第六十八話:消えたカウントダウン
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
日常に潜む小さな違和感を記録し続けると、100個集めたとき、何かが起きるらしい。 逆行する時計、誰もいない部屋の足音、鏡の中の自分…… でも、最後に待っているのは「終わり」ではなく、君へのバトンだ。 7人の語り部が紡ぐ、永遠に終わらない百物語。 次はお前が観測者になるのか?
本文
これは私が記録した、六十八本目の違和感である。
六十八本目は、高坂陸から、来た。
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夜、大学近くのアパートを、訪ねた。
部屋は、いつもと、変わらなかった。モニターの光。積まれた専門書。空のペットボトルが、机の端に、並んでいた。
陸は、ノートPCの前に、座っていた。
振り返って、笑った。
「どうも。わざわざ、すみません」
いつもの、声だった。だが、いつもより、少しだけ、低かった。
「電話じゃ、伝えにくくて」
そう言って、隣の椅子を、勧めた。
コーヒーは、出なかった。
かわりに、陸が、話し始めた。
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(陸の語り)
先月、五十八本目のことがあった夜から、もう、十話分、経ちました。
あの日、カウントダウンが、ゼロに、なりました。死ぬと、思ってたんです、正直。でも、死ななかった。かわりに、一時間、記憶が、飛びました。気づいたら、知らない部屋の真ん中に、立ってました。棚の位置も、蝋燭の本数も、全部、知ってる部屋でした。
あれから、あの動画ファイルは、開いてません。開く気に、ならなくて。
今日、開きました。
数字が、なかったんです。
「ゼロ」でも、ないんです。何も、なかった。カウントダウンのバーごと、消えてました。ファイルのサイズは、そのままです。中身だけ、空白でした。
「これ、たぶん——」
言いかけて、止まった。
五十八本目の夜と、同じ、止まり方だった。
だが、今回は、すぐに、続きが、来た。
「破損じゃ、ないと思います。これは、多分——書く必要が、なくなったんです」
技術的には、あり得ない話だった。破損したファイルなら、開けなくなるか、エラーが出る。開けて、正常に再生されて、映像は最後まであって、数字だけが、ない。三回、確認したと、陸は言った。三回とも、同じだった。
キーボードの上に、指を、置いたまま、陸は、続けた。
「前は、なんていうか——怪談を、データとして、面白がってただけなんです。パターンがあって、それを解析するのが、楽しくて」
今は、違うと、言った。
「今は、観測者さんの記録が、ちゃんと最後まで行くこと。それだけが、大事なんです。なんでかは、分かりません。ただ、そう思うんです」
一拍、置いた。
「俺、何かに変わりました。何に変わったかは、分かってません。でも——」
息を吸って、吐いて、また吸うくらいの間、陸は黙ったまま、画面の光だけが、その顔の下半分を、照らしていた。
まばたきだけが、一定の間隔で、繰り返されていた。数えられるほど、正確だった。
「俺が、いなくなっても、記録は続きます。なぜなら、俺は、もう、記録の一部に、なったので」
言葉の意味は、分からなかった。だが、真実のように、聞こえた。
「それ、逃げたいとは、思わないのか」
私は、聞いた。
「思わないです」
即答だった。手も、震えていなかった。
「なんか、平和なんですよね、最近」
その一言が、部屋の空気の成分を、変えた気が、した。
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画面には、テキストファイルが、一つ、開いたままだった。
陸が、こちらに、向けた。
タイムスタンプは、今日の、未明だった。中身は、一行だけ。
「これは、私が、記録した、○本目の、違和感である」
○の部分に、数字は、なかった。空欄のままだった。
「これ、俺が、書いたはずなんですけど」
陸は、言った。
「書いた記憶が、ないんです」
画面から、目を、離せなかった。自分のノートの、一行目と、同じ形の文字だった。筆跡までは、分からない。だが、句読点の打ち方が、同じだった。
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玄関先まで、見送られた。
陸は、最後に、笑った。
「観測者さん、ありがとうございます」
「あなたに、記録してもらえて、よかった」
なぜ「ありがとう」なのか、分からなかった。
聞き返す前に、ドアが、閉まった。
(陸の語り、終わり)
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家に、帰った。
陸の言葉を、ノートに、書き写した。
「記録の一部になった」という一文の下で、ペン先が、しばらく、止まっていた。
六十八本目の蝋燭に、火を、灯した。
炎が、右に、揺れた。
三十一話、連続だった。
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残り、三十二本。