十年後の我が家、見学中
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
いろんな物語を落語にしてみました。 未来の話も、不思議な話も、ちょっと笑える話も。 一話ごとに、いろんな世界をお楽しみください。
本文
佐藤純が彼女に惹かれたのは、高校で一年間だけ同じクラスだったときのことだ。それだけの縁だったが、純の「好きだ」という気持ちは、その後何年経っても消えなかった。
彼女は誰もが振り返るほどの容姿で、実家は誰もが知る資産家。学校中の男子が憧れながらも、誰も本気で近づこうとはしない。まさに高嶺の花。
卒業後、二人は疎遠になった。それでも純は、心のどこかでずっと彼女を思っていた。
そんな純の人生が変わったのは、ある夜、原因不明の頭痛に襲われたときだった。目を開けると、そこは見知らぬオフィス街。スマートフォンには、十年後の日付が表示されている。
「……あ、これ、来た」
純は妙に冷静だった。パニックになるより先に、頭に浮かんだのは一つだけ。
――これ、株、買えるやつじゃん。
純は必死にスマートフォンを操作し、この十年の株価チャートや経済ニュースを撮影しまくった。手当たり次第スクリーンショットを撮っていると、意識がふっと途切れ、気づけば現代のベッドの上。
翌日、純は貯金をすべてつぎ込んで、メモ通りの銘柄を買い始めた。友人には「怪しい情報商材につかまったのか」と本気で心配される。
「情報商材じゃないよ。情報オリジナルだよ」
友人には全く伝わらなかった。
それから数年、純の資産はコミカルなほど順調に膨らんでいく。周囲は「悪魔に魂でも売ったのか」と純を気味悪がったが、本人は涼しい顔でそれを聞き流した。
ある程度の資産を築いた頃、純は彼女に会いに行く。
「ずっと好きでした。高校の時からずっと」
「……唐突だね」
「僕、実はもう結構な資産家なんです。だから、結婚を前提にお付き合いしてください」
「え、待って、告白の途中で急に資産アピールされたの、私、初めてなんだけど」
彼女は笑いをこらえきれない様子。純は構わず言葉を重ねた。
「証拠、見せられます。実は僕、未来に行けるんです」
「……はい?」
純が頭痛の話、未来での情報収集の話をすると、彼女はしばらくぽかんとした後、目を輝かせた。
「それ、めちゃくちゃ面白いじゃない。私も行っていい?」
「え、いいんですか」
「当たり前でしょ。株で大儲けできるチャンスを、指をくわえて見てろって言うの?」
こうして純と彼女は、手をつないで未来へ通う、という謎の習慣を始めることに。
初回、二人は未来の駅前に降り立つなり、彼女が看板の広告に釘付けになった。
「純くん見て、あの企業、うちのお父さんが『絶対潰れる』って言っていた会社だよ。潰れてない。むしろでかくなってる」
「マジですか。じゃあ全力で買いですね」
「待って、逆にお父さんが太鼓判押してた会社、探そう。多分ダメになってるパターンだから」
彼女の分析は的確だった。それどころか、回を重ねるごとにどんどん本領を発揮し始める。決算資料の読み方、業界地図の描き方、純が見てきた広告一枚から関連企業を三つ芋づる式に割り出す推理力。
「純くん、それメモするだけじゃダメ。この企業が伸びてるってことは、下請けのこの会社も伸びてるはずなの。仕入れ先まで遡って」
「そこまでやるんですか」
「当たり前でしょ、中途半端に儲けてどうするの」
すっかり主導権は彼女に移っていた。純はもはやメモ係と資金係に徹するしかない。
彼女の無茶ぶりも、回を重ねるごとに磨きがかかっていった。
「純くん、次行くとき、あっちの新聞の縮刷版、写真じゃなくて全部書き写してきて」
「量、多すぎません?」
「情報は量よ。あと帰りにあっちのパン屋、何が人気か調べてきて。参考にしたいから」
「投資と関係ないですよね、それ」
「関係あるの。おいしいパン屋がある街は地価が上がる。常識でしょ」
「その常識、初耳です」
「あと今度は、私たちの結婚披露宴、どんな感じになってるか、こっそり調べてきてくれない?」
「気が早くないですか」
「気が早いんじゃなくて、効率がいいの。当日ノープランで困るのが一番もったいないでしょ」
純は毎回振り回されながらも、どこか楽しそう。実際、彼女の無茶ぶりのおかげで、投資の精度はどんどん上がっていった。
ある日、彼女がふと言った。
「ねえ純くん、未来で企業ばっかり見てるけど、一番大事な銘柄、まだ見てないよ」
「どこの会社です?」
「佐藤家株式会社」
「そんな会社ありましたっけ」
「あるじゃない。これから私たちが作る会社」
純は少し考えてから、ようやく気づいた。
「……つまり、僕らの家ですか」
「うん。株も会社も十分見たでしょ。今度は、私たちの未来を見に行こうよ」
二人は未来へ飛び、純の名前を頼りに、ある住所へたどり着いた。そこにあったのは、想像を超える立派な邸宅。広い庭、堂々とした門構え。表札には「佐藤」の文字。
彼女は絶句していた。
門の前に、庭の花に水をやる女性が出てきた。少し年を重ねた、彼女自身。
未来の彼女は二人に気づくと、悪びれもせず笑った。
「あら、来ちゃったの。もっと後かと思ってた」
「その言い方、なんか腹立ちますね」
「未来の私が言うと、なんか説得力あるでしょ」
奥から、少し貫禄のついた純が出てくる。
「お、来たか。……お前、まだ振り回されてるのか」
「まだ、というと?」
「言っとくが、無茶ぶりの内容、この先どんどんスケール上がるからな。この前なんて、海外の取引先との会食に『手土産、あっちの国の未来の流行り物にして』って言われたぞ」
「未来の流行り物て、どうやって調べるんですか、それ」
「調べたよ。しかも当てた」
未来の彼女が横で得意げに胸を張る。
「当てて当然でしょ。私、無茶ぶりしてる自覚あるけど、無駄な無茶ぶりはしてないの」
「その自覚、せめてもう少し優しさに寄せてもらえません?」
「優しさより効率。でも、まあ、結果は見ての通り」
未来の二人は、屋敷を軽く指し示した。豪華ではあったが、意外と趣味のいい佇まい。
「思ったより、常識的な家ですね」
「常識的にしたの。派手にしすぎると、そのぶん揉め事も増えるって学んだから」
「その代わり、セキュリティだけは妥協しなかったけどね」
「門を越えようとした泥棒が、警備会社を呼ぶ前に、家から『そこから先はおすすめしません』って諭されるくらいには」
「そこまでやるんですか……」
未来の彼女が得意げに笑うと、未来の純が深く頷いた。
「あの数年間、色々あったけど、まあ結果的に、いい判断の連続だった」
現代に戻った純と彼女は、しばらく余韻に浸っていた。
「私たち、ちゃんと常識的な感じになるみたいだね」
「無茶ぶりの内容は常識的じゃなかった気がしますけど」
「細かいことはいいの」
彼女はそう言って笑うと、ふと真顔になった。
「私、決めた」
「何をです?」
「あの家に行き着くまでの過程、ちゃんと自分の目で全部見たい。だから、今から一緒に住む」
実家には特に説明もせず、置き手紙一枚だけ残して、荷物をまとめて出てきてしまった。後日、実家は当然のように大騒ぎになったが、彼女は「まあ、そのうち慣れるでしょ」の一言で片付けていた。
「え、大丈夫なんですか、それ」
「平気平気。隣町に移って住所は教えないから、文句を言いに来る心配もないし」
彼女はあっけらかんとしている。純はその潔さに、少し引きつつも感心した。
それから二人は結婚した。式の後、彼女は純にそっと耳打ちした。
「ねえ、新婚旅行、行き先どうする?」
「まさか、また未来のパン屋巡りとか言わないですよね」
「言わないよ。今回はちゃんと現在のハワイ」
「え、普通ですね、意外と」
「たまには普通でいいの。無茶ぶりも、ここぞという時にだけ使うのが上級者でしょ」
「その理屈、今更ですか」
数年後、二人はあの日見た邸宅と同じ場所に、同じ家を建てた。二人らしい素敵な家。庭で笑い合う二人の姿は、あの日未来で見た光景そのまま。
すべては、あの夜の頭痛から始まった、ちょっとおかしな十年間の物語。
(次回、落語版です)
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