第八十九話 呼吸
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
ロジカルな戦闘が魅力の群像劇。執筆済みのため、毎日午前6時に更新・11月30日完結予定 木や鉱石といった死んだ物質は魔力を拒絶し、術者の掌を骨ごと炭化させる。 息を吸い、肺を満たし、血を巡らせる――人間の肉体こそが唯一無二の触媒である世界。 極寒の寒村で家族を飢えで失った少年、テラ・ベルジェ。 彼がメルキオーレ魔術学院へ送られたのは、村の生き残りを賭けた「食料配給の手形」としてだった。 成績を落とせば即座に除籍、故郷は全員餓死。 首に麻縄を巻かれたような絶望の中、手に入れたのは、他人が床に撒き散らした魔力の燃え殻を吸い込み、硝子の檻に閉じ込めてぶつけるだけの、醜悪な「泥棒の小細工」だった。 名門エリートたちが優雅に呪文を紡ぐ学び舎で、テラと同じく世界の隅へと追いやられた者たちが出会う。 血統を呪い、折れぬ直剣を佩く異端の前衛・エヴァン。 没落の借財に抗い、完璧の型にすがる参謀令嬢・ルナ。 才能を弄ばれ、感覚の超火力を放つ傲岸な小隊長・リゼット。 衝撃を吸い取る悪知恵のトリックスター・エリクス。 そして、感情を殺し、汚れを消去し続ける謎の特例生・クロエ。 「不純物」「落伍者」と切り捨てられた六人は、生き残るため、互いの欠陥を凶器へと変える冷酷な契約を結ぶ。 だが、彼らが勝ち上がった先に待っていたのは―― この国の美しい魔術文明そのものが、地下深くで生きたまま魂をすり潰されている「一人の少女の生贄」の上に成り立っているという、おぞましい真実だった。 「誰かの地獄の上に成り立つ光なら、そんなもの全部叩き壊してやる」 理不尽な国家の欺瞞と、忍び寄る聖賢騎士団の断罪。 持たざる者たちが泥水を啜り、手を取り合い、世界の檻を打ち破る――本格ダーク・学園魔術戦記! ※カクヨムでも『AI本文利用』タグにて同時掲載中です 『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』
本文
――フッ!!
鋭く短い呼気とともに、ヴァルグの左拳が空を薙いだ。
魔術の詠唱はない。だが、その打撃の軌道に沿って、大気が目に見える歪みとなって弾け飛んだ。
指向性を持った『喝采』の衝撃波。
呼吸と完全に連動した男の肉体は、ただ拳を振るうだけで、その先端から砲弾のような衝撃波を連続で撃ち出していた。
ガンッ!!
レガートが大鉈の腹でその衝撃波を正面から受け止めた。
火花が散り、革鎧がきしむ。レガートは石畳を数メートル後退させられながらも、濁った瞳を獰猛にギラつかせ、即座に地を蹴って間合いを詰め直す。
「相変わらず、息を吐くように無茶苦茶やりやがる……!」
そこへ、ファウストが死角から滑り込んだ。
パツンッと足裏の空気を爆ぜさせ、ヴァルグの死角――左脇腹へ向けて、固有術式『海葬』の点圧力を宿した鉄拳を叩き込む。
だが。
――ハッ!
ヴァルグは振り向くことすらなく、短く息を吐き出した。
背中の筋肉の跳ね上がりと同時に、全方位へ放たれた微小な衝撃波。
ファウストの拳が直撃の直前で弾かれ、わずかに軌道を逸らされる。そこへ、ヴァルグの丸太のような右腕が、裏拳となって唸りを上げて襲いかかる。
二対一。
歴戦の猛者二人を同時に相手にしながら、ヴァルグは守勢に回るどころか、呼吸打撃の連打によって、二人を力任せに押し返していた。
圧倒的な手数の暴力。野生の王としての、凄まじい肉体の格。
「ガハハハハッ! 遅い、遅いぞ兄弟! もっと骨を鳴らせ! 血を巡らせろ!!」
祭壇の前で戦況を見据えていた小隊に、冷たい汗が流れた。
エヴァンが制式剣を構えて前衛の死角をカバーし、ルナが手帳を胸に抱きながら、青い双眸をカッと見開く。
「……あいつの術式、呼吸と完全に連動していますわ!」
ルナの切迫した声が飛ぶ。
「打撃の一つ一つに伴う、浅い呼気ですらあの威力……! もしあの男が、本格的に深く息を吸い込んでしまえば……先生たちごと、この部屋全体が消し飛びますわ!」
「呼吸と連動してるなら……」
テラが手甲を強く握りしめた。
泥臭く、けれど研ぎ澄まされた思考が、光となって脳裏を駆け抜ける。
「吸い込む空気そのものを、奪うんだ!」
「え……?」リゼットが目を見張る。
「リゼットの炎だ!」
テラが叫んだ。
「あいつの周りの空気を一気に燃やして、酸素を全部焼き尽くすんだ! 酸素のない熱風を深く吸い込ませれば、どんな怪物でも肺腑が痙攣して激しく咳き込む!」
テラは胸元のホルダーから、エリクスの『レゾルテ』信管が仕込まれた黄金カードを引き抜いた。
「大きく口を開けたその一瞬……僕のカードを口の中に投げ込んで、内側から肺を爆破する!」
「やれますわ!」ルナが確信に満ちた声を上げる。「ですが、リゼット様の炎が酸素を奪う数秒間、あいつを正面から完全に釘付けにする必要がありますわ!」
テラは前衛の二人へ向けて、喉が裂けんばかりに叫んだ。
「レガート先生! ファウストさん! 二人の一撃であいつを正面から一瞬だけ釘付けにしてください! 僕たちが……あいつの呼吸を殺します!!」
激突の最中、レガートの口端が獰猛に吊り上がった。
「……へっ! ガキどもが、生意気な口を利きやがって……! おいファウスト、合わせられるか!」
ファウストの瞳に、静かな覚悟の炎が宿る。
「……フン。誰に物を言っている」
二人の歴戦の猛者が同時に石畳を蹴った。
リゼットが両手を広げて全身の魔力を練り上げ、テラが黄金カードを指先に挟む。
全員の魂を一つに束ねた総力戦へ向けて、運命の歯車が完全に噛み合った。