第九十一話 野生の礼儀
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
ロジカルな戦闘が魅力の群像劇。執筆済みのため、毎日午前6時に更新・11月30日完結予定 木や鉱石といった死んだ物質は魔力を拒絶し、術者の掌を骨ごと炭化させる。 息を吸い、肺を満たし、血を巡らせる――人間の肉体こそが唯一無二の触媒である世界。 極寒の寒村で家族を飢えで失った少年、テラ・ベルジェ。 彼がメルキオーレ魔術学院へ送られたのは、村の生き残りを賭けた「食料配給の手形」としてだった。 成績を落とせば即座に除籍、故郷は全員餓死。 首に麻縄を巻かれたような絶望の中、手に入れたのは、他人が床に撒き散らした魔力の燃え殻を吸い込み、硝子の檻に閉じ込めてぶつけるだけの、醜悪な「泥棒の小細工」だった。 名門エリートたちが優雅に呪文を紡ぐ学び舎で、テラと同じく世界の隅へと追いやられた者たちが出会う。 血統を呪い、折れぬ直剣を佩く異端の前衛・エヴァン。 没落の借財に抗い、完璧の型にすがる参謀令嬢・ルナ。 才能を弄ばれ、感覚の超火力を放つ傲岸な小隊長・リゼット。 衝撃を吸い取る悪知恵のトリックスター・エリクス。 そして、感情を殺し、汚れを消去し続ける謎の特例生・クロエ。 「不純物」「落伍者」と切り捨てられた六人は、生き残るため、互いの欠陥を凶器へと変える冷酷な契約を結ぶ。 だが、彼らが勝ち上がった先に待っていたのは―― この国の美しい魔術文明そのものが、地下深くで生きたまま魂をすり潰されている「一人の少女の生贄」の上に成り立っているという、おぞましい真実だった。 「誰かの地獄の上に成り立つ光なら、そんなもの全部叩き壊してやる」 理不尽な国家の欺瞞と、忍び寄る聖賢騎士団の断罪。 持たざる者たちが泥水を啜り、手を取り合い、世界の檻を打ち破る――本格ダーク・学園魔術戦記! ※カクヨムでも『AI本文利用』タグにて同時掲載中です 『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』
本文
ヒュゥゥゥッ……!
大気を引き絞る鋭い吸気音が、地下空洞の静寂を切り裂いた。
片膝をついていたヴァルグが、砕かれた胸骨の激痛を野生の筋力でねじ伏せ、石畳を踏みしめて立ち上がる。
口から夥しい血の塊を吐き捨てながらも、その琥珀色の瞳には、怨嗟も、怯えの色も微塵もなかった。
男の視線は、祭壇の上――シリンダーの基部に立ちすくむテラたちを、爛々と見据えていた。
大人の背中の後ろで、戦いを中断させられているように見える子どもたち。
ヴァルグの歪んだ口元から、豪快で、狂気的な笑みが零れ落ちた。
「……ガハッ! あんな見事な牙を持っていながら、大人の陰で退屈そうに小さくなってやがるな!」
ヴァルグの巨大な胸郭が、残されたすべての空気を、肺腑を軋ませながら絞り出すように吸い込んでいく。
敵への憎悪ではない。
自分をここまで追い詰めた素晴らしい強者たちを、蚊帳の外に置いておくことなどできないという――野生の王としての、純粋極まりない【気遣いと歓喜】。
「我慢なんかするな! お前たちも、この戦いに……【巻き込んでやる】ぞッ!!」
死力を尽くした最後の吸気。
至近距離から解き放たれようとする全方位の衝撃波。
「姉様ッ、リゼットッ!!」
祭壇の上で、ラティナが即座に両手を広げた。
血統術式『無限魔術』。大気の魔力を直接変換した幾重もの青白い防御障壁が、シリンダーとリゼットたちを包み込むように展開される。
だが――至近距離で放たれる『喝采』の暴力的な質量を前にしては、その障壁すらも、薄氷のように一瞬で粉砕されることは明白だった。完全な守りなど、どこにも間に合わない。
その絶対の死の秒針を、切り裂いた影があった。
「――行かせん」
パツンッ!!
足裏の空気が爆ぜた。
ファウストの巨躯が、祭壇の石段――ラティナが展開した障壁のさらに前方へと向けて、音速で飛び込んでいく。
その時だった。
大回廊へと続く大扉の瓦礫の陰から、ふらつく足取りで現れた巨影――フェンリスの動体視力が、その光景を正確に捉えていた。
フェンリスは、テラたちとの真っ向勝負で全霊を出し尽くし、全身の疲労と打撲で重い身体を壁にもたせかけながら、息を呑んでいた。
その目に映っていたのは、二つの事実だけだった。
一つは、父ヴァルグが全霊の命を燃やし、至近距離の咆哮を放とうとしている姿。
そしてもう一つは――。
小隊の制服も着ていない見知らぬ大柄な男が、なぜか、子どもたちの真正面へと音速で飛び出した姿。
(……誰だ、あの男は?)
フェンリスの琥珀色の瞳が細められた。
なぜ、あの男は前に出た?
あの位置から、父の懐へカウンターを叩き込む気か?
弱肉強食の世界で生きてきたフェンリスの頭脳には――「他者をかばう」「自らの身体を身代わりの盾にする」という概念そのものが、最初から一片たりとも存在しなかった。
だからこそ、フェンリスには、その男がなぜ子どもたちの前に飛び込んだのか、その行動の意味がまったく理解できていなかった。
「いくぞおおおおッ!!」
ヴァルグの両手が、大気を引き裂いて打ち鳴らされた。
至近距離で解き放たれる、音速を超えた大気の津波。
その真正面、ラティナの薄い障壁の前へ、ファウストが両腕を広げて仁王立ちになった。