第九十二話 激突
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
ロジカルな戦闘が魅力の群像劇。執筆済みのため、毎日午前6時に更新・11月30日完結予定 木や鉱石といった死んだ物質は魔力を拒絶し、術者の掌を骨ごと炭化させる。 息を吸い、肺を満たし、血を巡らせる――人間の肉体こそが唯一無二の触媒である世界。 極寒の寒村で家族を飢えで失った少年、テラ・ベルジェ。 彼がメルキオーレ魔術学院へ送られたのは、村の生き残りを賭けた「食料配給の手形」としてだった。 成績を落とせば即座に除籍、故郷は全員餓死。 首に麻縄を巻かれたような絶望の中、手に入れたのは、他人が床に撒き散らした魔力の燃え殻を吸い込み、硝子の檻に閉じ込めてぶつけるだけの、醜悪な「泥棒の小細工」だった。 名門エリートたちが優雅に呪文を紡ぐ学び舎で、テラと同じく世界の隅へと追いやられた者たちが出会う。 血統を呪い、折れぬ直剣を佩く異端の前衛・エヴァン。 没落の借財に抗い、完璧の型にすがる参謀令嬢・ルナ。 才能を弄ばれ、感覚の超火力を放つ傲岸な小隊長・リゼット。 衝撃を吸い取る悪知恵のトリックスター・エリクス。 そして、感情を殺し、汚れを消去し続ける謎の特例生・クロエ。 「不純物」「落伍者」と切り捨てられた六人は、生き残るため、互いの欠陥を凶器へと変える冷酷な契約を結ぶ。 だが、彼らが勝ち上がった先に待っていたのは―― この国の美しい魔術文明そのものが、地下深くで生きたまま魂をすり潰されている「一人の少女の生贄」の上に成り立っているという、おぞましい真実だった。 「誰かの地獄の上に成り立つ光なら、そんなもの全部叩き壊してやる」 理不尽な国家の欺瞞と、忍び寄る聖賢騎士団の断罪。 持たざる者たちが泥水を啜り、手を取り合い、世界の檻を打ち破る――本格ダーク・学園魔術戦記! ※カクヨムでも『AI本文利用』タグにて同時掲載中です 『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』
本文
ファウストの胸の奥で、かつて光に怯えていた愛する息子の面影が、静かに微笑んでいた。
――リーフ。
他者を憎み、世界を呪うことで発現した、人を圧殺するためだけの力。一点にしか作用しなかった、復讐の凶器。
だが――いま、この男の魂を満たしていたのは、憎悪などではなかった。
目の前の理不尽に抗い、泥を這って生きようとする子どもたちを、絶対に死なせないという――取り戻した父親としての、無償の誇り。
精神の変容。魂の進化。
ズズズズズズッ……!!
一点にしか宿らなかった固有術式『海葬』の深海圧力が、ファウストの全身の毛穴から溢れ出し、皮膚の表面全体を包み込む「完全なる深海の鎧」となって、不可視の膜を形成した。
通常ならば、衝撃を斜めに受け流すか、左右へ拡散させて威力を逃がすのが武術の道理。
だが――ファウストの背後には、ラティナの薄い障壁と、傷だらけの子どもたち、そして、わずかな余波でも粉々に砕け散るセレナのガラスシリンダーがある。
受け流せば、逸らされた衝撃波の刃がシリンダーを直撃してセレナが即死する。
だからこそ。
ファウストは、受け流すことも、拡散させることも一切拒絶した。
大聖堂の地下を更地にするほどの全エネルギーを、正面から、一滴たりとも後ろへ漏らさずに相殺するという――最も過酷な選択を引き受けた。
――ドガァァァァァァァァンッッ!!!!
至近距離で解き放たれた『喝采』の津波が、ファウストの身体を真正面から呑み込む。
テラが、リゼットが、ルナが、クロエが、息を呑んだ。
一筋の風すら、届かない。
祭壇の上は、まるで時間の止まった祈りの部屋のように、一片の石屑すら落ちてこなかった。進化した深海の鎧が、ヴァルグの放った衝撃波の全てを、正面から完全に押し潰し、中和していた。術式としては、完全なる勝利。
だが――。
逃げ場を完全に失った全運動エネルギーと、深海圧力が正面衝突する「激突の支点(アンカー)」となったのは、ファウスト自身の肉体だった。
さらに、直前の戦いで胸板に浴びていた、テラたちの雷炎による重度の火傷と損傷。
満身創痍の生体が、世界の全衝撃を受け止め続ける負荷に、耐えきれるはずがなかった。
バキバキバキメキィッ!!
生体限界の破砕音。
ファウストの右腕の骨が過負荷で粉々に砕け、胸骨が軋み、内臓が激しく破裂する。
ファウストの口から、大量の鮮血が石段へと噴き上がった。
それでも。
男は、両足の靴底を石段の角に力任せに食い込ませ、吹き荒れる暴風のすべてが過ぎ去るまで――歯を食いしばり、一歩も退かず、子どもたちを守る【純粋な盾】として仁王立ちで耐え抜いた。
大扉の瓦礫の陰で。
その光景を、全身の筋肉を震わせて見つめていたフェンリスの瞳から、言葉が失われていた。
フェンリスの動体視力は、あの大柄な男が、なぜ子どもたちの前に飛び出したのか、その答えを目の当たりにしていた。
カウンターを叩き込むためではなかった。
父の懐へ飛び込んで隙を突くためでもなかった。
あの男は――後ろの子どもたちへ一滴の衝撃も通さないよう、自らの身体一つで全てを受け止め、押し潰したのだ。
殴り返さない。
相手を殺そうとしない。
ただ他者を生かすためだけに、己の肉体を砕かれながら、一歩も退かずに立ち続けた男の背中。
(……他人のために……自分の命を、盾にする……だと……?)
フェンリスの全身を、激しい雷撃のような戦慄が貫いていた。
弱肉強食。自然の掟。強者が弱者を喰らい、身内の命だけを守り、他人は殺すか喰うかしかない――そう信じて疑わなかった自らの世界の天井が、粉々に叩き割られていた。
――本当に強いのは、誰かを殺す拳じゃない。誰かの命を繋ぐために踏ん張れる手だ。
大回廊でテラが投げかけてきた言葉が、雷鳴のようにフェンリスの頭蓋を貫く。
目の前で砕かれながら仁王立ちする男の背中は、まさにその言葉の通り、誰かを殺すためではなく、命を繋ぐために踏ん張っていた。
「……あいつ、殺すためじゃねえ……」
フェンリスの拳が、爪が掌に食い込むほど強く震えた。
「あの子どもたちを、生かすために……自分の命を、盾にしたのかよ……ッ!」
暴力の掟の崩壊。奪う強さから、命を繋ぐ真の強さへ。
フェンリスの魂に、次世代の長としての確固たる光が、深く、深く刻み込まれた。
衝撃波が、完全に止んだ。
祭壇の下で、ヴァルグは最後の空気を吐ききり、肩を激しく上下させながら、無防備な空白を晒していた。
そのコンマ一秒の隙を、逃す男はいなかった。
――ヒュンッ!!
風を切り裂く鋭い銀光。
ヴァルグの背後から、間髪入れずに踏み込んだレガートが、十数年研ぎ澄まし続けてきた大鉈を、全身の筋力を乗せて一閃させていた。
「……あばよ、ヴァルグ」
レガートの低く、押し殺したようなしゃがれた声。
「俺たちの過去に、これでケリをつける」
ズバァァァッッ!!
生々しい肉骨の断裂音とともに、無防備だったヴァルグの首元を、大鉈の刃が深々と薙ぎ払った。
鮮血が、冬の冷たい大気の中へ噴水のように噴き上がる。
ヴァルグの琥珀色の瞳が、ゆっくりと宙を見上げた。
悔しさはなかった。
己の全てを出し尽くし、強者たちに叩き伏せられ、宿命の刃に首を断たれた――野生の王としての、満足げな笑みを唇に浮かべたまま。
ドサァァァンッ!!
巨躯が、石畳の上へと轟音を立てて崩れ落ちた。
そして――。
宿敵が倒れるのと、時を同じくして。
子どもたちを最後の一滴まで守り抜いたファウストの身体が。
グラリと、糸が切れたように傾き、石段の上へと、ドサッと崩れ落ちていった。