第九十話 爆破
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
ロジカルな戦闘が魅力の群像劇。執筆済みのため、毎日午前6時に更新・11月30日完結予定 木や鉱石といった死んだ物質は魔力を拒絶し、術者の掌を骨ごと炭化させる。 息を吸い、肺を満たし、血を巡らせる――人間の肉体こそが唯一無二の触媒である世界。 極寒の寒村で家族を飢えで失った少年、テラ・ベルジェ。 彼がメルキオーレ魔術学院へ送られたのは、村の生き残りを賭けた「食料配給の手形」としてだった。 成績を落とせば即座に除籍、故郷は全員餓死。 首に麻縄を巻かれたような絶望の中、手に入れたのは、他人が床に撒き散らした魔力の燃え殻を吸い込み、硝子の檻に閉じ込めてぶつけるだけの、醜悪な「泥棒の小細工」だった。 名門エリートたちが優雅に呪文を紡ぐ学び舎で、テラと同じく世界の隅へと追いやられた者たちが出会う。 血統を呪い、折れぬ直剣を佩く異端の前衛・エヴァン。 没落の借財に抗い、完璧の型にすがる参謀令嬢・ルナ。 才能を弄ばれ、感覚の超火力を放つ傲岸な小隊長・リゼット。 衝撃を吸い取る悪知恵のトリックスター・エリクス。 そして、感情を殺し、汚れを消去し続ける謎の特例生・クロエ。 「不純物」「落伍者」と切り捨てられた六人は、生き残るため、互いの欠陥を凶器へと変える冷酷な契約を結ぶ。 だが、彼らが勝ち上がった先に待っていたのは―― この国の美しい魔術文明そのものが、地下深くで生きたまま魂をすり潰されている「一人の少女の生贄」の上に成り立っているという、おぞましい真実だった。 「誰かの地獄の上に成り立つ光なら、そんなもの全部叩き壊してやる」 理不尽な国家の欺瞞と、忍び寄る聖賢騎士団の断罪。 持たざる者たちが泥水を啜り、手を取り合い、世界の檻を打ち破る――本格ダーク・学園魔術戦記! ※カクヨムでも『AI本文利用』タグにて同時掲載中です 『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』
本文
レガートとファウストが、一言の言葉も交わさずに同時に地を蹴った。
石畳を砕く重低音。
「――足元を空けな、ファウスト!」
レガートが低く身を沈め、渾身の力で大鉈を横薙ぎに振り抜いた。
石畳を火花とともに削り飛ばし、ヴァルグの分厚い両足首へ向けて叩き込まれる無骨な鉄の刃。
ヴァルグが下段の打撃を踏み潰そうと、わずかに重心を落とした――その一瞬の隙。
パツンッ!!
ファウストの足裏で、圧縮された空気が爆ぜた。
残像すら置き去りにする超高速の踏み込み。ファウストの巨躯が、ヴァルグの大きく吸気のために張り詰めていた胸元のど真ん中へと滑り込み、右の人差し指を突き立てた。
固有術式『海葬』――深海一万メートルの超高密度圧力。
――ボグォッッッ!!!!
大気を震わせたのは、鈍く、生々しい肉骨の圧砕音だった。
ファウストの指先が触れた瞬間、ヴァルグの鋼のような胸筋が、そして頑丈な胸骨と肋骨が、目に見えて内側へと陥没し、粉々に砕け散った。
常人なら心臓ごと圧殺されて即死している一撃。
外側から肺腑の一角を物理的に圧殺されたヴァルグの喉から、ゴボッ、と大量の鮮血が噴き上がり、空気を吸い込むための胸郭の拡張が、一瞬にして致命的に破綻した。
「今よッ!!」
祭壇の上から、リゼットの鋭い号令が下された。
リゼットが両手を振り下ろした瞬間、大空洞の天井から床石に至るまで、巨大な紅蓮の業火の幕が一斉に燃え広がった。
圧縮された火球ではない。
周囲の大気を丸ごと貪り尽くすための、猛烈な広域燃焼。
ヴァルグを取り囲んでいた大気中の酸素が一瞬にして炎へと変換され、不完全燃焼による濃密な一酸化炭素と、酸素を完全に失った超高熱の熱風が立ち込めた。
外側から骨と肺を圧殺されたヴァルグの傷口と喉奥へ、その酸素なき熱風が容赦なく流れ込む。
いかに死線をくぐり抜け、痛みをねじ伏せてきた野獣であろうと、肉体そのものが持つ「生物の自律神経」の拒絶までは抑え込めない。
――ヒュッ、ゴホッ!!
気管が反射的に激しく痙攣した。
溜め込まれかけていた空気が強制的に逆流し、吐き出された血飛沫とともに、ヴァルグの口が、カッと大きく開け放たれた。
「テラ、いけええええッ!!」
テラは、すでに走り込んでいた。
手甲を軋ませ、右腕を泥臭く振り抜く。
指先から放たれたのは、エリクスの『レゾルテ』信管が仕込まれた、一枚の黄金カード。
風を切り、カードは大きく開かれたヴァルグの口腔の奥深く――無防備な喉元へと、吸い込まれるように飛び込んだ。
後方のエリクスが、獰猛に口角を吊り上げる。
「――お腹の中で、暴れなッ!!」
パチンッ!!
乾いた指の音が響いた。
内側の信管が自壊する。
――ドォォォォォォンッ!!
外側からファウストに圧殺された胸の、その真裏――喉の奥底で、雷と炎がゼロ距離で炸裂した。
口内から放たれた雷炎の閃光が、男の頬の肉を内側から激しく波打たせ、鼻孔と口から、焼けた血煙とともに大量の鮮血が噴き出す。
レガートの大鉈による足止め。
ファウストによる外側からの骨と肺の圧砕。
リゼットによる酸素の燃焼と生体拒絶。
そしてテラとエリクスによる内側からの直接爆破。
全員の命を懸けた四重の破壊の連鎖により、大聖堂の地下を更地にするはずだった『喝采』は、完全に不発へと叩き落とされた。
口と鼻から大量の血煙を噴き出し、ついにあの怪物ヴァルグが、ドサリと、片膝を石畳についた。
だが。
血煙が晴れたその向こう側。
胸骨を陥没させ、口から大量の血を滴らせながらも、ヴァルグの巨躯から、戦意の光は一滴たりとも消え去っていなかった。
その顔に、怒り狂う野蛮人の影はない。
内と外から肺をズタズタに引き裂かれ、膝をつかされながらも――その琥珀色の瞳は、野生の頂点に君臨する王の明晰さを湛えて爛々と輝いていた。
「……ガハッ」
血の塊を石畳へと吐き捨て、ヴァルグの唇が、ゆっくりと耳まで裂かんばかりに吊り上がった。
「ガハハハハハッ!! 素晴らしい! 実に見事だ、人間どもよ!」
地鳴りのような笑い声が、大空洞を震わせる。
痛みをねじ伏せ、自分をここまで破壊し尽くした者たちに対し――男の瞳には、紛れもない、純粋な敬意が宿っていた。
「外から足を止め、骨を砕き、息を殺し、喉奥を爆ぜさせるとはな……! この俺をここまで追い詰めたその牙に……最大の敬意を込めて、応えてやるのが野生の礼儀というものよ!!」
ヴァルグの巨大な胸郭が、激痛をねじ伏せて軋み始めた。
破裂しかけた肺に残った最後の空気をすべて絞り出し、小隊全員を薙ぎ払うための――死力を尽くした最後の一撃が、放たれようとしていた。