苦しいときの助け。
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
十年前の事故で両親を亡くした。 そこから彼女の人生は全て変わってしまった。 でも、諦めずに立ちあがろうとする。 _この先どんなことが起こるかも知らずに__
本文
床に手をついたまま闇莉は必死に空気を探していた。
肺がヒクヒクと痙攣してうまく膨らまない。
視界の端が暗く滲む。
心臓の音だけが耳の奥で暴れる。
__玄関の鍵が開く音がした。
遠くでドアが軋む。
足音。
誰かが上がってくる。
一階から二階へ。
階段を上がる規則正しい足音が近づいてくる。
「闇莉?いるか?」
凪の声だった。
闇莉は反応したかったが体が動かなかった。
喉がヒュウと細い音をたてるだけ。
部屋のドアが開いた。
「…っ、何してんだお前!」
凪の声が急に尖った。
足音が慌てて近づきすぐ横で誰かがしゃがみ込む気配がした。
肩に手が触れる。
温かい。
「おい、顔あげろ。どうした、何があった」
闇莉は答えられなかった。
声を出そうとすると喉の奥が引き攣る。
代わりに細かく震える指先が床を掻く音だけが部屋に響いた。
凪はそれ以上何も聞かず黙って闇莉の背中に手を当てた。
大きな手ではなかった。
幼い頃から変わらない、少し骨ばった手だ。
「…息、ゆっくりでいいから。一緒に吸おう」
凪の声が低くなる。
普段の明るい声ではなく、落ち着かせるための声だった。
「吸って__吐いて。そう。そう一回。吸って__吐いて」
闇莉はその声に合わせて何度か呼吸を繰り返した。
肺の奥に少しずつ空気が入っていく。
指先の震えがゆっくりと収まっていった。
どれくらいしただろう。
十分か。
それとも三十分か。
「…大丈夫そうか?」
凪が顔を覗き込む。
闇莉はこくりと頷いた。
声はまだ出そうになかった。
「…何があったかは聞かないでおく」
凪が小さく息を吐いて立ち上がった。
「でも、1人でいるのはやめとけ。今夜、俺んち来いよ。飯食ってけ。」
それだけ言って凪は部屋を出ていった。
階段を降りる足音が遠ざかる。
しばらくして玄関のドアが閉まる音がした。
闇莉は四つん這いのままじっと床を見つめた。
指先まだ少し震えている。
それでも心臓の音はもう、暴れていなかった。
やがてゆっくりと体を起こし立ち上がる。
机の上のヘッドホンがスタンドの灯りを鈍く反射していた。
__しばらくして、また玄関の鍵が開く音がした。
今度の足音はすぐに2階へ向かってくる。
同じリズム。
同じ速さ。
さっき出て行ったばかりの凪が何かを抱えたまま部屋のドアを開けた。
「やっぱりお前、来ないだろと思った」
凪は小さい紙袋を机に置いた。
コンビニの袋だった。
「適当に買ってきた。レトルトカレーとサラダと、あとプリン。食え」
闇莉は凪の顔を見た。
凪は視線を逸らさずもう一度言った。
「食うぞ。俺も食う。ここで食うから」
「…かえるんじゃ、なかったの」
掠れた声が出た。
さっきまで詰まっていた喉がかろうじて音を震わせる。
「帰るつもりだったけど、やめた」
凪は袋からレトルトカレーのパックを出しながら言った。
「お前一回ああなるとまた繰り返すことあるからな。
夜中一人でなって誰もいないとか考えたら普通にヤバいだろ」
「…迷惑、かける」
「迷惑かけてない奴なんてどこにもいねえよ」
凪は電子レンジのスイッチを押した。
低いモニター音が部屋に響く。
「それに、俺はお前の幼馴染だ。幼馴染ってのはそういうもんだ」
闇莉は何も言えなかった。
ただ、凪の背中を見ていた。
凪は振り返らずに言った。
「泊まるから。布団、まだあるだろ。俺、2階の押し入れで適当に寝るから」
「…一階、客間、ある」
「ああ、そうだっけ。じゃあ客間もらうわ」
電子レンジがチンと鳴った。
凪はカレーのパックを取り出し、テーブルに並べ始めた。
窓の外はもう暗くなりかけていた。
入学式の一日がこうして終わろうとしている。
闇莉はゆっくりと立ち上がり凪の隣の椅子に座った。