第九十六話 喧嘩殺法
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
ロジカルな戦闘が魅力の群像劇。執筆済みのため、毎日午前7時に更新・11月中に完結予定 木や鉱石といった死んだ物質は魔力を拒絶し、術者の掌を骨ごと炭化させる。 息を吸い、肺を満たし、血を巡らせる――人間の肉体こそが唯一無二の触媒である世界。 極寒の寒村で家族を飢えで失った少年、テラ・ベルジェ。 彼がメルキオーレ魔術学院へ送られたのは、村の生き残りを賭けた「食料配給の手形」としてだった。 成績を落とせば即座に除籍、故郷は全員餓死。 首に麻縄を巻かれたような絶望の中、手に入れたのは、他人が床に撒き散らした魔力の燃え殻を吸い込み、硝子の檻に閉じ込めてぶつけるだけの、醜悪な「泥棒の小細工」だった。 名門エリートたちが優雅に呪文を紡ぐ学び舎で、テラと同じく世界の隅へと追いやられた者たちが出会う。 血統を呪い、折れぬ直剣を佩く異端の前衛・エヴァン。 没落の借財に抗い、完璧の型にすがる参謀令嬢・ルナ。 才能を弄ばれ、感覚の超火力を放つ傲岸な小隊長・リゼット。 衝撃を吸い取る悪知恵のトリックスター・エリクス。 そして、感情を殺し、汚れを消去し続ける謎の特例生・クロエ。 「不純物」「落伍者」と切り捨てられた六人は、生き残るため、互いの欠陥を凶器へと変える冷酷な契約を結ぶ。 だが、彼らが勝ち上がった先に待っていたのは―― この国の美しい魔術文明そのものが、地下深くで生きたまま魂をすり潰されている「一人の少女の生贄」の上に成り立っているという、おぞましい真実だった。 「誰かの地獄の上に成り立つ光なら、そんなもの全部叩き壊してやる」 理不尽な国家の欺瞞と、忍び寄る聖賢騎士団の断罪。 持たざる者たちが泥水を啜り、手を取り合い、世界の檻を打ち破る――本格ダーク・学園魔術戦記! ※カクヨムでも『AI本文利用』タグにて同時掲載中です 『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』
本文
ヒュンッ!!
大気を引き裂く重い風鳴りとともに、レガートの大鉈が横薙ぎに閃いた。
瓦礫を両断する必殺の軌道。
だが――カイは、武器を抜かなかった。
柳のように上半身をしならせ、大鉈の刃先をわずか数ミリの差で紙一重にかわすと、音もなく、無駄のない足運びでレガートの懐深くへと滑り込んだ。
スッと伸びた、カイの素手。
白手袋の指先が、大鉈を握るレガートの右前腕を、下から巻き込むように掴み取った。
関節をテコにして締め上げる、流れるようなグラップリング。
その瞬間――。
レガートの右腕から、一切の「重み」が消え失せた。
「……あ?」
痛覚も、骨の軋みも、触れているはずの皮膚の感触すらも、プツリと糸が切れたように消滅していた。
触れた部位の感覚を遮断する、審問官の術式。
神経の伝達を失ったレガートの右手の指先から力が抜け、重い大鉈が、石畳へと滑り落ちかける。
カイは間髪入れず、自らの右足をレガートの軸足の裏へ引っかけ、梃子の原理で巨躯の重心を崩した。
ドサリ、とレガートが石畳へ背中から倒れ込む。
その体の上へ膝を乗せ、カイのもう片方の手が、レガートの側頭部――耳の付け根の皮膚へと、そっと触れた。
フッ。
レガートの両目の視界から、すべての光が掻き消えた。
白大理石の天井も、敵の姿も、火花すらもない。
網膜の受容そのものを強引に遮断された、完全な、絶対の漆黒。
「見えない、感じない。……無駄な抵抗はおやめなさい、野蛮な傭兵」
耳元で、カイの穏やかな囁きが響く。
「傷をつけずに、そのまま意識を落としてあげますよ」
右腕は動かず、視界は完全な闇。
常人であれば、何が起きたかも理解できずにパニックを起こし、成す術なく意識を刈り取られる暗黒の檻。
だが。
漆黒の闇の中で――レガートの口端が、血塗れの牙を剥いて獰猛に吊り上がった。
「……見えなきゃ戦えねえなんてよォ」
レガートの喉奥から、地鳴りのような笑いが漏れた。
「温室育ちの坊ちゃんが、思い上がりも甚だしいぜッ!!」
視覚が消え、右腕の触覚が死んでいようと、関係ない。
首筋に押し当てられているカイの冷たい掌。
それはすなわち――【相手の身体が、自らの顔面のわずか数十センチ真上にある】という、揺るぎようのない物理的な位置の確定だった。
耳朶を打つ、カイの上等な式典服の擦れ合う衣擦れの音。
鼻腔を突く、貴族特有の上等な香油の甘い匂いと、荒い呼気の生温かい風。
レガートの生きていた左手が、電光石火の勢いで真上へと跳ね上がった。
自らの首元にあるカイの腕を伝い、その襟首を、太い指先で力任せに鷲掴みにする。
「なっ――!?」
カイの息が詰まる。
レガートは掴んだ襟首を引き絞り、腹筋のバネの全てを使い、全体重を乗せて――自らの硬い額を、音の発生源である真上へ向けて力任せに叩きつけた。
泥臭い、骨と骨の頭突き。
――ドガァッッッ!!!!
生々しい鈍い破砕音が、大空洞に響き渡った。
カイの鼻骨が粉々にへし折れ、鮮血が噴水のように噴き上がる。
「ぐ、があああああああっ……!?」
激痛と脳震盪に、カイの洗練された制圧姿勢が一瞬で崩壊した。
レガートは盲目のまま、床石に落ちかけていた大鉈の「鉄の柄頭」を左手で手探りで掴み取ると、勘だけでカイの鳩尾へ力任せに打ち込んだ。
ボグォッ!
二人の身体が石畳を激しく転がり、もつれ合いながら、泥まみれの肉弾戦へと縺れ込んでいく。
「離せ……離しなさい、この野蛮人がッ!」
「へっ……誰が離すかよ! ここでテメエと心中してやるぜ!!」
感覚を奪う審問官と、残された骨と筋肉で泥沼に引きずり込む元傭兵。
二人は、完全に互いを縫い止める膠着状態へと突入した。
だが。
祭壇の上。
レガートがカイを道連れにして足止めしたその背後へ、新たな絶望が歩みを進めていた。
ズゥン、ズゥン、ズゥン……。
重厚な白銀の装甲を軋ませ、一段一段、祭壇の石段を上がってくる巨大な影。
一切の攻撃を通さない絶対防御の処刑騎士――バルトロ。
バルトロの鉄仮面の奥から、地を這うような冷酷な声が響いた。
「……反逆者ども。貴様らの命運も、ここまでだ」
満身創痍のテラ、エヴァン、リゼット、ルナ、エリクス、クロエ。
前衛の二人が塞がれた祭壇の上で、六人は、傷だらけの身体のまま、絶対の鉄壁を前にして立ち尽くしていた。