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幕間1 黒聖堂

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/9/20 📚 シリーズ: アストラリア大陸事変 📝 2,147文字 🤖 AI創作支援作品 ✅ 全年齢

あらすじ

魔王亡き世界で、再び魔の時代が動き出す。 魔王ゼルヴァディスが討たれてから、六百二十八年。 平和を取り戻したアストラリア大陸では、三つの主要勢力が微妙な均衡を保ちながら共存していた。 しかし、今なお人の立ち入れない旧魔王領では、魔物たちが静かに活動範囲を広げ始めていた。 各地では怪しい薬が出回り、魔王を崇める新興宗教も勢力を増していく。 そんな異変をまだ知らず、自由交易都市に暮らす青年レオン・ヴェスタは、見知らぬ世界を求めて旅立つ。 やがて彼は、森の外へ憧れる若きエルフの癒し手フィリアと、その護衛リュシアに出会う。 三人の小さな旅立ちは、やがて国家、宗教、人間、魔物――大陸に生きる者すべてを巻き込む事変へ繋がっていく。 善と悪の境界が揺らぐ世界で、彼らは何を知り、何を選ぶのか。 これは、魔王亡き世界で再び動き始めた、魔の時代を巡る物語。

本文

新暦628年4月8日、夜。

王国北北東部の山岳地帯。

人の往来が途絶えた山中に、朽ちた修道院跡があった。

崩れかけた外壁、苔むした石畳、蔦に覆われた尖塔。

表向きには、とうの昔に捨てられた廃墟である。

だが、その地下には今も人の気配があった。ノクティス教団、

その中枢の一つ。信徒たちの間では、そこは黒聖堂と呼ばれていた。

黒く塗られた石壁の奥。

蝋燭の灯りだけが揺れる一室に、一人の男が座っていた。

黒装束に身を包み、深くフードを被っている。顔は見えないが、

影からわずかに覗く頬には、火傷のように爛れた跡があった。

男は椅子に腰掛け、瞑想でもするように目を閉じていた。

ただ静かに座っているだけなのに、室内の空気は重い。

男の沈黙そのものが、部屋を支配しているかのようだった。

やがて、扉を叩く音が響いた。男は目を開けず、低い声だけを発する。

「どうした」

扉の向こうから、若い声が返る。

「エルフの里に入っているサイラスさんより連絡が届きましたので、

その報告です」

男はしばし沈黙し、短く告げた。

「入れ」

「失礼します」

扉が開き、同じく黒装束に身を包んだ若い女性が入ってくる。

年の頃は二十代半ばほど。

黒い衣とは対照的に、その顔立ちは柔らかく美しい。

穏やかな目元に、慈悲深そうな微笑み。何も知らぬ者が見れば、

苦しむ者へ手を差し伸べる聖女のようにすら見えただろう。

だが、その瞳の奥にあるものは温もりではない。

静かに澄みきった、底の見えない冷たさだった。

ノクティス教団幹部、セラフィナ・ヴェルノート。

彼女は胸に手を当て、丁寧に頭を下げた。

「夜分遅くに申し訳ありません、グラウス様」

椅子に座る男――グラウスは、ようやく目を開いた。

「構わんさ、セラフィナ。それで、サイラスは何と?」

「はい」

セラフィナは穏やかな笑みを崩さないまま、

懐から一通の書類を取り出した。

「アルヴァン暗殺の件ですが、四月九日に実行するようです。

それから、黒脈薬〈ノクスヴェイン〉の実験も順調のようで、

こちらの書類に改良過程が記されております。どうぞ」

グラウスは受け取った書類に目を通す。

室内には紙をめくる音だけが響き、蝋燭の火が小さく揺れた。

しばらくして、グラウスは書類を閉じ、セラフィナへ返す。

「やはり、単なる人間共に使っては重い後遺症が残るか」

その声に哀れみはない。実験結果を確かめるような冷静さだけがあった。

「だが、まあ効力の方は順調に上がってきているな」

「はい。なんの訓練もしていない人間が、

数人の兵士を相手に大立ち回りしたようですからね。

そちらは、かなり順調そうです」

「代償は?」

「使用後、著しい脱力。呂律の乱れ。筋力の一時的喪失。

個体によっては意識混濁もあるようです」

「ふん。使い捨ての駒としては十分だ」

セラフィナは何も言わず、ただ静かに微笑んでいる。

その笑みはあまりにも穏やかで、だからこそ異様だった。

グラウスは椅子の肘掛けを指で叩く。

「引き続き実験を続けさせろ」

「かしこまりました」

「人間だけでは足りん。獣、精霊、亜人、魔力適性の高い者。

条件を変えろ。どの器が最も薬に馴染むか、見極める必要がある」

「サイラスさんの部隊は、すでにエルフの里周辺で

動物と精霊を用いた実験準備を進めているようです」

「ならばよい」

グラウスは椅子から立ち上がり、

長い黒衣の裾を床に擦らせながらセラフィナに背を向けた。

両手を後ろで組み、黒い石の天井を見上げる。

その先に別の景色でも見ているかのように、低く呟いた。

「明日、うまくいけばアルヴァンは死ぬ」

セラフィナは黙ってその背を見つめる。

「そうなれば、この仮初の平和に満ちたアストラリア大陸の

均衡は崩れるだろう」

グラウスの声は静かだった。だが、その奥には抑えきれない熱がある。

「暗殺がうまくいかなくとも、混乱は残る。

すでに大陸中に教団員たちは根を張り始めている。

王国にも、帝国にも、自由交易都市にも。

信仰、救済、薬、取引、噂。入口はいくらでもある」

セラフィナは穏やかに頷く。

「ええ」

「そして、黒脈薬〈ノクスヴェイン〉もだ」

グラウスの声が、さらに低くなる。

「力を欲する者は多い。弱者は力を欲する。敗者は逆転を欲する。

貧者は富を欲し、兵士は生還を欲し、愚者は奇跡を欲する」

彼はそこで、わずかに笑った。

「ならば、与えてやればいい。代償を隠したままな」

蝋燭の火が、また揺れた。

「いかに有能な君主たちといえど、制御できない混沌が訪れるだろう。

そうなれば、この平和を崩すことは容易い」

「それまでは」

セラフィナが静かに口を開く。

「“あの方々”とも、上手くやらねばなりませんね」

その言葉に、グラウスの笑みがわずかに消えた。

「ふん……そうだな」

声には明らかな不快が混じっていたが、否定はしない。

セラフィナもそれ以上は言わず、

柔らかな笑みを浮かべたまま静かに頭を下げた。

グラウスは再び天井を見上げる。

――ようやく、ここまで来たか。

長い時間をかけ、多くの駒をばら撒き、多くの者を利用した。

まだ全てが始まったわけではない。

だが、最初の大きな亀裂はもう目の前にある。

エルフの里。

アルヴァン。

フィリア・エルフェリア。

黒脈薬〈ノクスヴェイン〉。

そして、ノクスヴェイルに眠るもの。

それらが噛み合う時を思い描き、グラウスはフードの奥で口元を歪めた。

「楽しみだな」

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