quartus=4:weight ∝ center─重い真ん中
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
夫の浮気を問い詰めた明楽メルは、勢いのまま足元の水たまりに魔法陣を描いた。 「異世界に行く」 もちろん、本当に行けるとは思っていなかった。 ところが次に目を覚ました場所は見知らぬ部屋。しかも自分の体は小学校低学年ほどに幼くなっている。 そんなメルを拾ったのは、銀髪の美青年――自称・悪魔のヴィザーゴだった。 「名前はアキラにしようか」 妙に馴れ馴れしく、人の思考を勝手に読み、肝心なことほど妙な言い回しをするヴィザーゴ。 その従者である三尾の狐ルーモと白山羊ヴェーロ。 言葉も常識も違う世界で、メル改め“アキラ”の奇妙な生活が始まる。 けれど、この世界はどうもおかしい。 消えたはずの傷。 元の自分とは異なる身体。 自分の真名を知る者たち。 ヴィザーゴが口にする「層」と呼ばれるもの。 そして、異世界へ来たはずなのに再び現れる、彼女がいた世界。 ここは本当に「異世界」なのか。 そもそも、自分は何者なのか。 ――まあ、それはそれとして。 服は欲しい。 靴も欲しい。 ご飯は食べたい。 旦那は一発殴っておきたい。 深刻になりきれないメルと、善良とは少々言い難い悪魔。 行き先のわからない二人が辿るのは、偶然でも、運命でもない。
本文
ヴィザーゴさんの飛行って、ほんと安定してると思う。
飛行機だって、もうちょい揺れる。
いったいどんな仕組みなんだろうね?
とは思うけど、物理も数学も致命的なあたしには、きっと聞いてもわからない。
あ。
声に出たかもしれない。
けど、ヴィザーゴさんは、いつもみたいに目を合わせることもなく、あたしはその綺麗な横顔を覗き込むばかりだ。
怒ってるのかな?
んー。
行きたがってなかったもんねー悪いことをした。
「そうじゃないよ。どうしたの」
顔は相変わらずそっぽを向いてるけど、声はかけてくれる。
「僕を見たいの?」
と、漸く目を合わせてくれたけど、どうしたもんだろう?
「……ふぅ、アキラたちは難しいね」
「降ろしてくれたら、あたし一人で行くよ?」
「無理だよ」
即答かよ。
土地勘が無いってことかな?
まあ、樹海でうっかり迷子にでもなったら、地図もコンパスもないあたしには荷が重い。
あれ?樹海でコンパスは使えないんだっけ?
いや、それは都市伝説だった、筈だ。
「…………くっ、ぷっはは」
いつもの笑い声。
「全く、アキラには敵わないな。そうじゃなくて、アキラ今、裸足。さっきまで寝ていたでしょう。靴を履いてない」
そっちかよ。
「黙って僕に抱かれてなさい」
……その、物言い。
絶対わざとでしょ。
一旦、すーっと上がって、すぐに降下。
距離は殆ど離れていない。……ような気がする。
目の前には池……じゃなくて、湖か!
湖面には富士山が映っていて、これが逆さ富士かーって感激も一入。
ではあるけど。
振り返って樹海の方を見てみて、さほど移動してなかった筈の方向に、村がない。
こうも全く見えないもの?
「見えないよねーだって無いもの」
どういうこと?
さっきまで仏頂面だったヴィザーゴさんは、ご機嫌になってるし。
チャルマさんかな?君は。
「僕が五歳児なら、アキラ遊んでくれる?」
はいっ?どういうこと?
「いい子ならね!」
って、返しといた。
ガサッって、葉擦れの音がする。
「あーあきらぁ」
ち、チャルマさん?
チャルマさんは、肩に獣を担いだヴェーロさんにだっこされて満面の笑み。
そっか、ヴェーロさんと一緒だったのか。
もしやヴィザーゴさん、知ってた?
「ん、小さいけどいいんじゃない?」
って、口にしながら、ヴィザーゴさんがヴェーロさんに近寄る。
けど……黙っちゃった。
何だろう?
なんか、身の置き場の無いあたしは、チャルマさんに視線を落とす。
いや、目線はヴェーロさんにだっこされてるチャルマさんの方が高いのだけど。
繁みから出てきた時の笑顔と違って、チャルマさんは困った顔をしてるのかな?
どうしたんだろう?
「チャルマさん、どうしたの?」
「あきらぁ……」
ん、ヴィザーゴさんの翻訳機能は、仕事をしているようだ。
「あのね、チャルマね、あきらのおみみのやつ、ふたつにしたかったの」
おみみ?耳か。
この片耳ピアスのことかな?
ヴィザーゴさんは真珠って言ってたっけ?
あたしは実物は見ていなくて、触っただけの感触だと丸くないからか、真珠のイメージがない。
て、いうか、ここ湖だよね。
真珠って海にあるんじゃないの?
「でも一人は危ないよ。フィリーノさんたち心配してたよ」
あわわ。
チャルマさん、泣きそうだ。
「いつもはね、ととがだっこしてくれるから、すぐにつくの。でもね。きょうはいっぱいいっぱいかかったの」
そうだろうねえ。
カヴァリーロさん、足長いもんねー
「でね、あきらのおみみのやつ、さがしたんだけど、みつけられなくて、おそらがあかくなるまえにかえろうとして、そしたら、やぎさんがいたの!」
ヴェーロさんと会ったわけですね。
そりゃあ、心強い。
てか、ここまでは一人できたのか。
「でね、やぎさんともいっかいここにきたら、あったの!みつけたの!これ、あきらにあげゆ!」
へ?
さっきまでの困り顔から一転、チャルマさんスマイル。
困ってたんじゃなくて、言い淀んでたのか。
見れば、チャルマさんのちっちゃい手のひらに乗ってるのは、真珠と言うか銀色なんだけど、水に油が浮いてるみたいな不思議な光。
こんなのがあたしの耳についてるのか。
「……玉虫色とか言うんじゃない?」
いつの間にかヴィザーゴさんの額は、あたしの頭に引っ付いていた。
ん、確かにそんな名前の色があった気がする。
カメムシの色だっけ?
「カメ……甲虫じゃない?」
耳馴染みはないけど、カブトムシとは違うのか?
ったく、博識だなヴィザーゴさん。
「ところで、ヴェーロさんは何を担いでるの?」
「馴鹿だねえ……もっと、大きいのを期待してたんだけど、季節柄仕方ないか」
馴鹿とな?
真っ赤なお鼻のルドルフさんですか?
まあ、冬のイメージではあるけど。
「やぎさんねえ、すごいんだよー。ばさーって、しゅたっで、どぉーんなの!」
大阪のオバチャンかな?
「アキラの靴代だよ」
マジっすか?!
「さあて、戻りますか」
一仕事終えたみたいにヴィザーゴさんが言った。
終えたのか?
ヴィザーゴさん、何をした?
あ、あたしをここまで運んでくれたか。
「酷いなあ」
すみません。
「さ、兎、兎」
ヴィザーゴさんって、見た目によらず食いしん坊なのかね?
「……Επίκουροςじゃないかな?」
食通と何が違うのか説明……は、いいか。
「アキラのそういう潔さは、全く魅力的だねえ」
虚仮にされてるのかな?
「まさか、心からの賛辞だよ」
当てになりませんがな。
ヴィザーゴさんは笑いを堪えもせずに、歩み出すと、湖を背にして、ピタリと止まった。
どうした?
ちょっとだけ考えるような素振りをして、ヴェーロさんを見ると、ニヤリと笑った。
無表情なヴェーロさんが、すっごいでっかい溜め息吐いてませんか!
何?何が始まるの?!
すうっと、あたしを抱えてない方の腕を、木々に覆われた樹海に差し出すと、指で空気を混ぜるように動かした。
空気が、水飴を練るみたいに、ヴィザーゴさんの指先から波紋を作る。
「えーとぉ……じゅげむじゅげむごこうのすりきれ」
…………
絶対、揶揄ってるよね!
水飴の波紋が凪いで、空気に静寂が戻ると、目の前に、駆け寄ってくるフィリーノさんとカヴァリーロさんが現れている。
『道』が出来ている。
道って言っても、獣道をちょっと均したようなの。
村の、あたしたちがさっき、窓から出たお家も見える。
空気が軽くなった気がする。
周りの緑も、若干薄い。
気のせいかな?
「どうだろうねぇ」
意地悪だな。
「くくっ、アキラが分かるのが面白いじゃない?」
命に関わらなければそれでいいですけどね。
「ちゃんと直してあげるよ」
直す、なんですね、治すじゃなくて。
「フィリーノ、兎は出来た?」
「出来てるわよ。それよりまず、……ありがとう」
「なんのこと?僕は何もしてないよ、ね?アキラ」
さっきのお返しだな。
「こうして探してくれて、見つけてるじゃないか。こっちの山羊……さんも、本当にありがとう」
山羊頭って言おうとしたよね?カヴァリーロさん。
寸でのところで言い直した。
ばればれだけど。
「いつものように、山羊頭で構わないのに。ヴェーロは気にしないよ」
「ああ、そうだ。ヴェーロ、ありがとう」
カヴァリーロさんは、ヴェーロさんの名前を忘れていたのかな?
わざわざ言い直して、ヴェーロさんからチャルマさんを受け取った。
名残惜しそうにヴェーロさんの顔を見たチャルマさんは、カヴァリーロさんの腕に収まる。
怪我はない?と、チャルマさんの体調を慮るカヴァリーロさんたち。
そこに、激昂や叱咤はなく、ただ、チャルマさんを心配している。
「“善良”の為せる技だよねぇ」
と、カヴァリーロさんたちを見つめるヴィザーゴさん。
その視線が、あたしに移る。
「見惚れた?」
…………
「……ふぅ、Drolleryだよ」
冗談ですか。
そうして、フィリーノさんたちのお宅に戻ると、裏庭にわらわらと人が集まっていた。
チャルマさん捜索隊かしら?と思ったけど、皆さんやけにさっぱりした顔をしておられる。
それに、何より。
ほんのりと湿った衣類は、一様に似ていて、頭からすっぽりと被る、石器時代を彷彿とさせる服だった。
「チャルマ嬢ちゃん、見つかったかね」
と、声をかけてきたのは昨日の靴屋さんだ。
「シュベンデオ。心配かけたね。湖まで行ってたみたいだ」
カヴァリーロさんに抱かれたチャルマさんが、得意気だ。
「なあに、俺たちは留守番ついでに風呂をもらったまでだ」
昨日は紳士然として、黙々と作業をしていた靴屋さんだけど、お風呂上がりも手伝ってか饒舌だ。
「チャルマ嬢ちゃん、冒険はいいが、出掛けるときはちゃんと声をかけなきゃだぞ。ビエスさん、娘さんの靴は明後日には出来るからな!」
忙しいな。
捲し立てるように、連絡事項を告げると、靴屋さんはヴェーロさんの獲物に釘付けになっていた。
「ビ、ビエスさん、あれ」
「ああ、靴の代金には足りますか」
「充分だとも!さあ!捌くぞ!」
おーっ!って、わらわらいた人たちは、いつの間にか道具を持ってきている。
手際いいな。
でも、お風呂上がりですよね?
獣を捌くって、いいんですか?
どわっ!血!
……ここで、倒れたりできたら、可愛げもあろうものも。
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