フリーマーケット(二)
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
長編&連作 作品集
本文
フリーマーケット(二)
【十秒の商売】
純は、二つの世界を行き来する二重生活に、少しずつ慣れていった。
向こうの世界へ行けば、そのまま数日過ごすこともある。向こうの市で稼いだ現地通貨があるおかげで、生活費には困らない。
けれどこちらへ戻ってくれば、経過時間はいつも十秒前後。
戻ってきてからは、こちらの世界で普通に何日か過ごす。
一人暮らしの部屋で、家事をしたり、のんびり過ごしたり。特に予定に縛られない日々。
そうしてまた「そろそろ向こうへ行きたいな」と思ったら、手を上げる。
一瞬で向こうの世界へ移動。
再びあちらで数日過ごして、またこちらへ帰還。
このリズムを繰り返すうち、純は自然と、二つの生活を両立させるコツをつかんでいった。
むしろ、決まった仕事もない身としては、これほど都合のいい生活もない。
こちらで過ごす数日の間に、純は向こうで仕入れてきた品物の選別と整理を行う。
「この綺麗なガラス風の器は、どの市に持っていけば一番価値が伝わるかな」
そんな算段を立てる時間すら、純にとっては密かな楽しみに変わっていた。
向こうの世界へ渡るたびに、今日はどの地域の市に出そうかと行き先を決める。
ある日は賑やかなA地区の市。
別の日は少し落ち着いた街並みのB地区の市。
行くたびに違う会場を選び分けているうち、自然といくつかの市の店主たちと顔なじみになっていった。
「よう、また来たな」
「今日はこれ、端っこに置かせてもらえますか」
「ああ、いいぞ。置いてみな」
そんな軽い掛け合いも、純にとっては商人としての第一歩だった。
こちらでは当たり前でも、向こうでは希少。
向こうでは日常品でも、こちらでは物珍しい一品。
同じ物を大量に売りさばくのではなく、「これは向こうなら喜ばれるな」という目利きが肝心だった
目当ての品を探す。
仕入れる。
その日選んだ市の露店に預ける。
売れる。
このシンプルなサイクルを回すことが、純にとっては仕事というより、上質なゲームのようで楽しかった。
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ミナもまた、同じような生活リズムで商いを続けていた。
一人暮らしの気ままさもあって、向こうで数日過ごし、こちらに戻れば十秒。
戻ってきてからは、こちらでも自分のペースで日々を送る。
そんな合間を縫って、ミナは出品作業を進めていった。
舞台はネットの中。
そしてミナが目をつけたのは、大物ではなく、細工の細かい小物。
向こうの世界にしかない、精巧な作りの装飾品やアクセサリー。
こちらでは見たこともない意匠。
一目見ただけで、価値が分かる人には分かる。
ミナは思い切って、強気の値段をつけてみた。
それでも、次々に「購入しました」の通知が届く。
「え、これもう売れたの?」
思わず声が漏れるミナ。
良い物であれば安売りする必要はない。
珍しさと質の良さが写真と説明文で伝われば、値段は後からついてくる。
いくつか売れれば、また次の逸品を探しに向こうへ行く。見つけては、綺麗に写真を撮り出品して、丁寧に梱包して発送する。
そんな調子で、少しずつ、けれど確実に利益は積み上がっていった。
作業の合間、洗面所で鏡に映る自分をちらっと見ることもあったが、特に気にも留めない。
自分の意識は完全に「私」のままで生活をしているという思い込みがあるため、いちいち自分の顔を凝視することなどなかった。
「よし、今日も順調」
そのくらいの軽い感覚で、素通りしてしまうミナ。
二人とも商売屋育ちだけあって、品物を見る目に自然と磨きがかかる。
そして、二人ともじわじわと、着実に稼ぎを増やしていった。
もっとも、この段階でも二人は、お互いの存在すら知らない。
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そんなある日、純はさらに一歩踏み込んだルールの検証を始める。
これまでは「持っている物だけが一緒に移動する」と思い込んでいた。
しかし試しに、持たずに触れてみた。
手で触れたまま、世界を越えてみる。
すると、物もちゃんとついてくる。
さらに範囲を広げて試す純。
小物に限らず、触れてさえいれば、大きな物も移動する。
つまり「持つ」ではなく「触れる」がルールの本質らしい。
これが分かった瞬間、少しだけ扱える品の幅が広がった。
とはいえ、頻繁に出す物ではない。
大物は、さすがに毎回は持ち歩けない。
「まあ、いざという時の手段だな」
純はそのくらいの温度感で、この発見を頭の隅にしまっておいた。
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ミナもまた、独自に同じ現象に気づいて検証してみたものの、結局は自分の得意な小物路線を貫くことにした。大きな箱を運ぶよりも、手のひらに乗るような美しい逸品の方が写真映えするし、梱包も楽で送料もかからない。
「私はこっちの方が性に合ってる」
ミナはそう独りごちて、また次の掘り出し物出品のために、画面に向かう。
こうして二人は、それぞれの世界とやり方に深くのめり込みながら、まだ見ぬお互いの存在に、少しずつ、けれど確実に近づいていた。
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