第19.1話 ぶちぎれ
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
ゴーレムの正しい作り方 〜俺のゴーレム、絶対おかしいと言われるんですが、なにか?〜 - 第19.1話 ぶちぎれ
本文
全身の毛穴が一瞬で開き、冷や汗が噴き出す。
「が、はっ……!? 息が……っ!?」
喉の奥が引き締まり、肺が酸素を拒絶する。
圧倒的な「死の恐怖」が津波のように押し寄せてきた。
おかしい!
俺は今、魔物除けの特性を持つテントの中にいるはずだ。
しかも大岩の隣、安全地帯の最深部にいるはずなのに、呼吸をすることすら忘れるほどの恐怖が俺の肉体を支配している。
もしこのテントの中にいなかったら、外の空気に触れた瞬間にショックで呼吸困難を起こして気絶していたかもしれない。
「マスター! 落ち着いて深呼吸を行ってください!」
「す、ぅ……はーっ、はーっ……!」
アカシャの言葉のお陰で、辛うじて意識の混濁を免れた。
強制的に深呼吸を繰り返し、狂ったように警報し続ける危険察知の信号をどうにか抑え込んだ。
と同時に。
――ズシン。
大岩のすぐ近くの地面から、重苦しい地鳴りのような足音が響いてきた。
まるで心臓を直接大きな手でギュッと握られているかのような感覚に襲われながらも、俺は震える足に力を込め、テントの幕を押し開けて外へと出た。
大岩の前の広場を見上げた瞬間、俺の目は限界まで見開かれた。
そこには、前世のゲームの世界でしか見たことのない、圧倒的な威容を誇る「化け物」が鎮座していた。
――グリフォン。
鷲の頭と翼、そしてライオンの胴体を持つ伝説の魔獣。
だが、目の前にいる個体は、他を見ずとも異常だと分かるサイズだった。
体長は優に7〜8mはあり、広げた翼の影だけで俺のテントが丸ごと隠れてしまうほどの大質量。
これまで、この大岩の周囲500mには、魔物が近づいた形跡すら一度もなかった。
ここはそういう強力な結界的な何かに守られている場所だとすら思っていたのに、この化け物は、何の前触れもなく突如としてこの広場に降り立ったのだ。
「グルゥァァァァァンッ!!」
グリフォンが天を仰ぎ、一声高く鳴り響かせた。
鼓膜を激しく震わせる鳴き声を聞いた瞬間、俺の記憶の底からある光景がフラッシュバックした。
あ……この声……
思い出した。
初めてこの森でバイオレットホーン・ラビットを倒した直後、あの圧倒的な死の恐怖を植え付けた鳴き声だ。
あの時、俺を恐怖のどん底に叩き落とした張本人が、今、目の前にいる。
ズシン、ズシンと、巨大な前足の爪を土に食い込ませながら、グリフォンがこちらへと歩を進めてくる。
俺との距離がわずか数mにまで縮まったその時、化け物の嘴が不気味に歪んだ。
「――人間」
低く、地響きのような掠れた声が、明確な意味を持って俺の耳に届いた。
目の前の圧倒的な力の奔流に気圧され、まともな思考が維持できない。
「う、あ……」
「ふん、まともに喋ることもできんのか。相変わらず脆弱な種族め」
グリフォンは黄金の瞳で俺を冷酷に見下ろす。
危険察知の警報が頭の中でうるさく鳴り響いている。
だが、「見覚えのあるゲームのモンスターの姿」をしていることが功を奏したのか、俺の心は思った以上の速度で落ち着きを取り戻し始めていた。
かつて画面の向こうで何度も対峙した存在だという事実が、俺の理性をギリギリのところで繋ぎ止める。
「……ふぅ。何の、用ですか?」
俺は深く息を吐き出し、極力声を震わせないようにして問いかけた。
「お前が、最近ここへ棲み着いたという人間か」
「…そうです」
「では、あの時ウサギの気配を消し去ったのも、お前だな?」
やはりそうだ。
あのウサギを倒した直後、現れたのはこいつだったんだ。
「先ほどの鳴き声に心当たりがありますので……おそらく、私で間違いありません」
「この森の奥地まで来る人間など、これまで一人も居なかった。というより、人間ごときがこの魔境で生き延びていること自体が信じられん。お前、本当に人間か?」
「……おそらく、人間ですよ」
「どこから来た?」
「……それは」
俺が答えを躊躇った瞬間、グリフォンの瞳がギラリと光った。
「答えよ、人間!!」
ドン、と物理的な衝撃を伴うような、とんでもない威圧が全身を襲った。
膝が折れそうになるのを必死に堪える。
その瞬間、アカシャから脳内へ緊急の情報が転送されてきた。
【対象】:グラトニー・グリフォン
【レベル】:295
※詳細解析不能
(レベル295……!? 詳細解析不能だって!?)
レベル140のあのニードルアルマ・グリズリーですら化け物だと思っていたのに、その倍以上のレベルだ。
アカシャの鑑定すら通らない、正真正銘の圧倒的破壊者。
どうする。戦うか? いや、勝てるわけがない。一瞬で消される。
『マスター、現時点での状態で戦闘行為は生存確率1%未満です。質問には素直に答えた方がいいと推測されます』
『……分かった』
俺は喉の渇きを癒すように一度唾を飲み込み、グリフォンを見上げた。
「……ここではない、別の世界から、魂だけをこちらに移されてきました。いわゆる、転生者というやつです」
俺の言葉を聞いた瞬間、グリフォンの顔に明らかな動揺が走った。
しかし、それはすぐに下卑た、不敵な笑みへと変わっていく。
「ほほう……! お前が『アルチャ』というものか!」
「アルチャ……?」
『神々の古い言葉で『転生者』を意味します』
アカシャがすかさず脳内で補足する。
『なぜ魔物がそんな言葉を知っているんだ?』
『わかりません。過去にこの世界に存在した転生者の伝承、あるいは人間が作ったおとぎ話を知っている可能性があります』
『過去にも転生者が?』
「長年生き永らえてきたが、面白い。本当に存在するとはな……くくく」
グリフォンは、「下卑た笑い顔」という表現すら生ぬるいほどの笑みを浮かべていた。
見ているだけで、自分の心をどす黒い何かで直に触られているような、猛烈な不快感と嫌悪感が込み上げてくる。
『マスター、警告します。この個体の固有名称『グラトニー暴食』および解析の断片から推測するに、【食らったものの記憶や能力を自身のものとして奪う】特性を持っている可能性が極めて高いです』
「もしかして人間の……記憶を?」
「ほほう。我の特性に気づいたか。」
グリフォンは、自慢げに嘴を鳴らした。
「そうだ。我は食べたものの力を吸収し、その技も、知識も、すべて我が物として扱えるのだ。お前たちが何を考え、どうやって生きてきたかもな」
ここは弱肉強食の異世界だ。
人間もその食物連鎖の一部に過ぎない。
魔物が人間を食うこと自体、世界からしたら当たり前の事だろう。
冒険者という稼業があれば、魔物を倒す事を生業とする場合がほとんどだ。
もしこの世界も同じであれば、殺すという事は、自分も殺されるという覚悟を持つ事は当然だろう。
だから「人を食べた」という事に関しては、こいつを恨むなんて事は筋違いだ。
だが、グリフォンが次に放った言葉が、俺の脳内の何かを決定的に狂わせた。
「しかし、数ヶ月前に森の端で遊び半分に喰うた、あの人間の小娘の記憶がこれほど役に立つとはのう!」
「……遊び、半分?」
俺の中で、静かにパチンと、何かの線が一本切れる音がした。
「礼儀も行儀も良く、妙な勇気のある小娘だったわ。まだ子供のくせにな、『私の命はどうなってもいいので、家族だけは見逃してください』と、涙を流して必死に我が前で頭を下げてお願いしてきたのだ」
「……」
「その絶望した顔が実によくてな……つい、その大きな目を生きたままパクリと一口でな」
「……」
「それがまあ、実に美味くてな! もがいている姿も滑稽でな。」
「……」
「 人間の子というのは力こそ無いが、味に関しては一級品だからな!」
グリフォンは本当に満足そうに、楽しかった思い出を語るかのようにケラケラと笑っている。
「しかも手足も無くなり、死ぬ間際だというに家族の事ばかり心配しての」
…こいつはなぜ、聞きたくもない胸糞の悪い話を、勝手にベラベラと得意気に話しているんだ。
「だからな、その小娘だけが死ぬのは不憫だと思ってな、後からその家族全員も我が腹の中に綺麗に収めてやったのだ! どうだ、我は慈悲深いであろう!」
ブチッ、ともう一本、何かが完全に切れる音が頭の中で響いた。
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