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風が生まれる場所3

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/9/21 📚 シリーズ: 風が生まれる場所 📝 9,176文字 🤖 AI創作支援作品 ✅ 全年齢

あらすじ

風、凪ぐ頃の後日譚ですが、初めての方でも読めます。 未来世界でも紙の本は残っていた。 これは図書館の司書と、少し変わった常連客との、静かな物語。

本文

第十一章 凪の選んだ場所

次の非番の日、凪は、待ち合わせの場所に、いつもより早く着いていた。

手には、小さなメモ帳があった。

「おはようございます。」

凛が来ると、凪は、メモ帳を鞄にしまいながら、立ち上がった。

「おはようございます。それ、何のメモですか。」

「――今日の、順路です。」

「順路?」

「はい。歩く道と、時間を、確認していました。」

凛は、少し笑った。

「そんなにきっちり計画立てたんですか。」

「――念のため、です。」

***

向かった先は、バスで三十分ほどの場所にある、小さな集落だった。

終点でバスを降りると、周囲には、古い赤瓦の家々が並んでいた。

観光地化されていない、静かな街並みだった。

「ここ、初めて来ました。」

凛が言うと、凪は、頷いた。

「訓練の移動中に、地図で見つけました。実際に来たのは、先週が初めてです。」

「先週、下見したんですか。」

「はい。」

短い返事だった。

けれど、その一言に、凛は、小さく口元を緩めた。

***

集落の中心には、大きなフクギの並木道があった。

木々が、道の両側に高く伸び、緑のトンネルのようになっている。

「涼しいですね、ここ。」

「はい。防風林として、植えられたものだそうです。」

「台風から、家を守るために。」

「よく調べましたね。」

「――先週、資料館で聞きました。」

並木道を抜けると、古い井戸の跡があった。

石で組まれた円形の枠が、苔むしたまま残っている。

「昔は、ここが、集落の水源だったそうです。」

凪は、井戸の縁に、そっと手を触れた。

「今は、使われていませんが。」

「凪さん、本当に調べてきたんですね。」

「――案内するので。最低限のことは、知っておきたかったので。」

***

集落を抜けた先に、小さな高台があった。

石段を上ると、古い拝所があり、その先に、視界が開けていた。

眼下に、赤瓦の屋根と、緑の畑、そして、遠く海が見渡せた。

「ここが、今日、一番見せたかった場所です。」

凛は、しばらく、その景色を眺めていた。

「静かですね。」

「はい。」

「風の音しか、しません。」

石段の脇に、古い石のベンチがあった。

二人は、そこに並んで腰を下ろした。

「凪さん、こういう場所、よく見つけますね。」

「――歩いていると、目に入るので。」

「それを、覚えておくんですか。」

「はい。凛さんに、見せたい場所を。」

凛は、その返答に、隣を見た。

凪は、まっすぐ景色を見つめたまま、特に表情を変えなかった。

けれど、その横顔は、どこか満足げだった。

***

「お昼、持ってきました。」

凪は、鞄から、包みを取り出した。

開くと、街のパン屋で買ったらしい、サンドイッチがいくつか入っていた。

「自分で作ったんじゃないんですね。」

「――まだ、料理は、あまり自信がなくて。」

「今度、教えましょうか。」

「――お願いします。」

即答だった。

二人は、サンドイッチを分け合いながら、しばらく景色を眺めた。

遠くで、鳥の鳴き声がした。

風が、フクギの葉を揺らす音が、下のほうから、微かに聞こえてくる。

「凪さん。」

「はい。」

「今日、すごく、良い一日です。」

「――それは、良かったです。」

凪は、そう答えると、少し間を置いて、続けた。

「準備した甲斐が、ありました。」

「準備、大変でしたか。」

「はい。」

「けれど。」

凪は、サンドイッチの包み紙を、丁寧に畳みながら、言った。

「大変さより、楽しさのほうが、大きかったです。」

「――どこに、案内しようか。何を、持っていこうか。考えている時間が。」

「思ったより、良いものでした。」

凛は、その言葉に、小さく頷いた。

「分かる気がします、それ。」

***

日が傾きはじめる頃、二人は、拝所の高台を下りた。

来た道を戻り、フクギの並木道を、また通り抜ける。

木漏れ日が、道の上に、細かい模様を作っていた。

「バス、あと二十分後です。」

凪は、腕時計を確認しながら言った。

「メモしてたんですか、時刻表。」

「はい。」

「用意周到ですね。」

「――失敗したくなかったので。」

その言葉に、凛は、また笑った。

バス停のベンチに座り、二人は、バスが来るのを待った。

「今日の場所、覚えておきます。」

凛が言うと、凪は、小さく頷いた。

「はい。また、来ましょう。」

「季節が変わったら、景色も、違って見えると思うので。」

「秋とか、冬とか。」

「はい。」

遠くから、バスのエンジン音が、近づいてくるのが聞こえた。

夕方の風が、フクギの葉を、大きく揺らしていった。

ーーー

第十二章 わずかな遅れ

その日は、朝から蒸し暑かった。

梅雨明けが近いことを、空気の重さが告げていた。

図書館は、いつも通りの時間に開館した。

凛は、カウンターで新着図書の登録作業をしながら、時折、入口のほうへ目をやった。

いつもなら、開館から一時間ほどで、凪が姿を見せる日だった。

けれど。

正午を過ぎても、自動扉は開かなかった。

***

昼休憩、凛は、事務スペースでコンビニのおにぎりを食べながら、スマートフォンを確認した。

通知はない。

(今日、来る日だったよね)

先週、確かにそう約束していた。

けれど、催促のような連絡をするのも、気が引けた。

凛は、スマートフォンを鞄に戻し、午後の業務に戻った。

***

午後二時を過ぎ、雨がぱらつき始めた。

梅雨の名残のような、弱い雨だった。

窓の外の景色が、少しずつ、灰色がかっていく。

カウンターで返却処理をしていると、遠くから、自動扉の開く音がした。

顔を上げると、そこに、凪が立っていた。

***

いつもの、丁寧な姿勢ではなかった。

肩が、わずかに上下していた。

前髪が、汗で額に張り付いている。

「――遅く、なりました。」

息を整えながら、凪は、そう言った。

「大丈夫ですか。」

凛は、カウンターを出て、駆け寄った。

「走ってきたんですか。」

「はい。バスの、時間に間に合わなくて。」

「基地から、ここまでですか。」

「途中まで、走りました。」

凪の額に、汗の粒が、いくつも浮かんでいた。

シャツの襟元も、少し湿っている。

***

凛は、事務スペースから、タオルを一枚持ってきた。

「これ、使ってください。」

「――ありがとうございます。」

凪は、タオルを受け取り、額と首筋を、丁寧に拭った。

「何かあったんですか、基地で。」

「訓練が、延長になりました。」

短い答えだった。

「急に、決まったことで。連絡する、時間がありませんでした。」

「そうだったんですね。」

凛は、それ以上、詳しくは聞かなかった。

給湯室から、冷たい水を、紙コップに入れて持ってきた。

「飲んでください。」

「――すみません。」

凪は、水を、一気に飲み干した。

紙コップを、丁寧に、両手で持ったまま、しばらく息を整えていた。

***

「もう、閉館まで、あと二時間もないですけど。」

凛が言うと、凪は、少し困ったような表情を浮かべた。

「――それでも、来たかったので。」

「無理しなくても、良かったのに。」

「いえ。」

凪は、首を振った。

「約束していたので。」

その一言に、凛は、少し黙った。

窓の外、弱い雨が、変わらず降り続いている。

「じゃあ、座ってください。お茶、淹れます。」

「はい。」

***

いつもの窓際の席に、凪は腰を下ろした。

まだ、少し息が上がっているようだった。

凛は、温かいお茶を運び、隣の椅子に座った。

「訓練、何時に終わったんですか。」

「――一時間前くらいです。」

「そこから、走ってきたんですか。ずっと。」

「バスの、待ち時間も、惜しかったので。」

凛は、その返答に、小さく息を吐いた。

「そんなに、急がなくても。」

「明日でも、良かったのに。」

凪は、湯呑みを両手で包んだまま、少し視線を落とした。

「――今日、会う約束だったので。」

「明日に、延ばすのは。何か、違う気がしました。」

その言葉に、凛は、それ以上、何も言わなかった。

ただ、隣で、静かにお茶を飲んだ。

***

しばらくすると、凪の息は、すっかり落ち着いていた。

窓の外の雨も、いつの間にか、上がっていた。

雲の切れ間から、夕方の光が、薄く差し込んでくる。

「短い時間しか、いられませんが。」

凪が、静かに言った。

「今日、来られて、良かったです。」

「私も。」

凛は、湯呑みを机に置きながら、答えた。

「来てくれて、嬉しかったです。」

「――良かったです。」

短いやり取りだった。

けれど、それ以上の言葉は、必要なかった。

***

閉館の時間が近づき、凛は、館内放送のスイッチを入れた。

凪は、静かに席を立ち、椅子を、丁寧に机の下へ戻した。

「今日は、無理させてしまいましたね。」

凛が言うと、凪は、首を振った。

「無理では、なかったです。」

「――走るのは、少し、大変でしたが。」

「凛さんに、会えたので。ちょうど、良かったです。」

その言い方に、凛は、小さく笑った。

「変な言い方。」

「――そうでしょうか。」

「はい。でも、嫌いじゃないです、そういうところ。」

凪は、その返答に、少しだけ、口元を緩めた。

自動扉の前で、二人は、いつものように、短い挨拶を交わした。

「また、次の非番に。」

「はい。次は、ちゃんと、時間通りに来ます。」

「無理しなくていいですよ、本当に。」

「――善処します。」

その生真面目な返事に、凛は、また、小さく笑った。

夕方の風が、湿った空気を、少しずつ運び去っていった。

凪の後ろ姿が、バス停のほうへ、静かに遠ざかっていく。

凛は、しばらく、その姿を見送ってから、館内に戻った。

カウンターの上に、まだ、凪が使ったタオルと、空の紙コップが、そのまま残されていた。

ーーー

第十三章 突然の信号

七月に入り、梅雨は明けていた。

蝉の声が、朝から絶え間なく響いている。

その日、凪は、非番だった。

図書館の窓際の席で、いつものように本を読んでいた。

凛は、カウンターで、貸出処理をしていた。

昼下がり、館内は、静かだった。

冷房の音と、時折めくられるページの音。

それだけが、空間を満たしていた。

***

異変は、突然だった。

凪の座る席のあたりから、微かな電子音が鳴った。

一度。

二度。

短く、規則的な音だった。

凪は、本を閉じ、鞄から、小さな端末を取り出した。

黒い、無機質な形状の機器だった。

画面に、緑色の文字列が、点滅していた。

その瞬間、凪の表情から、それまでの穏やかさが、すっと消えた。

***

凛は、カウンター越しに、その様子に気づいた。

「凪さん?」

声をかけても、返事はなかった。

凪は、端末の画面を、無言で見つめていた。

指先が、素早く、画面上の文字をなぞる。

その動きは、これまで凛が見たことのない、正確で、無駄のないものだった。

数秒後、凪は、端末を鞄にしまい、席を立った。

「――申し訳ありません。」

その声は、いつもより、低く、平坦だった。

「今から、出なければなりません。」

***

凛は、カウンターを出た。

「何かあったんですか。」

「詳しくは、言えません。」

凪は、そう答えながら、鞄を肩にかけた。

その動作は、これまで見てきた、丁寧でゆっくりとした所作とは、明らかに違っていた。

必要最小限の、速い動き。

「緊急、ということですか。」

「はい。」

短い返事だった。

凪の視線は、すでに、出口のほうへ向いていた。

***

「送りましょうか。」

凛が言うと、凪は、初めて、こちらに視線を戻した。

「――いえ。」

「一人で、行きます。」

その言い方には、これまでのような柔らかさが、なかった。

まるで、別人と話しているような。

そんな硬さが、声に滲んでいた。

「分かりました。」

凛は、それ以上、何も聞かなかった。

ただ、静かに、頷いた。

***

凪は、出口に向かって、歩き出した。

その足取りは、速く、迷いがなかった。

自動扉の手前で、一瞬、足を止める。

振り返り、凛のほうを見た。

「――行ってきます。」

その一言だけを残し、凪は、扉の向こうへ消えていった。

外の日差しの中、金色の髪が、一瞬、強く光った。

それから、走り出す後ろ姿が、窓越しに、小さくなっていく。

***

館内には、静けさが戻っていた。

冷房の音だけが、変わらず、低く響いている。

凛は、凪が座っていた席に、目をやった。

読みかけの本が、そのまま、机の上に残されていた。

ページの途中に、栞代わりのレシートが、挟まっている。

凛は、その本を、そっと手に取った。

表紙をなでると、まだ、わずかに、人のぬくもりが残っているような気がした。

***

その日、凪は、閉館まで、戻ってこなかった。

凛は、カウンターの仕事を続けながら、時折、窓の外に目をやった。

蝉の声が、変わらず、外から響いていた。

いつもと同じ、夏の昼下がりだった。

けれど。

窓際の席だけが、いつもより、ひどく静かに見えた。

***

閉館作業を終え、凛は、鍵を閉めた。

外に出ると、日は、すでに傾いていた。

赤く染まった空を、一羽の鳥が、横切っていく。

スマートフォンを確認したが、通知は、何もなかった。

凛は、それを、鞄にしまった。

バス停へ向かって、一人、歩き出す。

夕方の風が、乾いた土の匂いを、運んできた。

蝉の声が、少しずつ、遠ざかっていった。

ーーー

第十四章 長い夜

バス停のベンチに、凛は座った。

鞄の中には、凪が読みかけていた本が入っていた。

閉館作業の最後、返却棚に戻す前に、つい、持ち帰ってしまった。

理由は、自分でもうまく説明できなかった。

バスが来るまで、あと十分ほどあった。

凛は、鞄から、その本を取り出した。

栞代わりのレシートが、まだ、同じページに挟まったままだった。

表紙を、指先で、一度なでる。

特に、何をするでもなく、また鞄にしまった。

***

家に着くと、母が、台所で夕食の支度をしていた。

「おかえり。今日、遅かったね。」

「うん。閉館作業、少し長引いて。」

凛は、いつも通りに答えた。

自分の部屋に荷物を置き、洗面所で手を洗う。

鏡に映る自分の顔を、少しの間、見つめた。

特に、変わったところはなかった。

***

夕食は、いつもと同じ、母の作ったチャンプルーだった。

「今日、凪くん来なかったの?」

母が、何気なく尋ねた。

「来たよ。お昼過ぎに。」

「そう。今日は、泊まっていかなかったのね。」

「うん、用事があって、早めに帰った。」

凛は、それだけ答えて、箸を進めた。

母は、それ以上、深く聞かなかった。

食卓には、テレビの音だけが、静かに流れていた。

***

食後、凛は、自分の部屋に戻った。

窓を開けると、蝉の声が、少しずつ、弱まっているのが分かった。

代わりに、虫の声が、庭のほうから、聞こえはじめていた。

スマートフォンを、机の上に置く。

画面を、一度、点灯させた。

通知は、なかった。

しばらく、その画面を見つめてから、また、伏せて置いた。

***

鞄から、本を取り出す。

凪が読んでいた、地元の作家の短編集だった。

以前、凛自身が勧めた一冊でもあった。

栞のレシートが挟まったページを、開いてみる。

短い一編が、途中で止まっていた。

漁師の男が、亡くなった妻を思い出しながら、海を眺める場面だった。

凛は、そのページを、しばらく読んだ。

読み終えて、本を閉じる。

表紙を、もう一度、指先でなでた。

***

机の上の時計は、九時を回っていた。

窓の外は、すっかり暗くなっていた。

遠くで、車の音が、一度だけ聞こえた。

それが、通り過ぎていく音だと分かるまで、凛は、耳を澄ませていた。

***

ベッドに横になっても、なかなか、眠気は来なかった。

天井を見つめながら、今日、凪が座っていた席のことを、思い出していた。

いつもの、静かな横顔。

本をめくる、一定の速度。

そして、電子音が鳴った瞬間の、あの表情の変化。

これまで、見たことのない顔だった。

穏やかさが、一瞬で、消えた。

その落差の大きさが、今になって、じわりと、胸の中に残っていた。

***

(大丈夫、なのかな)

そう思ってから、凛は、自分でも、その問いの意味に、少し戸惑った。

大丈夫というのが、何を指すのか。

無事に任務を終えられるか、ということなのか。

それとも、もっと別の、うまく言葉にできない何かなのか。

分からなかった。

けれど。

その問いが、頭から離れないことだけは、確かだった。

***

スマートフォンを、もう一度、手に取った。

画面を、点灯させる。

通知は、やはり、なかった。

凛は、それを、枕元に置いた。

いつもなら、意識することもない、その画面の存在が。

今夜は、やけに、大きなものに感じられた。

***

窓の外、虫の声が、絶え間なく続いている。

その音の合間に、時折、遠くで、車の音がした。

そのたびに、凛は、わずかに、体を起こしかけた。

けれど、どの音も、家の前を、通り過ぎていくだけだった。

***

いつの間にか、時計は、十一時を回っていた。

凛は、机の上の本に、もう一度、目をやった。

閉じられたままの表紙。

その本を、一度、手に取り、枕元の棚に、そっと置いた。

明日、返却するつもりだった。

けれど、なぜか、すぐには、そうする気になれなかった。

***

目を閉じても、意識は、なかなか静まらなかった。

図書館の、あの席。

急に立ち上がった凪の後ろ姿。

「――行ってきます。」

その一言だけを残して、消えていった背中。

普段の、丁寧な別れの挨拶とは、明らかに違う、短い言葉だった。

その短さが、今になって、じわりと、重さを増していく気がした。

***

凛は、暗い天井を見つめたまま、静かに、息を吐いた。

いつからか、凪がいない一日は、こんなにも、長く感じられるようになっていた。

図書館に来るか、来ないか。

それだけのことで、一日の色合いが、これほど変わるということに。

今夜、初めて、はっきりと、気づかされた。

***

虫の声は、変わらず、窓の外で続いていた。

時折、風が、カーテンを、微かに揺らした。

その揺れを目で追いながら、凛は、ゆっくりと、瞼を閉じた。

スマートフォンの画面は、枕元で、静かに、暗いままだった。

ーーー

第十五章 戻ってきた日常

翌朝、空は、晴れていた。

昨夜の虫の声は、すでに止み、代わりに、蝉の声が、また勢いを取り戻していた。

凛は、いつも通りの時間に、図書館へ出勤した。

開館前の館内は、ひんやりとしていて、静かだった。

カウンターの内側で、返却ポストの本を、一冊ずつ取り出していく。

昨日と、変わらない作業だった。

***

開館時間になり、自動扉が開いた。

最初に入ってきたのは、いつもの、新聞を読みに来る老人だった。

「おはようございます。」

「おはよう。」

凛は、いつも通りの挨拶を交わした。

老人は、いつもの席に向かい、新聞を広げた。

館内には、また、静けさが戻った。

***

午前十時を過ぎた頃、自動扉が、また開いた。

凛は、顔を上げた。

そこに、凪が立っていた。

いつもの、白いシャツ。

穏やかな表情。

けれど。

目の下に、わずかな影があった。

普段より、少しだけ、肌の色が、白く見えた。

***

「おはようございます、凛さん。」

声の調子は、いつも通りだった。

「――おはようございます。」

凛は、そう答えながら、その顔を、じっと見た。

「大丈夫でしたか。」

「はい。」

短い返事だった。

「無事に、終わりました。」

それ以上の説明は、なかった。

凛も、それ以上は、聞かなかった。

***

凪は、鞄から、小さな紙袋を取り出した。

「これ。」

「何ですか。」

「昨日、突然、いなくなってしまったので。」

「お詫びに。」

紙袋の中には、街のパン屋で売っているらしい、個包装のクッキーが入っていた。

「――律儀ですね。」

凛は、小さく笑った。

「そんなの、気にしなくて良かったのに。」

「――気になったので。」

その返答に、凛は、少し目を細めた。

昨夜、あれほど、頭から離れなかった不安が、今、目の前にある、この何気ないやり取りの中に、静かに溶けていくのを感じた。

***

「あと、これも。」

凛は、カウンターの下から、凪が読みかけていた本を取り出した。

「昨日、忘れていったので。持って帰ってました。」

凪は、その本を、両手で受け取った。

「――ありがとうございます。」

栞代わりのレシートは、まだ、同じページに挟まったままだった。

凪は、そのページを、少し開いて、確認した。

「続き、読んでもいいですか。今日。」

「はい、もちろん。」

***

凪は、いつもの窓際の席に向かった。

腰を下ろし、本を開く。

その姿は、これまでと、何一つ変わらないように見えた。

けれど。

凛は、カウンターの内側から、その横顔を、しばらく見ていた。

普段より、ページをめくる速度が、少しだけ、遅かった。

昼過ぎ、凛は、いつものように、給湯室でお茶を淹れた。

紙コップを二つ持って、凪の席に近づく。

「休憩、どうですか。」

「――はい。」

凪は、本を閉じ、姿勢を正した。

隣の椅子に、凛が座る。

しばらく、二人とも、何も話さなかった。

窓の外、蝉の声だけが、変わらず、響いていた。

***

「昨日。」

凛が、静かに切り出した。

「心配、しました。」

凪は、少し、視線を落とした。

「――申し訳ありません。」

「謝ってほしいわけじゃないです。」

凛は、湯呑みを両手で包みながら、続けた。

「ただ、何も分からないまま、待ってるのは。少し、しんどかったです。」

凪は、しばらく、黙っていた。

窓の外を、一羽の鳥が、横切っていった。

「――今度からは。」

やがて、凪が、口を開いた。

「難しいとは、思いますが。」

「戻ってきたら、必ず、連絡します。」

「無事だということだけでも。」

その言葉に、凛は、小さく頷いた。

「それで、十分です。」

***

「凛さん。」

「はい。」

凪は、少し、間を置いた。

「昨日、いなくなってしまったとき。」

「凛さんは、どんな一日を、過ごしていましたか。」

その問いに、凛は、少し考えた。

答え方を、選んでいるようだった。

「――普通の一日でした。」

「仕事して、家に帰って、ご飯食べて。」

「いつもと、同じです。」

凪は、その返答を、静かに聞いていた。

「ただ。」

凛は、湯呑みの水面を、少し見つめてから、続けた。

「凪さんが、座ってた席が。すごく、静かに見えました。」

「それだけです。」

その簡潔な言葉に、凪は、しばらく、何も言わなかった。

ただ、静かに、湯呑みを、両手で持ち直した。

「――そうですか。」

短い返事だった。

けれど、その声には、これまでの、丁寧なだけの応答とは、少し違う、確かな響きがあった。

***

休憩を終えると、凪は、また、窓際の席に戻った。

本を開き、読み始める。

凛も、カウンターに戻り、午後の業務を始めた。

館内には、いつも通りの、静かな時間が流れていた。

けれど。

その静けさの質は、昨日までとは、わずかに違っているようだった。

***

閉館の時間、凪は、いつものように、椅子を丁寧に机の下へ戻した。

「今日も、ありがとうございました。」

「また、来てくださいね。」

いつもの、短いやり取りだった。

けれど、凛は、その言葉に、いつもより、少しだけ、力を込めた。

凪は、それに気づいたのか、気づかなかったのか。

ただ、静かに、頷いた。

「はい。また、来ます。」

自動扉が開き、夕方の光が、館内に差し込んだ。

金色の髪が、その光を受けて、輝いた。

凪の後ろ姿が、外の明るさの中へ、ゆっくりと、溶けていった。

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作者について

紫陽花工房

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家事や仕事の間にAIに物語を書いてもらってます。 好きな花は紫陽花。 座右の銘、チャンスをもたらしてくれるものは冒険である 夢うつつな時に閃くものがネタだったりします(笑)

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