第37話 最高の栄誉
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
異世界と東京が繋がって35年。区役所「異世界住民課」で働く天野勇は、定時退庁を愛する平凡な公務員。だがある日、テロ事件に巻き込まれ、うっかり「勇者」に選ばれてしまう! 発現した能力は、空間をつなぎ合わせるだけの地味なもの。世間からは「ハズレ勇者」と哂われるが……実は空間操作を駆使した常識破りの最強スキルだった!? コンビニスイーツ中毒のエルフ聖騎士アイリスと共に、勇は世界の危機と“残業”に立ち向かう! 「僕はただ、定時で帰ってアニメを見たいだけなのに!」 オタク公務員が二つの世界を繋ぐ、現代×異世界ファンタジー! ※本作品は「カクヨム」「あいぺん」にて同時掲載しています。
本文
「天野先輩、諦めて受け入れるっす。もう世間のニューストレンドは、先輩の名前で埋め尽くされてるっすよ!」
高橋がスマホの画面を僕の目の前に突き出してきた。
そこには、SNSのトレンドランキングの最上位に僕の不細工な職員証の顔写真と、アイリスが私服でコンビニ袋を抱えている姿がセットで大拡散されている地獄絵図が映っていた。
「う、嘘だろ……。僕の平穏な公務員ライフが……」
そんな僕の絶望をよそに、アイリスがベッドの横で長いエルフの耳をピコピコと嬉しそうに跳ねさせながら、両手を叩いて喜んでいた。
「我がラインハルト家が仕えるセレステリアの王宮においても、その称号を持つ者はかつての混乱期を戦い抜いた伝説の英雄たちのみ。アマノ殿のディバイド・ルーラーという能力が、ついに世界に認められたのだ。これほどの誉れ、聖騎士として私も鼻が高いぞ!」
「天野勇殿、話はそれだけではありません」
特務部の職員が、無慈悲にも第二の爆弾を投下した。
「今回のS級勇者認定に伴い、政府およびセレステリア王国より、あなたに対して特別報奨金の支給が決定いたしました」
「ほ、報奨金、ですか?」
「いくらっすか!?」
高橋がとデレデレした顔から一転して食い気味に尋ねる。
「日本円にして1億円、セレステリア王国で流通する最高級魔石『純度100%のエメラルド・コア』が10個。さらに、新宿周辺または特務部直轄エリアにおける一等地の高級マンションの永住権が与えられます」
「いちおくだと……っ!?」
高橋の目が完全に¥マークに変わった。
「先輩! 1億円ですよ! 1億円あったら、アキバの新作アニメの限定版BDボックスを棚ごと大人買いしても、死ぬまでソシャゲに重課金しても、お釣りが来るっすよ!」
「……っ」
一瞬、僕の脳内の論理的思考回路が、その凄まじい金額によって激しく揺らいだ。1億円。それは、区役所の平職員として定年まで真面目に働き、書類の山と格闘し続けても、手元に残るかどうかという巨万の富だ。
それだけあれば、今すぐ仕事を辞めて、自宅に引きこもって一生アニメと漫画だけを消費する極楽のニート生活が送れるのではないか?
だが、すぐに僕のオタク的防衛本能が、その甘い罠の裏にある大人の事情を正確に割り出した。
「待てよ……。1億円の報奨金、それに高級マンションの永住権……。これ、裏を返せば『これだけの金をやるんだから、これからは一生、国の都合の良いように24時間体制で戦え』っていう、実質的な終身拘束の契約金じゃないか?」
「お察しが良いですね」
職員がフッと不敵な笑みを漏らした。
「S級勇者は、国家安全保障局の最優先召集対象となります。両世界の境界、あるいはゲート周辺で万が一の事態が発生した際、管轄の壁を無視して、即座に現場へ招集される義務が生じます」
「やっぱりか!」
僕はベッドの上で頭を抱えた。
「そんなの、世界を救うための残業どころの話じゃない! 人生そのものが『年中無休の強制労働』にされるようなもんだ! 今回はたまたま、うまくいっただけなんですよ」
「アマノ殿……、そんなに嫌なのか?」
僕のあまりの拒絶っぷりに、アイリスが少し困惑したように長い髪を指でもてあそんだ。
「S級の称号を得れば、セレステリア王国においても騎士団長クラスの権限が与えられるのだぞ? それに、アキバのショップでも『VIP会員』として扱われると高橋殿が……」
「アイリスさん、それ以上は先輩のライフがゼロになるからやめてあげるっす」
高橋が苦笑しながらアイリスを宥める。
「とにかく!」
僕は特務部の職員を真っ直ぐに見据え、人差し指を突きつけた。
「はい、受諾の手続きを進めてよろしいですか?」
「――全力で、お断りさせていただきます」
病室の空気が、再びカチリと凍りついた。
「……辞退、ですか?」
職員の眉が、ピクリと跳ね上がった。これまで多くの勇者と呼ばれる若者たちを見てきただろう彼にとっても、国家最高の栄誉と1億円をあっさりとドブに捨てる人間は、想定外だったのだろう。
「天野、あんた本当にバカね。せっかくのチャンスを」
千代田が呆れたようにため息をついたが、その表情にはどこか『やっぱりね』という、僕の性格を完全に理解している者特有の納得感が混じっていた。
「アマノ殿、本当に良いのか!? 世界を救った英雄としての証なのだぞ!」
「いいんだ、アイリス」
僕は、窓の外の青空を見つめながら、少しだけ自虐的で、だけど僕にとって一番大切な前向きな本音を口にした。
「名前に『勇』って字が入っているからって、英雄になりたいわけじゃない。35年前――あの巨大なゲートが突如として現れ、世界が大きく変わった時代に、僕の親父たちは命を懸けて戦って、世界が融合した日常の土台を作ってくれた。そして僕たちは、その日常を守るために、日々こうやって働いている」
僕は自分の右手の甲にある、かつて世間からハズレと揶揄された聖痕を見つめた。
「あの戦いで世界を繋ぎ止めたのは、僕個人の力じゃない。人類と異世界の人達が一緒に築き上げてきた、相手を理解しようとする力だ。僕はただの公務員として、その歯車をほんの少しだけ、正しい方向に動かしたに過ぎない。だから、勇者なんていう称号は、僕には最初からいらないんだよ」
そこまで言って、僕はニヤリとオタクらしい笑みを浮かべた。
「それにさ、何より目立つのも責任を負うのも、僕の主義に反する。退院したら、僕は区役所の異世界住民課に戻って、定時で帰って、アイリスにアキバのアニメショップに付き合わされて、千代田にプログラムの文句を言われる……。そういう、どうしようもなく愛おしい日常こそが、僕にとっての最高の報酬だからね」
病室に、静かな沈黙が流れた。
アイリスは、僕の言葉を噛み締めるように何度か瞬きを繰り返した後、その透き通るようなブルーの瞳を細め、心から眩しい笑顔を咲かせた。
「……そうか。アマノ殿がそこまで言うのなら、私も相棒として、その選択を支持しよう。やはり貴殿は、私が最初に出会った時と変わらぬ、風変わりで、最高に信頼できる公務員だな!」
特務部の職員は、しばらく僕の顔をじっと見つめていたが、やがて諦めたように深い溜め息をつき、タブレットの画面をスワイプした。
「……分かりました。天野勇殿の称号および報奨金の受諾辞退の意向を、上層部にそのまま報告いたします。ただし、上層部がこれで完全にあなたを諦めるかどうかは、今後の協議次第ですがね」
「その時は、また年給を盾にして徹底抗戦しますよ」