第33話 ゲートの崩壊
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
異世界と東京が繋がって35年。区役所「異世界住民課」で働く天野勇は、定時退庁を愛する平凡な公務員。だがある日、テロ事件に巻き込まれ、うっかり「勇者」に選ばれてしまう! 発現した能力は、空間をつなぎ合わせるだけの地味なもの。世間からは「ハズレ勇者」と哂われるが……実は空間操作を駆使した常識破りの最強スキルだった!? コンビニスイーツ中毒のエルフ聖騎士アイリスと共に、勇は世界の危機と“残業”に立ち向かう! 「僕はただ、定時で帰ってアニメを見たいだけなのに!」 オタク公務員が二つの世界を繋ぐ、現代×異世界ファンタジー! ※本作品は「カクヨム」「あいぺん」にて同時掲載しています。
本文
視界が真っ白なノイズに埋め尽くされていく。
脳が沸騰するような熱さと、内側から頭蓋骨をノコギリで挽かれているような激痛。
東京中の送電網から臨海発電所を経由し、僕の脳の空間処理領域を解放してアイリスの精霊剣へと流し込んだ一千万人の電気エネルギーは、その対価を僕の肉体に要求していた。
だが、僕の意識の糸は、まだ切れていない。いや、切らすわけにはいかなかった。
「まだだ……! まだ、僕の役目は終わっていない……!」
どれほど脳細胞が悲鳴を上げようが、僕のディバイド・ルーラーは、アイリスが振り下ろした白銀の刃と、機甲戦闘人形の胸部コアを寸分の狂いもなく直撃している。
「が……、あああああああッ!!」
アイリスの鋭い叫び声が、爆音を切り裂いて響き渡る。
彼女が放ったライトニング・ブレイブ――それは、異世界の高潔なる魔導と、最先端科学の史上初にして最大の融合反応だった。
バチバチと空間を爆裂させる白銀の雷光が、機甲戦闘人形の巨体を完全に包み込んでいく。
「終わりです、グラハム社長。あなたの計画は失敗したんです」
擦れた声で自分に言い聞かせるようにつぶやいた。
僕が力をさらに絞り出すと同時に、アイリスの剣が、機甲戦闘人形の胸部コアを完全に真っ二つへと叩き切った。
「ズ、ガァァァァァァァァァンッ!!!!」
巨大な閃光が炸裂し、視界が完全に白夜と化す。人形の内部から噴き出す白銀の雷光によって完全に引き裂かれ、塵へと還っていく。
それだけではない。背後に控えていたドローン群も、その指揮システムごと電磁パルスで完全に沈黙し、床へと次々に落下していった。
新宿ゲート周辺のネットワークを管理していたメインサーバーの基盤が、過電流によって火花を散らしながら、次々と黒く焼け焦げていく。
35年の時が過ぎていく間に、この世界を蝕み続けた巨悪。その正体である軍事企業と異世界貴族の野望は、光り輝く剣の前ではあまりにも脆かった。
戦争さえ金儲けの道具とした欲望は、一刀のもとに真っ二つへと断ち切られた。
「やった……のか?」
アイリスが息を切らせながら、剣をゆっくりと下ろす。その精霊剣からは、まだパチパチと静電気が火花となって散っていた。
彼女のブルーの瞳が僕を振り返る。その顔には、確かな勝利の確信と、僕をいたわるような優しい笑みが浮かんでいた。
しかし、僕の脳内では、危険を告げる警鐘がいまだ最大音量で鳴り続けていた。
「ピキ、ピキピキピキ」
不穏な音が、足元から、天井から響いてくる。
「……っ、アイリス、まずい! まだ喜ぶのは早い!」
僕は叫ぼうとしたが、喉がかすれてまともな声が出ない。
この新宿ゲートを無理やり暴走させていた機甲戦闘人形のコアが消滅した。本来ならゲートの暴走が収まるはずだった。しかし、グラハムたちが施したサイバネティクス改造のせいで、ゲートのシステムは異常な形で肥大化しすぎていたのだ。
コアを失ったエネルギーは、行き場をなくし、今度はこの空間そのものを内側から食い破ろうと暴走を再開している。
空間の壁に、まるで見えない怪物が爪を立てたかのような、巨大な亀裂が走り始めた。
その亀裂の向こうに見えるのは、不気味に歪んだ原色の混沌――物理法則が完全に崩壊した、特異空間の深淵だ。
「エネルギーバランスが完全に崩壊した……! このままじゃ、ゲートごとこの空間が縮退して消滅する!」
まわりの壁や天井が、まるでガラス細工のようにパキパキと音を立てて剥がれ落ち、虚無の彼方へと吸い込まれていく。この特異空間そのものが、一気に崩壊を始めようとしていた。
「アマノ殿!!」
光の残滓の中で、アイリスが僕の姿を見て、血相を変えて駆け寄ってくる。
当然だ。僕の右手の聖痕はすでに光を失い、そればかりか、僕の身体は一歩も動かすことができない。
脳の許容量を遥かに超えた空間接続の反動で、僕の視界はついに限界を迎え、急速に暗転し始めていた。足の感覚がない。手の感覚もない。
「ユウ――ッ!!」
アイリスの声が、今度は僕のファーストネームを呼んだような気がした。
意識が急速に遠ざかる中、僕は自分の身体が床に向かって倒れ込んでいくのを、どこか他人事のように感じていた。
激しい突風が吹き荒れ、崩壊する空間の破片が僕たちの視界を遮っていく。
定時退庁どころか、これ、長期の病気休暇コースかもしれないな――そんなくだらないことを最後に考えながら、僕は完全に暗闇の中へと落ちていった。