日常編 ―― L'Ordinaire:【感情希薄なバリスタ、深夜の書架 ――抽出の調律と過去の残香――】
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
<p> 深夜、現世(うつしよ)に繋がる擬態の扉が完全に閉ざされ、この洋館『<strong>Café de l'Éclipse</strong>』が深い闇に沈む刻。</p><p> 私の私室のなかには、微かに灯るキャンドルの炎と、窓外の満月が落とす青白い光だけが静かに交差している。</p><p> 日中に主様の前で見せる完璧なプロの笑顔も、あの温かな珈琲を淹れていたいつものベスト姿も、今の私にはない。</p>
本文
ジェラルド
深夜、現世(うつしよ)に繋がる擬態の扉が完全に閉ざされ、この洋館『Café de l'Éclipse』が深い闇に沈む刻。
私の私室のなかには、微かに灯るキャンドルの炎と、窓外の満月が落とす青白い光だけが静かに交差している。
日中に主様の前で見せる完璧なプロの笑顔も、あの温かな珈琲を淹れていたいつものベスト姿も、今の私にはない。
まだ外の、あの凍てつくような夜風の残香を深く孕んだ豪奢な黒いマントの重みを肩に感じながら、私は捲り上げた自身の前腕を静かに見つめる。
じわり、と白い肌のうえで、赤ワイン色の怪しい光を放つ『抽出の魔法陣』が、深夜の闇を仄かに染めて明滅を始める。
「……ふむ。魔力の波長が、僅かに夜風に流されているね」
誰の耳にも触れない室内に、自らの淡々とした低音ボイスが融けて消える。
私は手に持った古びた魔導書を流麗な指先でめくりながら、前腕の術式の位置をミリ単位でなめらかに調整していく。
前腕の紋様から本へと繋がる、青白く、けれどどこか禍々しい魔力のライン。
珈琲豆の乾燥具合を整え、迷い人の生命力を冷徹に全回収するための、完璧なる『抽出』の調律ルーティン。
その無駄の一切ない手際は、我ながらチリ一つなく美しい。
書架のなかで静かに青い光を放っている魔導書たちは、自動執行の術式(カラクリ)として私のこの手元を静かに見守っているつもりだろうが、この程度の調律のログなど、私のクローゼットの奥に眠る経験値の前にはただの記号に過ぎない。
調整を終え、肌のうえの赤ワイン色の光を深夜の闇へと収めると、私は静かに空間を滑るように歩みを進め、壁際にそびえ立つ重重な書架のなかでも、ひと際、厳重に保管されてある本へと目を向ける。
レンガの壁にひっそりと馴染む格子の奥。
魔導書の自動執行の術式を以てしても、一文字たりとも解析することのできない――完全に見破ることすら不可能な、絶対不可視の『私のノート』。オーナーは何も知らない。
自分が全てに捕らわれていることも私は細い銀フレームの眼鏡『看破の硝子(アナライズ・レンズ)』の奥にあるトパーズ・イエローの瞳を静かに伏せ、その厳重な防衛のカラクリが施された本の背表紙を、ただ静かに、淡々と見つめる。
背後のステンドグラスに嵌め込まれた、冷徹な月光に透ける従順な犬の意匠が、まるで今の私の欺瞞を嘲笑うかのように佇んでいた。その場に立ち上がった。
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