一夜「遭遇」
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
現実世界の裏側に存在する、もう一つの世界――夜界。 そこに暮らす電機怪人たちを巡り、高校生・月見つばさはナイトオウルへと変身する。 夜界の統制を目指す黒羽レイナ、そして夜界そのものを破壊しようとするナイトクロウ・ダーク。 異なる目的を持つ三人の少女が、夜界で交錯していく。 これは少女たちが出会う、もう一つの夜。
本文
放課後の校門をくぐると、幼馴染・水沢葵はいつものように半歩先を歩いていた。
夕暮れの風が、彼女の緩く結んだ髪を揺らす。つばさはその背中を、一定の距離を保って追いかける。
この距離感が、二人にとっての自然だった。
「ねえ、つばさ。今日駅前の新しいカフェ行ってみない? クレープがすごいらしいよ」
振り返った葵の目は、子どもみたいに輝いている。月見つばさは少しだけ目を細めた。
「ごめん。今日は、ちょっと用事があって」
「そっか。残念」
葵はあっさりと引き下がる。
幼い頃から彼女はこうだった。つばさの言葉を疑わない。
詮索しない。ただ、隣にいることを当たり前のように受け入れる。
二人はそのまま歩いていく。
そして、やがて分かれ道に差しかかった。
「また明日ね、つばさ」
「また明日」
別れ際、葵は手を振った。
つばさも小さく手を振り返す。
その手が、少しだけ名残惜しくてすぐにポケットにしまった。
*
夜が、来る。
つばさは自室の窓から街の灯りを見下ろしていた。
制服のまま、カーテンを開ける。時刻は午後十一時を回ったところ。
家族はすでに眠っている。
彼女は静かに部屋を抜け出し、外へ出た。
駅裏の細い路地。
誰も通らないその場所で、つばさは足を止めた。
目の前の空間が水の膜のように揺らぐ。
彼女は迷わず、その中へと足を踏み入れた。
景色が反転する。
色が変わる。
音が遠のく。
気づけば、そこは夜界だった。
空には月が二つ。
低い建物が並ぶ街並み。
道路、橋、広場、ところどころに残る古い建物。
建物の輪郭が柔らかく光は琥珀色を帯びている。
空気は冷たく、しかし肌に優しい。
現実世界と似ているところもある。
けれど、同じではない。
つばさは歩き出した。
目的地があるわけではない。
ただ、見回る。夜界の安定を保つために異常がないかを確認する。
それが彼女の役目だった。
しばらく歩いたところでつばさは足を止めた。
路地の奥、壊れた街灯の下にそれはいた。
機械の身体。家電を思わせる無骨なフォルム。蛍光灯のような光を放つ目。
それは夜界に自然発生する生命、電機怪人だった。
いくつもの部品が組み合わさったような姿をした怪人は、つばさに気づくと電子音を鳴らした。
ピピッ、と短く。
敵意はない。
つばさはしばらく観察し、ほんの少し表情を緩めて、静かに頷いた。
「……こんばんは」
その瞬間だった。
「敵……発見」
機械的な声。
つばさは振り返る。
路地の反対側、闇の中から、別の影が現れた。普通の怪人とは違う。
同じ家電、冷蔵庫の姿をしながら、その輪郭はどこか人工的で目は赤く光っている。
「…ただの電機怪人ではない?」
「排除……開始」
怪人が動いた。
標的は怪人だった。
つばさは即座に判断する。
彼女の身体が、考えるより先に動いていた。
怯えた様子の怪人の前に立ちはだかる。
「どうして同族を攻撃する。」
「……命令……実行……妨害……排除」
強い口調で放たれたつばさの言葉に応えることなく、怪人は抑揚のない音声を発する。
怪人が砲口をつばさに向ける。
ドゴォーン!
大きな爆発音が静かな夜の中に響いた。
砲撃が背後の壁に命中する。
破片が飛び散り、粉塵が舞い上がった。
つばさはすぐに振り返る。
先程の怪人は無事だった。
怪人は再び砲口を向ける。
「排除……開始」
「私だけじゃなく、この子にまで敵意を向けるならただじゃ置けないか。」
冷静に砲撃を回避したつばさは左腕を持ち上げ、手首に巻かれた銀色のバンド、オウルブレスに右手を重ねた。
「ナイト・オン」
静かな声。
しかし、確かな意志。
ブレスが淡く光り光がつばさの全身を包み込む。
腕へ。胸へ。足へ。
そして、頭部へ。
『OWL AWAKENING!』
白い装甲。フクロウの面影。赤い複眼。角張った機械的な身体。翼を畳んだ、守護者の姿。
『NIGHT OWL!』
「……ナイト…オウル……危険……排除……」
怪人は砲撃を続ける。
ナイトオウルは身を翻し、それをかわす。動きは滑らかで無駄がない。
相手の攻撃パターンを読み、最小限の動きで回避する。
「排除……排除……排除……」
機械的な声が繰り返される。
ナイトオウルは右手を掲げた。黒い機械の剣が、空間から出現する。
柄を握り構える。
その目は、冷静だった。
怪人が砲撃を放つ。
ドゴォーン!
「……当たらないよ。」
彼女は身体を横へ滑らせる。
砲撃が横を抜けた瞬間、地面を蹴る。
一気に距離を詰め、怪人の懐へ入り込んだ。
黒い剣が振り抜かれる。
ザンッ!
刃が怪人の装甲を斬り裂く。
火花が散り、怪人の巨体がわずかによろめいた。
彼女は止まらない。
そのまま身体を捻り、もう一度剣を振る。
ガキィン!
肩部の装甲へ刃が食い込む。
装甲の一部が砕け、小さな火花が弾けた。
「……効いてるっぽいかな、これは。」
「排除……」
怪人が腕を振り下ろす。
身を低くしてかわす。そのまま横を抜け、振り向きざまに斬りつける。
ザンッ!
三度目の一撃。
怪人の装甲に、さらに傷が走った。
確かなダメージは入っている。
しかし――怪人は止まらない。
「排除……排除……排除……」
機械的な声が、それまでより速くなる。
怪人の砲口が開いた。
ドゴォーン!
その砲撃は空を切った。
間髪入れず、二発目。
ドゴォーン!
さらに三発目。
ドゴォーン!
連続して身を翻す。
地面が次々と爆ぜる。
ドゴォン!
ドゴォン!
ドゴォン!
今度は一方向からではない。
左右から、正面から。
砲撃が逃げ道を塞ぐように飛んでくる。
横へ跳ぶ。
その着地点へ、すぐに砲撃が落ちる。
ドゴォン!
着地と同時に踏み込み、さらに横へ飛ぶ。
その背後を砲撃が掠める。
ドゴォーン!
爆風が白い装甲を叩く。
一瞬も立ち止まらない。
怪人の砲撃は、先ほどまでとは明らかに違っていた。
一発撃って終わるのではない。
連続して撃ち込み、周囲ごと吹き飛ばすように攻撃してくる。
走りながら砲撃をかわす。
しかし、その先にも砲撃。
ドゴォン!
足元が弾ける。
跳び上がる。
その瞬間、空中へ向けて砲撃が放たれる。
ドゴォーン!
身体を捻ってかわす。
「……しつこいね。」
着地。
すぐにまた砲撃。
ドゴォン!
地面を蹴る。
そのまま怪人との距離を取った。
怪人がその巨体で突進する。
その瞬間、
「ガシャンッ! ――バサァッ!」
背中の装甲が展開する。
折り畳まれていた翼が左右へ大きく開き、機械的な展開音とともに羽ばたく形へ変わった。
ドゴォーン! ドゴォーン!
怪人は砲撃を続ける。
大きく羽ばたかせ、身体が一気に宙へ浮く。
「そろそろ、こっちの番だよ。」
怪人を見下ろしたまま、ゆっくりと右手を動かす。
黒い刀身が夜の光を受け、鋭く輝いた。
「……そろそろ終わらせよう。」
翼を大きく広げる。
次の瞬間――翼を畳み、一直線に急降下する。
「……!?」
怪人が振り返る。
だが、もう遅い。
剣を構え、落下の勢いを乗せてすれ違いざまに斬り抜ける。
ザンッ!
一閃。
着地した背後で、怪人が大きくよろめく。展開していた翼をゆっくりと畳んだ。
「……さようなら。」
「……排除……失敗………」
怪人の身体が、光の粒子となって崩れていく。剣を静かに下ろした。
*
遠く、その光景を見つめる影があった。
遠く離れた建物の屋上。一人の少女が、夜の街を見下ろしていた。
先ほどの戦いを見ていた。
少女の視線は、ナイトオウルへ向けられている。
「あのフクロウは…?」
彼女は静かに呟く。
白いフクロウの戦士。それが何者なのか、まだ知らない。
「アレの目的が何であろうと、私にとって侵略者であることに変わりない、か。」
いずれ敵対することになるのは確実だ。レイナはそう思い、闇に消えた。
*
振り返ると、原生怪人がまだそこにいた。
電子音を今度は小さく、震えるように鳴らしている。
「もう、大丈夫だよ。」
ナイトオウルはそう言って、頷いた。
原生怪人はゆっくりと闇の中へ消えていく。
それを見届けてから、ナイトオウルは変身を解除した。光が収まり、制服姿のつばさに戻る。
彼女は空を見上げた。二つの月が、変わらずそこにある。
*
現実世界に戻ったつばさは、自室の窓から再び街を見下ろした。
スマートフォンが震える。
画面には、葵からのメッセージが表示されていた。
『明日、お弁当一緒に食べよ?』
つばさは小さく笑った。
その笑みは、誰にも見せない。
けれど確かに彼女の中に灯る温度だった。
「……うん」
返信を打ち込みながらつばさは思う。
守りたいものは、案外近くにあるのかもしれない。
二つの月の下だけではなく、この、一つの月の下にも。