第34話 ゲートからの生還
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
異世界と東京が繋がって35年。区役所「異世界住民課」で働く天野勇は、定時退庁を愛する平凡な公務員。だがある日、テロ事件に巻き込まれ、うっかり「勇者」に選ばれてしまう! 発現した能力は、空間をつなぎ合わせるだけの地味なもの。世間からは「ハズレ勇者」と哂われるが……実は空間操作を駆使した常識破りの最強スキルだった!? コンビニスイーツ中毒のエルフ聖騎士アイリスと共に、勇は世界の危機と“残業”に立ち向かう! 「僕はただ、定時で帰ってアニメを見たいだけなのに!」 オタク公務員が二つの世界を繋ぐ、現代×異世界ファンタジー! ※本作品は「カクヨム」「あいぺん」にて同時掲載しています。
本文
およそ人間が聞いていいレベルではない、世界の悲鳴が鼓膜を激しく揺るがしていた。
意識が完全に途切れる直前、僕の身体は強烈な浮遊感に包まれていた。
床が、壁が、そして僕たちを拒むようにして立ち塞がっていたグラハムの野望の残骸が、まるでパズルが崩れていくように、次々と分解されていった。
機甲戦闘人形のコアを失った新宿ゲートの中枢は、完全にその制御を失い、自壊を始めていた。
物理法則がねじ切れ、重力の方向がデタラメに変わり、僕の体はもはや自分の意志では一センチたりとも動かせない。
脳神経を焼き切る覚悟で行った、臨海発電所への空間接続のツケはあまりにも重く、身体を動かすための回路が完全にダウンし、指一本動かせない。
(ああ、これ、本当にマズいな。労災って、特異空間の崩壊に巻き込まれた場合って適用されるんだろうか……)
そんな、どうしようもなく現実逃避した思考が、急速に凍りついていく脳裏をよぎる。
視界が完全にブラックアウトする――その直前、視界の端に映ったのは、白銀の輝きを全身にまとった銀髪のエルフが、懸命に俺へ手を伸ばしてくる姿だった。
「ユウ――ッ!!」
骨が軋むほどの強い力で、僕の右腕が掴まれ引き寄せられる。シルバーエルフ特有のしなやかで、しかし僕のようなもやしっ子公務員とは比べ物にならないほど強靭な腕力によって、僕は誰かの胸の中へと強引に抱きすくめられた。
ふいに漂ってきたのは、硝煙とオゾンの焦げ臭い匂い。そして、ほのかにフローラルの香りだった。
「捕まえたぞ! 決して離さぬ!」
アイリスの声が、崩壊する空間の爆音を遮って響く。
彼女は僕の身体をその細い両腕でしっかりと抱きかかえると、周囲を見回した。だが、逃げ道なんてどこにもなかった。僕たちが通ってきた空間の門は、接続の維持を失ったことで、すでに細い糸のようになって消えかけている。
「アイ……リス、もう……能力が、出ない……」
「喋るな、アマノ殿! 頭に負荷をかけすぎるな! 空間の操作が使えぬというなら、あとは騎士の役目だ!」
アイリスは僕をしっかりと抱き抱えたまま、残されたわずかな魔力を精霊剣へと注ぎ込んだ。
彼女の掲げた剣から、再び細いけれど鋭い輝きが放たれる。
「精霊よ! 我が友の作った道の残滓を照らせ! 私たちを、あるべき世界へ導くのだ!!」
空間が完全に反転するような、猛烈なGが僕たちを襲った。
特異空間が完全に縮退し、消滅するその瞬間――アイリスは僕を庇うように背中を丸め、消えゆく空間の裂け目へと向かって、一か八かの跳躍を敢行したのだ。
「ズ、ガァァァァァァァァァンッ!!!」
背後で、世界が一つ閉じたような、完全な無音の爆発が起きた気がした。
そして僕たちの身体は、猛烈な勢いで境界の向こう側へと弾き出された。
「うわっとっと!? どけ、どけぇーっ!!」
「おい、上から何か落ちてくるぞ! 退避、退避!」
耳に飛び込んできたのは、サイレンの音と、酷く慌てふためいた人の怒鳴り声。
それから、コンクリートの硬い感触が、アイリスの身体をクッションにする形で僕の全身に伝わってきた。
「痛っ……! む、胸を強く打った……。いや、アマノ殿の頭が、ちょうど私の……いや、何でもない!」
アイリスの、どこか恥ずかしそうな、そして安堵に満ちた声がすぐ近くで聞こえる。 僕は泥のように重い瞼を、数ミリだけ押し上げた。
目に飛び込んできたのは、崩壊する空間ではない。
どんよりとした曇り空と、見慣れた新宿のビル群。そして、防護服を着た国家安全保障局の隊員たちや、自衛隊の装甲車が慌ただしく行き交う、崩れかけてる地上に造られた仮設道路だった。
僕たちは、生還したんだ。
崩壊する絶望的な空間から、間一髪で、この東京へと帰ってきた。
「おい! あんちゃんと異世界の嬢ちゃんだ! 生きてるぞ!」
「医療班! 早くしろ、ストレッチャーをここに!!」
ドタドタと無数の足音がこちらに向かって駆けつけてくるのがわかる。
その中には、見覚えのある大きな丸眼鏡をかけた女性――魔導ハッカーの千代田が、取り乱した様子で走ってくる姿もあった
その後ろには、杖をつきながらも、すべてを察したような深い笑みを浮かべている僕の親父、天野剛の姿もある。
「ユウ! 戻ったぞ、私たちの街だ!」
アイリスが僕の顔を覗き込み、ブルーの瞳から大粒の涙をポロポロとこぼしながら笑っていた。その涙が僕の頬に落ちて、酷く冷たくて、けれど心地よかった。
「あー……。アイリス……」
「おお、喋れるか!? どこが痛む!?」
「定時、とっくに……過ぎて、る……。残業、手当て、ちゃんと、出る、よね……?」
僕が全力を振り絞ってそう呟くと、アイリスは一瞬だけ呆然とした顔をした後、いつものように綺麗な眉を八の字に曲げて、盛大にツッコミを入れてきた。
「この期に及んで最初の言葉がそれか――っ!! 世界を救った大英雄が、まずは無事を喜ぶべきところで、なぜそんな世知辛い確認をするのだ! 本当に、本当に貴殿というやつは……っ!」
怒りながらも、彼女は僕の手をギュッと握りしめて離さなかった。その温もりに包まれながら、今度こそ僕の意識は、穏やかな深い眠りの中へと沈んでいった。
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