1-23 残されたもの
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
魔王亡き世界で、再び魔の時代が動き出す。 魔王ゼルヴァディスが討たれてから、六百二十八年。 平和を取り戻したアストラリア大陸では、三つの主要勢力が微妙な均衡を保ちながら共存していた。 しかし、今なお人の立ち入れない旧魔王領では、魔物たちが静かに活動範囲を広げ始めていた。 各地では怪しい薬が出回り、魔王を崇める新興宗教も勢力を増していく。 そんな異変をまだ知らず、自由交易都市に暮らす青年レオン・ヴェスタは、見知らぬ世界を求めて旅立つ。 やがて彼は、森の外へ憧れる若きエルフの癒し手フィリアと、その護衛リュシアに出会う。 三人の小さな旅立ちは、やがて国家、宗教、人間、魔物――大陸に生きる者すべてを巻き込む事変へ繋がっていく。 善と悪の境界が揺らぐ世界で、彼らは何を知り、何を選ぶのか。 これは、魔王亡き世界で再び動き始めた、魔の時代を巡る物語。
本文
新暦628年4月9日、昼過ぎ。
エルフの里。
ノクティス教団の滞在先として使われている建物の一室。
アルヴァンたちが出ていったことを確認すると、サイラスは扉を閉めた。
憔悴した被害者の仮面は消え、代わりに冷えきった苛立ちが浮かぶ。
「すぐにこの里を出る準備をしなさい。
明日には、この里を出ます」
一人の教団員が戸惑いながら口を開いた。
「し、しかしサイラス様。
今日のようなことがあった後で出て行っては、余計に疑われるのでは……」
サイラスは小さく笑った。
「既に、これ以上ないくらい疑われているではありませんか」
彼は部屋の奥に横たえられた二体の死体へ視線を向ける。
「それに、我々には彼らを故郷へ送り届けるという大義名分もある。
問題ないでしょう」
「……分かりました」
教団員たちは荷物をまとめる準備に取りかかった。
サイラスはその様子を横目に、先ほどのやり取りを思い返す。
ノクスヴェインの存在と危険性は知られた。
瘴気が関与していることまで見抜かれている。
さらに、アルヴァンは生きている。
正直に言って状況は芳しくない。
各国へ情報が渡るのは時間の問題だ。
あのレオンという小僧が動ける立場にあるなら、伝令を任される
可能性もある。
そうなれば、三国会議を待たず情報が連携されるだろう。
王国。帝国。自由交易都市。
どこか一つにでも情報が届けば、これまでのように自由に実験を
続けることは難しくなる。
サイラスは奥歯を噛んだ。
だが、グラウスへ持ち帰るものが何もないわけではない。
黒脈薬〈ノクスヴェイン〉は、動物や精霊にも作用した。
小型の動物と精霊のサンプルも確保している。
フィリア・エルフェリアの浄化能力も確認できた。
そして何より、あの力はゼルヴァディスの加護に干渉する。
これは重要な情報だ。
そう――
まだ、自分には報告すべき成果がある。
それでも、胸の奥に残る苛立ちは消えなかった。
フィリア・エルフェリア。
レオン・ヴェスタ。
リュシア・ミストリーフ。
あの三人がいなければ、計画はもっと上手く進んでいた。
アルヴァンを殺し、里を混乱に落とし、何食わぬ顔で成果を
持ち帰ることができたはずだった。
もし、自分が生き残れば……
――必ず復讐してやる。
サイラスはゆっくりと息を吐き、いつもの柔和な表情を作り直した。
「さて。私も準備を始めるとしますか」
そう言って、奥の部屋へ向かった。
◇
ノクティス教団の滞在先を後にした
アルヴァンたちは、里の道を歩いていた。
風が木々を揺らし、遠くでは後始末に追われる住人たちの声がする。
四人はしばらく、誰も口を開かなかった。
やがて、レオンが足を止める。
「すみません、詰め切ることができませんでした。
時間があれば、決定的な証拠を用意できたかもしれないのですが……」
「いえ。レオンさんは悪くありません」
リュシアが答える。
「事件が起きてから短い時間で、よくあそこまでまとめたと思いますよ」
「そうだよ! レオンは凄いよ」
フィリアも頷いた。
だが、その声はすぐに小さくなる。
「それに比べて、私は……。
もしサイラスさんたちが犯人だったら、
取り返しのつかないことをしちゃったことになる……」
里へ彼らを招き入れたのは自分だ。
門兵は止めていた。
リュシアも疑っていた。
それでもフィリアは、相手の言葉を信じることを選んだ。
その結果が、これなのだとしたら。
フィリアの胸が、また締めつけられる。
「そうですね」
リュシアは、はっきりと言った。
「フィリア様が不用心にも、彼らを招き入れたわけですから」
「う……」
フィリアが俯く。
レオンは少し驚いたようにリュシアを見た。
「でも、旅立つ前に経験できて良かったとも思います」
フィリアが顔を上げる。
「フィリア様の純粋さは、決して悪いものではありません。
誰かの話を聞こうとすること。相手を最初から拒まないこと。
それは、フィリア様の大切な美点です」
リュシアの目が真剣になる。
「ですが、外の世界ではその善意を利用する者もいます。
美点だからこそ、狙われることもあるのです」
「……うん」
フィリアは小さく頷いた。
「気を付ける……」
そして、アルヴァンへ向き直る。
「それから、おじいちゃんもごめんなさい。
これから私、ちゃんと気を付ける……」
アルヴァンは穏やかに首を横に振った。
「なに。起きてしまったことはしょうがない。
それよりも、これからどうしていくかが重要じゃ」
彼はレオンへ視線を向ける。
「決定的な証拠こそ掴めなかったが、薬の危険性は十分に分かった。
このことは、すぐに各国へ共有しようと思っておる」
「ノクティス教団についても、ですね」
リュシアの言葉に、アルヴァンは頷いた。
「うむ。三国会議まで待っていては動きが遅れてしまう」
そして、レオンを見る。
「そこで、レオン君に頼みたいことがある」
「俺に、ですか?」
「ああ。書状を用意する。
先んじて、王国と帝国への伝令をお願いしたいのじゃ」
レオンの表情が引き締まる。
「ヴェントゥス自由交易都市には、ちょうど用事がある故、
儂が直接赴こうと思う」
アルヴァンは続けた。
「もちろん、ただ届けて終わりではない。
道中で何か分かることがあれば、それも併せて伝えてきてほしい。
無理はせんでよいが、今回の薬について最初に違和感を繋げたのは君じゃ」
レオンはまっすぐに頷いた。
「任せてください。必ずお届けします」
「うむ。頼んだよ」
アルヴァンは満足そうに頷いた。
「それでは、儂は書状の準備をしてくる。
里の後始末もまだ残っておるしの」
そう言って歩き出そうとしたところで、ふと足を止める。
「フィリアや」
「なあに……?」
「人生は、学びの連続じゃ」
フィリアが顔を上げた。
「これからも、上手くいかず落ち込むことはあるじゃろう。
誰かに騙されることも、間違えることもあるかもしれん」
アルヴァンは優しく微笑む。
「それでも、自分らしさまで失わないようにしてほしいと思っておる」
「自分らしさ……」
「そうじゃ。それが何なのかも、これからの旅で見つかるといいのぉ」
フィリアは胸に手を当てた。
まだ、答えは分からない。
「……うん。分かった」
「まあ、何にせよあまり気負わずにいることじゃ」
アルヴァンは笑う。
「いつでも明るく、太陽のようなフィリアのことが、
皆は好きなんじゃからな」
その言葉に、フィリアの瞳が揺れた。
「うん……」
彼女は小さく頷く。
それから、もう一度大きく頷いた。
「うん! 分かった!」
声に、いつもの明るさが戻り始めていた。
「いつまでもうじうじしてられないね!」
フィリアは勢いよく顔を上げる。
「よし! じゃあリュシア、旅の準備をしに戻ろう!」
「急に元気になりましたね」
「おじいちゃんが、気負わずにって言ってくれたから!」
「気負わないことと、準備を雑にすることは違いますからね」
「分かってるってば!」
フィリアはリュシアの手を取る。
「行こう!」
「フィリア様、走ると危ないです」
「大丈夫!」
そんなやり取りをしながら、二人は里の道を駆け出していく。
リュシアは、その手を振りほどかなかった。
アルヴァンは二人の背中を見送り、最後にレオンへ向き直る。
「レオン君」
「はい」
アルヴァンは深く頭を下げた。
「見ての通りの子じゃが、改めてよろしく頼む」
レオンは少し驚いたが、すぐに真剣な顔で頷いた。
「はい。諸々承知しました」
そして、ふっと笑みを浮かべる。
「俺も、フィリアさんとの旅が楽しみです」
アルヴァンは穏やかに微笑んだ。
「そうかい。それは良かった」
彼はもう一度小さく頷くと、今度こそ書状の準備へと向かう。
レオンはその背中を見送ってから、
フィリアたちが去っていった方を見る。
「王国と帝国、か」
旅は、ただの見聞を広げるものではなくなった。
悔しさはある。怒りもある。
それでも、レオンに迷いはなかった。
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