第九十五話 制空権
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
ロジカルな戦闘が魅力の群像劇。執筆済みのため、毎日午前7時に更新・11月中に完結予定 木や鉱石といった死んだ物質は魔力を拒絶し、術者の掌を骨ごと炭化させる。 息を吸い、肺を満たし、血を巡らせる――人間の肉体こそが唯一無二の触媒である世界。 極寒の寒村で家族を飢えで失った少年、テラ・ベルジェ。 彼がメルキオーレ魔術学院へ送られたのは、村の生き残りを賭けた「食料配給の手形」としてだった。 成績を落とせば即座に除籍、故郷は全員餓死。 首に麻縄を巻かれたような絶望の中、手に入れたのは、他人が床に撒き散らした魔力の燃え殻を吸い込み、硝子の檻に閉じ込めてぶつけるだけの、醜悪な「泥棒の小細工」だった。 名門エリートたちが優雅に呪文を紡ぐ学び舎で、テラと同じく世界の隅へと追いやられた者たちが出会う。 血統を呪い、折れぬ直剣を佩く異端の前衛・エヴァン。 没落の借財に抗い、完璧の型にすがる参謀令嬢・ルナ。 才能を弄ばれ、感覚の超火力を放つ傲岸な小隊長・リゼット。 衝撃を吸い取る悪知恵のトリックスター・エリクス。 そして、感情を殺し、汚れを消去し続ける謎の特例生・クロエ。 「不純物」「落伍者」と切り捨てられた六人は、生き残るため、互いの欠陥を凶器へと変える冷酷な契約を結ぶ。 だが、彼らが勝ち上がった先に待っていたのは―― この国の美しい魔術文明そのものが、地下深くで生きたまま魂をすり潰されている「一人の少女の生贄」の上に成り立っているという、おぞましい真実だった。 「誰かの地獄の上に成り立つ光なら、そんなもの全部叩き壊してやる」 理不尽な国家の欺瞞と、忍び寄る聖賢騎士団の断罪。 持たざる者たちが泥水を啜り、手を取り合い、世界の檻を打ち破る――本格ダーク・学園魔術戦記! ※カクヨムでも『AI本文利用』タグにて同時掲載中です 『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』
本文
ヒュン、ヒュン、ヒュンッ!!
ギデオンの思考の速度と完全に同期し、滞留していた魔導光球から、五連の光弾が一斉に解き放たれた。
直角に軌道を曲げ、死角を突く完璧な時間差十字砲火。
だが――ラティナは、身じろぎ一つしなかった。
黄金の瞳が、虚空を走る。
光弾が迫る五箇所の「大気そのもの」が、青白く発光した。通過する空間の空気が、その場で直接、強固な幾何学の障壁へと変換・固定される。
ドォン! ドォン! ドォン!
大気から生まれた青白い壁が、すべての光弾を正面から完璧に相殺した。
さらにラティナは、ギデオンの頭上十メートルの空気を直接「無数の氷の槍」へと変換して降り注がせ、足元の空気を真空刃へと変えて牽制する。
体内魔力の消費はゼロ。
大気中に存在する魔力を無尽蔵に変換し続ける、絶対の領域支配。
「これが……本家の血統術式……!」
祭壇の上で、リゼットが息を呑んだ。
だが――祭壇の上でその攻防を凝視していたルナの青い双眸が、激しく見開かれた。
手帳を胸元に強く抱きしめ、ギデオンの放った光弾の軌跡を、網膜に焼き付けるように追う。
(……大味な乱射ではありませんわ)
ルナの背筋に、冷たい汗が流れた。
(光弾のすべての射線が……ラティナ様の急所だけに、寸分の狂いもなく完全に集中しています。……無駄な手数が、一筋たりとも存在しない!)
エヴァンもまた、血塗れの制式剣を構えながら、低く息を呑んでいた。
「……恐ろしい合理性だ」
刃の間合いを知る剣士としての直感。
「威嚇も、牽制もない。最短の距離、最小の魔力で、確実に息の根を止めるためだけに研ぎ澄まされている。……二手、三手先を読んで、盤面を詰めるための布石を打っているぞ」
「一手ごとに、ラティナ様の障壁の硬さと反応速度をテストしているんだ……」
テラが手甲を軋ませ、ギデオンの冷徹な眼光を見つめた。
世界で最も洗練された魔術師。その男の頭脳には、感情など一片も存在しない。ただ、最も効率的に相手を殺害するための「冷酷な計算」だけが脈動していた。
そして――ギデオンは、即座にその計算の答えを出した。
「なるほど……。大気中に漂う生の魔力しか変換できんか」
聖剣で頭上の氷槍を切り払いながら、ギデオンが氷の双眸を細めた。
「すでに現象として固定された他人の術式には、干渉できんな」
ギデオンの周囲で滞留していた残りの魔導光球の表面へ、青白い光とともに、キリキリキリッ……と空間を削る凄まじい風鳴りが巻き起こった。
超高速で回転する真空の刃――風の魔術による多重コーティング。
「行け」
思考一つで、風の膜を纏った光弾が、音速を超えて一斉に放たれた。
暴風が大気を切り裂き、空間そのものを激しい乱気流で歪めながら迫る。
ラティナが光弾の直前へ向けて、大気を障壁へ変換しようとする。
だが――変換できない。
光弾の周囲を覆う高密度の風魔術が自然の大気を遮断し、さらに吹き荒れる乱気流が、術式を固定するための「幾何学の足場」そのものを崩してしまうのだ。
「く……っ!」
直前相殺を封じられたラティナは、自陣――祭壇の周囲の大気そのものを幾重もの分厚い天蓋へと固定し、力任せに受け止めるしかなかった。
ドガガガガガアンッ!!
激しい暴風と光の奔流が天蓋を打ち据え、ラティナは防戦一方へと押し込められていく。
そして――。
ラティナがギデオンの計算された砲火に完全に釘付けにされた、その瞬間。
祭壇の右脇、瓦礫の影から、音もなく滑り出してくる二つの影があった。
「……チェスの駒は、団長だけじゃないですよ」
穏やかな笑みを貼り付けた青年――審問官カイ。
そして、その背後にそびえ立つ、一切の攻撃を通さない重装甲の処刑騎士、バルトロ。
カイの白い指先が、傷だらけのエヴァンとテラを射抜いた。
「満身創痍のヒヨコたち。……触れた場所から感覚を奪い、静かに眠っていただきましょう」
カイが踏み込もうとした――その刹那。
――ドォォォォォンッ!!
大理石の床石を粉々に割り、カイと小隊の間に、巨大な鉄の塊が深々と突き刺さった。
分厚く無骨な、一本の大鉈。
その柄に太い手をかけ、無精髭の顎を歪めて獰猛に笑っていたのは――レガート・ウィンターフェルだった。
「おいおい、審問官の坊ちゃん」
レガートのしゃがれた声が、火花とともに落ちた。
「俺の可愛い教え子たちに……近づくんじゃねえよ」