第八十四話 迎撃作戦
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
ロジカルな戦闘が魅力の群像劇。執筆済みのため、毎日午前6時に更新・11月30日完結予定 木や鉱石といった死んだ物質は魔力を拒絶し、術者の掌を骨ごと炭化させる。 息を吸い、肺を満たし、血を巡らせる――人間の肉体こそが唯一無二の触媒である世界。 極寒の寒村で家族を飢えで失った少年、テラ・ベルジェ。 彼がメルキオーレ魔術学院へ送られたのは、村の生き残りを賭けた「食料配給の手形」としてだった。 成績を落とせば即座に除籍、故郷は全員餓死。 首に麻縄を巻かれたような絶望の中、手に入れたのは、他人が床に撒き散らした魔力の燃え殻を吸い込み、硝子の檻に閉じ込めてぶつけるだけの、醜悪な「泥棒の小細工」だった。 名門エリートたちが優雅に呪文を紡ぐ学び舎で、テラと同じく世界の隅へと追いやられた者たちが出会う。 血統を呪い、折れぬ直剣を佩く異端の前衛・エヴァン。 没落の借財に抗い、完璧の型にすがる参謀令嬢・ルナ。 才能を弄ばれ、感覚の超火力を放つ傲岸な小隊長・リゼット。 衝撃を吸い取る悪知恵のトリックスター・エリクス。 そして、感情を殺し、汚れを消去し続ける謎の特例生・クロエ。 「不純物」「落伍者」と切り捨てられた六人は、生き残るため、互いの欠陥を凶器へと変える冷酷な契約を結ぶ。 だが、彼らが勝ち上がった先に待っていたのは―― この国の美しい魔術文明そのものが、地下深くで生きたまま魂をすり潰されている「一人の少女の生贄」の上に成り立っているという、おぞましい真実だった。 「誰かの地獄の上に成り立つ光なら、そんなもの全部叩き壊してやる」 理不尽な国家の欺瞞と、忍び寄る聖賢騎士団の断罪。 持たざる者たちが泥水を啜り、手を取り合い、世界の檻を打ち破る――本格ダーク・学園魔術戦記! ※カクヨムでも『AI本文利用』タグにて同時掲載中です 『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』
本文
「全員、射線を固定しろッ!!」
テラの叫びが落ちた瞬間、小隊の歯車が、一分の狂いもなく噛み合った。
クロエが両手を左右へ薙ぎ払う。
ガギギィィッ! と凍てつく音とともに、ファウストの左右両脇へ、厚さ数十センチの巨大な氷壁が瞬時にそそり立ち、横への跳躍ルートを完全に塞ぎ止めた。
間髪入れず、リゼットの放った心象アンカーの火球が、ファウストの足元の石畳を連続で耕し、後退の足場を焼き払う。
そして――正面。
エヴァンが血塗れの制式剣を正眼に構え、バチバチと漏出する雷光を刀身に宿らせて、真っ直ぐに間合いを詰めた。
左右を塞がれ、背後を焼かれ、前方を白刃で牽制されたファウスト。
残された道は、正面から障害を叩き潰して突進することのみ。
そのエヴァンの肩越しに、テラが飛び出した。
手甲の革を軋ませ、胸元のホルダーから引き抜いたのは――エリクスの『レゾルテ』信管が仕込まれた、一枚の黄金カード。
あらかじめリゼットの炎とエヴァンの雷が、無限の容量の中で完璧に調和・圧縮された特製弾。
テラは農具のスナップを利かせ、一直線に、ファウストの顔面へ向けてカードを投げ放った。
風を切り、飛来する名刺大の薄い硝子。
ファウストの琥珀を帯びた眼光が、そのカードを捉えた。
避ける気など、毛頭ない。
これまであらゆる術式を、あらゆる障害を粉砕してきた男は、前進の勢いのまま無造作に右手を伸ばした。
人差し指の先端から、固有術式『海葬』の点圧力を解き放つ。
触れた一点を、深海一万メートルの底へと叩き落とし、木っ端微塵に押し潰す必殺の打撃。
「小細工が――」
ファウストの指先が、飛来する黄金カードの表面に触れた。
――チッ。
だが。
粉々に爆散するはずの硝子は、割れなかった。
「……何!?」
ファウストの顔に、初めて、明瞭な亀裂が走った。
ズズズズズズッ……!!
吸い込まれていく。
ファウストの指先から放たれた、数万トンの超高密度な点圧力が、まるで底なしの深淵に引きずり込まれるように、カードの内側へと一瞬で吸入・呑み込まれていく。
魔術現象に触れた部分を呑み込むサウダージの基本性質。そして、進化によって獲得した無限の受容限界。
深海の圧力はカードを砕くことすら叶わず、それどころか――内部に眠っていた炎と雷と、一切の反発を起こさずに滑らかに融合し、ひとつの極大エネルギーへと調和されてしまった。
指先の圧力を完全に吸い取られ、ファウストの前進が、コンマ数秒、凍結した。
その目の前で。
後方のエリクスが、獰猛に口角を吊り上げて指を鳴らした。
「――払い戻しだ、受け取りなッ!!」
パチンッ!!
内側の信管が自壊した。
そして――カードの中に調和されていた「エヴァンの雷」と「リゼットの炎」、そして「ファウスト自身の深海圧力」が、ゼロ距離で一気に解き放たれた。
だが、ファウストは、ただの怪物ではなかった。
炸裂のコンマ数ミリ秒の刹那。
男は異常な反射速度で、自らの腕の筋肉に、もう一度だけ同じ威力の点圧力を咄嗟に叩きつけていた。
跳ね返ってきた自らの圧力を、同じ圧力で正面から相殺し、肉体の圧殺だけは紙一重で回避する――純粋な引き算の神業。
しかし。
圧力を相殺できても――自身が持たない、エヴァンの雷とリゼットの炎という強大な魔術のエネルギーまでは、引き算することはできなかった。
――ドォォォォォォォンッ!!
完全調和された雷炎の直撃が、ファウストの胸板を真正面から捉えた。
分厚い黒衣の外套が吹き飛び、皮膚を焦がす激しい熱量と電撃が、大男の巨躯を力任せに打ち据える。
ズザザザザザーッ!!
石畳が二本の溝を刻んで削り取られた。
あらゆる者を一撃で粉砕し、一歩も退くことのなかったファウストの身体が、十数メートルも後方へと弾き飛ばされ、ドサリと、片膝を床へとついた。
濛々と立ち込める白煙。
大聖堂地下の空洞に、信じられない静寂が落ちた。
「……やった!?」リゼットが叫びかける。
だが。
煙の向こう側で、肉の焦げる臭いとともに、ギチ……と筋肉がきしむ重い音が響いた。
立ち上がってきたのだ。
胸元の服を焼き千切られ、赤黒い火傷と裂傷から血を滴らせながらも、その巨躯は、大地に根を張る巨木のように再び直立していた。
アッシュグレーの白髪を振り払い、ファウストの双眸が、暗闇の中で昏くギラついた。
「……なるほどな」
低く、地鳴りのような声。
「俺の圧力を呑み込み、調和させて撃ち返したか。……小僧ども、大したものだ」
男の口元に、獰猛な、けれど冷え切った戦士の笑みが浮かんでいた。
死闘は、終わっていない。
一撃の奇策を越えた先に待っていたのは、真に魂を削り合う、泥臭い消耗戦の幕開けだった。