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1-20 怖さの先へ

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/9/23 📚 シリーズ: アストラリア大陸事変 📝 3,088文字 🤖 AI創作支援作品 ✅ 全年齢

あらすじ

魔王亡き世界で、再び魔の時代が動き出す。 魔王ゼルヴァディスが討たれてから、六百二十八年。 平和を取り戻したアストラリア大陸では、三つの主要勢力が微妙な均衡を保ちながら共存していた。 しかし、今なお人の立ち入れない旧魔王領では、魔物たちが静かに活動範囲を広げ始めていた。 各地では怪しい薬が出回り、魔王を崇める新興宗教も勢力を増していく。 そんな異変をまだ知らず、自由交易都市に暮らす青年レオン・ヴェスタは、見知らぬ世界を求めて旅立つ。 やがて彼は、森の外へ憧れる若きエルフの癒し手フィリアと、その護衛リュシアに出会う。 三人の小さな旅立ちは、やがて国家、宗教、人間、魔物――大陸に生きる者すべてを巻き込む事変へ繋がっていく。 善と悪の境界が揺らぐ世界で、彼らは何を知り、何を選ぶのか。 これは、魔王亡き世界で再び動き始めた、魔の時代を巡る物語。

本文

新暦628年4月9日、昼前。

エルフの里には、まだ騒乱の名残が色濃く残っていた。

数人のエルフが倒れた棚を魔法で持ち上げ元の位置へ戻し、

崩れた壁の瓦礫も片付けている。

傷ついた同胞や動物を運ぶ者、怯えた精霊たちに声をかける者もいた。

先ほどまで響いていた悲鳴や獣の唸り声は、もうない。

それでも、里のあちこちでは後始末に追われる者たちが

慌ただしく動いていた。

市場の隅に置かれた木箱の上に、

フィリア・エルフェリアは腰掛けている。

本当なら、彼女もすぐに動きたかった。

怪我人を治したい。

倒れた動物たちを癒したい。

怯えた精霊たちを安心させたい。

けれど、リュシアにもアルヴァンにも止められていた。

先ほど放った広域浄化魔法――

清浄花冠ピュア・ブロッサム。

里全体を覆うほど効果範囲を広げた魔法は、

いかにフィリアであっても軽いものではない。

身体の奥には、まだ鈍い疲労が残っていた。

立ち上がって誰かを治療しようとすれば、

リュシアに見つかった瞬間に止められるだろう。

だから今は、座っているしかない。

リュシアは後始末に加わっている。

レオンも、倒れた動物たちを運びながら、

住人から話を聞いているようだった。

周囲には多くの人がいる。

それなのにフィリアは、不思議と一人きりになったような

気がしていた。

暴走した動物たち。

苦しそうに魔力を撒き散らしていた精霊たち。

傷つき、倒れていた同族。

逃げ惑う住人たち。

そして、自分へ向けられた明確な敵意。

暴走していた動物や精霊たちに、

本当の意味で悪意があったわけではない。

何かに狂わされていただけだ。

分かっている。

それでも、赤黒く濁った目が自分を捉え、

傷つけるために向かってきた瞬間の冷たさが、

胸の奥に残っていた。

フィリアは、そんな感覚を知らなかった。

里の者たちは皆、彼女に優しい。

リュシアの厳しさも、守るためのものだ。

アルヴァンも、メリアも、侍女たちも、門兵たちも。

誰かが自分へ本気の敵意を向けることなど、

これまでほとんどなかった。

けれど、今日の出来事はそれだけではない。

何者かが、森の動物や精霊たちをあんな姿へ変えた。

里の者たちまで傷つけた。

ただの事故でも、自然に起きた異変でもない。

「おじいちゃんたちが言っていた悪意って……

こういう感じなのかな……」

小さな呟きが漏れた。

「こういうのが……外の世界にはたくさんあるのかな……」

フィリアは俯いた。

「フィリア」

聞き慣れた、穏やかな声。

顔を上げると、アルヴァンが立っていた。

その隣にはリュシアもいる。

リュシアの表情には疲れが見えたが、

フィリアを見る目はいつも通り真剣だった。

「おじいちゃん!」

フィリアは思わず立ち上がる。

足元がわずかにふらついた。

リュシアが一歩前へ出ようとするより早く、

フィリアはアルヴァンへ駆け寄り、その胸に抱きついた。

アルヴァンは何も言わず、孫娘の背を優しく撫でる。

「怪我はなかったかい?」

「うん……私は大丈夫……」

フィリアはアルヴァンの衣をぎゅっと握った。

「でも……ねぇ、おじいちゃん」

「なんじゃ?」

「おじいちゃんが言ってたことって、

こういうことなの?」

声が震える。

「こんな悲しくて、胸が締めつけられるようなことが、

外の世界ではたくさん起きているの……?」

アルヴァンはすぐには答えなかった。

大丈夫だと言うこともできる。

外の世界は、そんなものばかりではないと慰めることもできる。

それも嘘ではない。

けれど、アルヴァンはフィリアの背を撫でながら、

静かに口を開いた。

「さすがに、これほどのことはそうそう起きんよ」

フィリアがわずかに顔を上げる。

「けれどな、フィリア。

誰かの悪意によって起きる、ままならぬことはある」

「ままならぬこと……」

「ああ。誰かが傷つく。誰かが奪われる。誰かが利用される。

正しいことを願っても、思い通りに届かぬこともある」

フィリアは唇を噛み、再び俯いた。

リュシアは隣で黙っている。

今はアルヴァンとフィリアの言葉を遮るべきではないと、

分かっているのだろう。

アルヴァンは、フィリアの顔を覗き込むように

少しだけ身を屈めた。

「外の世界に行くのが、怖くなったかい?」

フィリアの肩が、ぴくりと揺れる。

しばらく答えはなかった。

やがて、フィリアはゆっくりと頷いた。

「……うん」

その声は小さかった。

「怖く、なった」

アルヴァンはただ頷く。

「そうかい」

責めることも、笑うこともしない。

「じゃあ、外に行くのはやめるかい?」

フィリアは目を閉じた。

外に行かなければ、この里にはアルヴァンも、

知っている人たちもいる。

昨日までのように、

外の世界へ憧れているだけでもよかったのかもしれない。

けれど。

あの動物たちや精霊たちは、誰かに歪められ苦しめられた。

里の人たちも傷ついた。

もし、外の世界でも同じことが起きているのなら。

もし、誰かが今も苦しんでいるのなら。

知らないままでいていいのだろうか。

フィリアはゆっくりと顔を上げた。

怖さは消えていない。

「ううん……」

アルヴァンを見据える。

「私……行くよ、おじいちゃん」

リュシアがわずかに目を見開いた。

アルヴァンは黙ってフィリアを見つめる。

「確かに、不安になった。怖くなったよ」

「うむ」

「でも、逆に……行かないと、って気持ちにもなったの」

フィリア自身、まだうまく説明できない。

怖い。

悲しい。

腹立たしい。

それでも、知りたい。

助けたい。

逃げたくない。

「なんでそう思うのか、まだちゃんと整理はついてないけど……

そう思ったことは確かだよ」

フィリアは両手を握りしめた。

「私は、外の世界を見たい。

楽しいものだけじゃなくて、怖いものも、悲しいものも……

ちゃんと見たい」

アルヴァンは深く頷いた。

「そうかい……」

フィリアの頭に、そっと手を置く。

「なら、行ってきなさい」

「おじいちゃん……」

「今なら、昨日までのフィリアには見つけられなかったものも、

見つけられるだろう」

フィリアは小さく頷いた。

「うん」

リュシアも静かに頭を下げる。

「アルヴァン様。フィリア様のことは、必ず」

「ああ。頼むよ、リュシア」

アルヴァンはそう返すと、

里の後始末へ向かおうと身体の向きを変えた。

「アルヴァン様!」

そこへレオンが駆け寄ってきた。

衣服には土埃がつき、息も少し上がっている。

「お聞きしたいことがあります」

「どうしたのじゃ?」

レオンは表情を引き締めた。

「実は、今回の騒動の原因になったものに心当たりがあります」

アルヴァンとリュシアの目が鋭くなる。

フィリアも顔を上げた。

レオンは、宿場町で遭遇した薬の事件を要点だけ説明した。

アルヴァンは黙って聞いていた。

「なるほどのう……」

顎に手を当てる。

「問題は、どこからそんなものが流れ込んで、

誰がばら撒いたのか……じゃな」

「はい。そうなると、怪しいのは……」

レオンが言いかけたところで、

リュシアが淡々と割って入った。

「あの胡散臭い連中ですね」

遠慮のない一言だった。

フィリアの表情が曇る。

ノクティス教団。

自分が、里へ入れることを許した者たち。

アルヴァンも重く頷いた。

「うむ……そうは思いたくはないが、

調べぬわけにはいかんの」

彼はリュシアを見る。

「彼らが滞在していた場所はどこだったかな」

「こちらです」

リュシアはすぐに答え、歩き出す。

その背中を見て、フィリアも一歩踏み出した。

「おじいちゃん」

アルヴァンが振り返る。

「私も行く」

リュシアは一瞬だけフィリアを見た。

まだ休んでいてほしい。

そんな顔だった。

アルヴァンもフィリアを見つめる。

やがて、静かに頷いた。

「付いてきなさい」

「うん」

フィリアは小さく頷いた。

アルヴァン、レオン、リュシア、フィリアの四人は、

ノクティス教団の者たちが滞在していた場所へ向かった。

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