた画面が、光るたびに、体が、先に、反応した。だが、光っていたのは、時刻の表示だけだった。それでも、来なかった。
送らなければよかった、とは、思わなかった。ただ、送ったことを、取り消せない事実として、意識し続けていた。
その夜は、それきりだった。
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翌朝、六件、届いていた。
同じ時刻に、届いていた。分の単位ではなく、秒の単位まで、揃っていた。
一件ずつ、開いた。
美咲も、凛も、桐生も、陸も、由香も、千尋も——
同じ、六文字だった。
「分かりません」
句読点の、位置まで、同じだった。
改行の、数まで、同じだった。
この言い回しを、どこかで、見た気が、した。
自分の、ノートの、どこかだった。
ページを、めくって、探したが、見つからなかった。どこだったかは、思い出せなかった。
六人の返信を、並べて、もう一度、読んだ。
六つの画面が、同じ、六文字を、映していた。
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六十七本目の蝋燭に、火を、灯した。
炎が、右に、揺れた。
三十話、連続だった。
七本の傾きは、消えていた。六十六本の列に、戻っていた。
ノートを、閉じる前に、もう一度、七つの名前を、見た。
「そして、私」
その一行だけ、他の六行より、少しだけ、字が、薄かった。
書いたときは、気づかなかった。
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残り、三十三本。
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