第九十三話 遺言
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
ロジカルな戦闘が魅力の群像劇。執筆済みのため、毎日午前6時に更新・11月30日完結予定 木や鉱石といった死んだ物質は魔力を拒絶し、術者の掌を骨ごと炭化させる。 息を吸い、肺を満たし、血を巡らせる――人間の肉体こそが唯一無二の触媒である世界。 極寒の寒村で家族を飢えで失った少年、テラ・ベルジェ。 彼がメルキオーレ魔術学院へ送られたのは、村の生き残りを賭けた「食料配給の手形」としてだった。 成績を落とせば即座に除籍、故郷は全員餓死。 首に麻縄を巻かれたような絶望の中、手に入れたのは、他人が床に撒き散らした魔力の燃え殻を吸い込み、硝子の檻に閉じ込めてぶつけるだけの、醜悪な「泥棒の小細工」だった。 名門エリートたちが優雅に呪文を紡ぐ学び舎で、テラと同じく世界の隅へと追いやられた者たちが出会う。 血統を呪い、折れぬ直剣を佩く異端の前衛・エヴァン。 没落の借財に抗い、完璧の型にすがる参謀令嬢・ルナ。 才能を弄ばれ、感覚の超火力を放つ傲岸な小隊長・リゼット。 衝撃を吸い取る悪知恵のトリックスター・エリクス。 そして、感情を殺し、汚れを消去し続ける謎の特例生・クロエ。 「不純物」「落伍者」と切り捨てられた六人は、生き残るため、互いの欠陥を凶器へと変える冷酷な契約を結ぶ。 だが、彼らが勝ち上がった先に待っていたのは―― この国の美しい魔術文明そのものが、地下深くで生きたまま魂をすり潰されている「一人の少女の生贄」の上に成り立っているという、おぞましい真実だった。 「誰かの地獄の上に成り立つ光なら、そんなもの全部叩き壊してやる」 理不尽な国家の欺瞞と、忍び寄る聖賢騎士団の断罪。 持たざる者たちが泥水を啜り、手を取り合い、世界の檻を打ち破る――本格ダーク・学園魔術戦記! ※カクヨムでも『AI本文利用』タグにて同時掲載中です 『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』
本文
「ファウストさんッ!!」
テラが叫び、祭壇の石段へと滑り込むように駆け寄った。
クロエが、リゼットが、エヴァンが、ルナが、エリクスが、血の海の中に次々と膝をつく。
石段の上に横たわるファウストの巨躯。
右腕は骨が砕けて不自然な方向へ折れ曲がり、胸骨は深く陥没し、息を吸うたびに唇の端から赤い泡が弾けていた。
全身の脈動が、今まさに消え去ろうとしている。
治癒の魔力を持たないテラたちには、その零れ落ちていく命の火を繋ぎ止める術は、どこにも残されていなかった。
「ファウスト、さん……」
クロエが、両膝を血溜まりに沈め、震える指先を男の胸元へ伸ばした。
汚れを消すための『清掃』。
だが、いくら血を消そうと、胸の傷口から新たな血が溢れ出し、命の輪郭そのものを洗い流すことはできなかった。
ファウストの濁りかけた瞳が、微かに動き、目の前にいる黒髪の少女を捉えた。
ピクリ、と動いた血塗れの左手。
震えながら持ち上げられたその大きな手のひらが、クロエの小さな頭の上へと、そっと、優しく触れた。
温かかった。
死体袋から這い出たあの日から、復讐の道具としてではなく、一人の娘として自分を庇い、不器用に育ててくれた男の、確かな体温。
「……クロエ」
低く、掠れた、けれど耳の奥に染み渡る柔らかな声。
荒くれの切り込み隊長の声ではなかった。
ただ一人の、愛する子を持つ父親としての響き。
「復讐など……もう、いい。……お前は、生きろ。……仲間たちと、前を向いて……生きるんだ」
男の胸の奥で、かつて光を恐れて震えていた息子――リーフの面影が、安らかに微笑んでいた。
ファウストの口元が、わずかに緩んだ。
頭に置かれていた左手から、ふっと、すべての力が抜けた。
ドサリ。
石段の上へ滑り落ちた腕。
ファウストの胸の上下が、完全に止まった。
絶命。
「あ……」
クロエの喉から、空気の抜けるような細い音が漏れた。
頭に残る、血の生温かい感触。
クロエは両手で自らの胸元――制服の布地を、指が白くなるほど強く握りしめた。
三年前、デスカターベルの炎の中で凍りついた心の呪縛。
まだ、大粒の涙を流すことはできなかった。
けれど――その黒い瞳が激しく潤み、淡い唇が小刻みに痙攣し、喉の奥から、絞り出すような痛烈な呼気が零れ落ちた。
(……痛い)
胸の奥が、張り裂けそうに痛い。
頭脳の中の計算機が、完全に悲鳴を上げてショートしていた。
失ったはずの感情が、痛みが、少女の胸の奥を激しく焼き尽くしていた。
祭壇の下。
首を断たれ、静かに横たわるヴァルグの遺体の前で、レガートが大鉈を振るい、刃の血を石畳へと振り落とした。
パチン、と金具を鳴らし、無骨な鉈を背中の革帯へと収める。
「……終わったぞ、野郎ども」
レガートの低くしゃがれた呟き。
十数年追い続けた復讐を果たしたはずの男の背中には、晴れやかさなど微塵もなかった。ただ、深い虚無と、冷たい哀愁だけが漂っていた。
大扉の瓦礫の陰で。
フェンリスは、倒れた父ヴァルグと、子どもたちを守り抜いて散ったファウストの姿を見つめ、静かに目を閉じた。
己の拳を、強く、強く握りしめる。
奪い合う暴力の果てにある虚しさと、命を繋ぐために踏ん張った男の真の強さ。そのすべてが、次世代の長の魂に、重く刻み込まれていた。
だが――哀しみに浸る時間すら、この残酷な世界は許さなかった。
ガシャン、ガシャン、ガシャン。
頭上にぶら下がる大聖堂の直通昇降機から、冷徹な軍靴の音が、静かに響いてきた。
降り立ったのは、軍隊ではない。
国家最高機密である「賢者の揺り籠」の真実を一般兵に漏らさぬよう、この国の生贄の暗部を知る者――わずか三人。
磨き抜かれた白銀の甲冑に純白のマントを羽織った男、聖賢騎士団長ギデオン・フォン・ラドクリフ。
その傍らに、冷酷な笑みを貼り付けた審問官カイ。
そして、重装甲の処刑騎士、バルトロ。
ギデオンの氷のような双眸が、シリンダーのセレナ、横たわるファウスト、そして小隊の面々を、冷ややかに見下ろした。
「……なるほど。揺り籠の深層にまで踏み込み、生贄の真実を目撃したか、不純物ども」
ギデオンが腰の聖剣を、音もなく抜き放った。
「国家の秩序と、古の賢者の教えを守るため……真実を知った者は、一人残らずここで処分する」
国家中枢の真の執行者たる三人の幹部が、傷だらけの六人と、レガート、ラティナの前に、冷酷に立ち塞がった。