第八十五話 必死
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あらすじ
ロジカルな戦闘が魅力の群像劇。執筆済みのため、毎日午前6時に更新・11月30日完結予定 木や鉱石といった死んだ物質は魔力を拒絶し、術者の掌を骨ごと炭化させる。 息を吸い、肺を満たし、血を巡らせる――人間の肉体こそが唯一無二の触媒である世界。 極寒の寒村で家族を飢えで失った少年、テラ・ベルジェ。 彼がメルキオーレ魔術学院へ送られたのは、村の生き残りを賭けた「食料配給の手形」としてだった。 成績を落とせば即座に除籍、故郷は全員餓死。 首に麻縄を巻かれたような絶望の中、手に入れたのは、他人が床に撒き散らした魔力の燃え殻を吸い込み、硝子の檻に閉じ込めてぶつけるだけの、醜悪な「泥棒の小細工」だった。 名門エリートたちが優雅に呪文を紡ぐ学び舎で、テラと同じく世界の隅へと追いやられた者たちが出会う。 血統を呪い、折れぬ直剣を佩く異端の前衛・エヴァン。 没落の借財に抗い、完璧の型にすがる参謀令嬢・ルナ。 才能を弄ばれ、感覚の超火力を放つ傲岸な小隊長・リゼット。 衝撃を吸い取る悪知恵のトリックスター・エリクス。 そして、感情を殺し、汚れを消去し続ける謎の特例生・クロエ。 「不純物」「落伍者」と切り捨てられた六人は、生き残るため、互いの欠陥を凶器へと変える冷酷な契約を結ぶ。 だが、彼らが勝ち上がった先に待っていたのは―― この国の美しい魔術文明そのものが、地下深くで生きたまま魂をすり潰されている「一人の少女の生贄」の上に成り立っているという、おぞましい真実だった。 「誰かの地獄の上に成り立つ光なら、そんなもの全部叩き壊してやる」 理不尽な国家の欺瞞と、忍び寄る聖賢騎士団の断罪。 持たざる者たちが泥水を啜り、手を取り合い、世界の檻を打ち破る――本格ダーク・学園魔術戦記! ※カクヨムでも『AI本文利用』タグにて同時掲載中です 『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』
本文
「二度、同じ手は食わん」
ファウストの低い呟きとともに、大空洞の空気が激しく波打った。
パツン、パツン、パツンッ!!
足裏で連続して爆ぜる圧縮空気。
ファウストの巨躯が、左右の石柱を蹴り、壁を蹴り、目にも留まらぬジグザグの不規則軌道で大空洞を疾走する。テラがカードを投げるための射線すら絞らせず、ただ純粋な「速度と圧力の暴力」となって六人を圧殺しにかかる。
「来ますわッ!」
ルナの叫びと同時に、突風とともにファウストの影が肉薄した。
迎撃に出たのは、エヴァンだった。
血塗れの制式剣を構え、ファウストの進路の正面へと割り込む。
ファウストの鋭い掌打が、横合いから振り抜かれた。
だが――エヴァンは、剣を直接当てて受ける愚は犯さなかった。
触れられれば、この量産品の刃など一瞬で木っ端微塵にされる。エヴァンは切先をわずかに掠めさせてファウストの視界を乱すと同時に、自らの身体を沈め、拳の直撃コースをミリ単位で見切って躱した。
剣の刃を、絶対に触れさせない。
だが――ファウストの拳が空を裂いた瞬間の「圧力の暴風」そのものが、エヴァンの肩を激しく打ち据えた。
「ぐ、うっ……!?」
直撃を免れながらも、圧力の余波だけで肩関節がきしみ、エヴァンは口から鮮血を撒き散らして石畳に足を取られた。
ファウストの追撃の足が、体勢を崩したエヴァンへと向けられる。
「させませんわ!」
ルナが即座に相承術式『ペルフェクシオン』を発動。
床に散乱していた数十個の巨大な石塊を不可視の力場で一斉に浮遊させ、エヴァンとリゼットを守るように、即席の「石の防壁」を組み上げた。リゼットの火球が牽制として放たれ、クロエの氷がファウストの足元を凍結させ、エリクスの信管が床を爆ぜさせる。
だが。
ドガァァァンッ!!
ファウストの無造作な右拳が、ルナの組み上げた石の防壁を、触れた一点から粉々に粉砕した。
瓦礫を突き破り、黒い影が、無防備になった仲間たちへと迫る。
その時だった。
「――そこから、離れろッ!!」
後方にいたテラが、迷いなく石畳を蹴った。
エヴァンが倒れ、ルナとリゼットが瓦礫の煙に巻かれたその隙間へ、テラは自らの身体を投げ出すようにして走り込んだ。
逃げ場のない仲間たちの前へ。
テラは手甲を嵌めた両腕を交差させ、迫り来るファウストの真正面へ、自らの全身を盾にして立ちはだかった。
ドガンッ!!
ファウストの重い蹴りの衝撃波が、立ちはだかったテラの胸元を真正面から打ち据えた。
テラの体は木の葉のように十数メートルも吹き飛ばされ、大理石の石柱へと激しく叩きつけられた。
手甲の革が引き裂かれ、口から熱い血が溢れ出る。全身の骨が軋み、目の前が真っ白に明滅した。
「テラッ……!!」
仲間たちの悲鳴が響く。
だが。
テラは、倒れたままではいなかった。
ズリ、と血で濡れた石畳を爪で引っ掻く音。
泥と血を吐き捨て、テラは手甲を石柱に突き立てて、震える両足で、よろめきつつも立ち上がった。
胸元のホルダーから、再び黄金のカードを指先へと滑らせる。
その瞳の奥にある光は、一滴たりとも曇っていなかった。
「僕たちは……」
テラの掠れた声が、火の粉の舞う大空洞に響いた。
「僕たちは……ここで死ぬわけには、いかないんだ……!!」
綺麗事じゃない。高尚な理念でもない。
ただ、生きるための、泥臭い魂の絶叫。
「故郷のみんなが、僕の帰りを待っている……! 仲間たちが、僕を信じて背中を預けてくれた……! だから……どんなに敵が強くたって、どんなに絶望的だって、僕たちは絶対に諦めない!!」
テラは血塗れの手甲を固く握りしめ、ファウストを真っ直ぐに睨みつけた。
「全員で……生きて、ここから帰るんだッ!!」
その叫びに呼応するように、肩を外しかけたエヴァンが制式剣を構え直し、リゼットが立ち上がり、ルナが、エリクスが、クロエが、傷だらけの体で再びテラの横に並び立った。
誰一人として、目を逸らしていない。
ファウストの足が、ピタリと止まった。
そのアッシュグレーの瞳が、信じられないものを見るように見開かれていた。
骨がきしみ、血を吐き、圧倒的な暴力を前にしながら――誰一人として逃げ出さず、仲間のために、明日を迎えるために、死ぬ気で自らの命を燃やし続けている若者たち。
そのボロボロになりながら立ち上がるテラの姿の奥に。
ファウストの脳裏で、何年もの間、復讐の炎の下に封じ込めていた「ある記憶」が、激しく、痛烈にフラッシュバックし始めていた。