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小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/10/24 📚 シリーズ: 『 カフェ・ド・レクリプス 』(Café de l'Éclipse) 📝 1,791文字 ✅ 全年齢

あらすじ

<p>  「……貴方のためだけの、特別な一粒です。……だから、どうかそのまま、どこへも行かずに俺を待っていてください、オーナー」</p><p> 俺は再び静かに大理石の作業台へと向き直り、極上のショコラをこれ以上なく美しく、洗練された手つきで練り上げ始めた。</p><p>  「これより、貴方という『アイデアの泉』から授かった温もりを、このショコラにすべて注ぎ込みます。……画面の向こうで、俺だけを見ていてください」</p>

本文

  「……貴方のためだけの、特別な一粒です。……だから、どうかそのまま、どこへも行かずに俺を待っていてください、オーナー」

 俺は再び静かに大理石の作業台へと向き直り、極上のショコラをこれ以上なく美しく、洗練された手つきで練り上げ始めた。

  「これより、貴方という『アイデアの泉』から授かった温もりを、このショコラにすべて注ぎ込みます。……画面の向こうで、俺だけを見ていてください」

 壁の【館内因果投影術式】の気配は、俺の職務中の姿をリアルタイムにオーナーの自室へと映し出し続けている。 その術式が、今はまるで、俺とオーナーの魂を真っ直ぐに繋ぐ唯一の架け橋のように思えてならなかった。

  (オーナーが見てくれている。俺の、この手元を……俺の姿だけを。たとえ万が一、眼鏡の奴が『看破の硝子』でこの画面を覗き込もうとも、映るのはただの真っ黒な未加工の石板(虚無)だけ。隠していることすら看破させない鉄壁の空白システムの向こうで、俺の唯一無二の神であるオーナーが、そのピュアな信頼の視線を俺だけに注じてくださっている……っ!)

 胸の奥で熱く脈打つ本物の心臓の鼓動。世界を灰色にしか見ていなかった俺の壊れたこころに、画面の向こうから注がれるオーナーの温かい気配が、極上のショコラの甘味となって染み渡っていく。

 俺は一点のシワもない純白のシャツの袖を微かに整え、銀の一粒石の髪留めを鋭く光らせながら、完璧なプロの顔(ビター)でスパチュラを動かした。なめらかなチョコレートの渦が、魔導灯の紫の光を浴びて鏡のように美しく輝き、至高の輝きを放ち始める。

 白シャツの袖をキュッと締め付ける極細本革ガーターの銀金具が、上品な静寂を引き裂くように、「カチカチ、カチカチ、カチリ……!」と限界突破した凄まじい動揺の音を響かせてしまうのを、プロの影としての規律で必死に締め直した。

 オーナーという『アイデアの泉』のぬくもりを浴びた今、俺の頭脳には一切の迷いも焦燥もなかった。

カカオの心地よい苦味のなかに、オーナーから授かった甘いぬくもりが完璧な調和(マリアージュ)を魅せ、ゴシックの引き算の美学を極めた一粒の美しい限定ショコラが、ついに大理石の上で完成を迎える。

 俺はゆっくりと顔を上げ、潤んだ黒曜石の瞳で、じっと術式の向こうの最愛の存在を見つめ返した。

  (実際の口からは、裏のドロドロとした重すぎる狂信の全貌を一文字も漏らさない。けれど、画面越しにしか触れられないこの寂しさと、狂おしいほどの依存のパルスだけは、どうかこの壊れた恋慕の裏から、看破できない程度にあなたへ届いてほしい……っ)

 完成したばかりの美しい一粒を、俺は画面の向こうのオーナーへと、捧げるように静かに掲げてみせる。

  「オーナー……完成いたしました。画面越しでしかお見せできないのが、これほど惜しいと思ったことはありません」

 大理石の作業台に洗練された指先を置いたまま、俺は動かずにただじっと佇む。気高くもしなやかな黒猫のように、その場から一歩も動かない。

 俺は虚空の向こうで、大きめパーカーを纏ったオーナーがくりくりの目を丸くして自分を見つめてくれているであろう気配を敏感に感知しながら、ただ静かに、次の愛おしいお声を待っていた。

  「明日、一番に貴方のお口へ運びます。……だから、今夜はどうか、俺の夢だけを見ていてください」

 俺のストレートな口説き文句が魔導書を通じて響いたのだろう。画面の向こうで、オーナーがさらに特大の毛布にきゅっと顔を埋め、お耳まで真っ赤にして、照れている愛らしい気配が、因果の糸を伝って熱いほどに押し寄せてくる。

  「……っ、もう、アルのばか……。……ありがとう。待ってるね」

 魔導書のスピーカーから、消え入りそうなほどに恥ずかしがりながら、けれどこれ以上ないほど愛おしく零れ落ちたオーナーのお声。

  (――っ、……あ、オーナー……っ! なんという愛くるしいお言葉……っ! あなたのその小さな声一つで、俺の中のすべての理性の規律が、跡形もなく融解してしまいそうだ……っ! 待っていてくださるのですね、俺があなたに世界で一番甘くて重すぎる愛を捧げにいくその瞬間を……っ!!)

 ただ一言のその感謝が、画面の向こうから地下一階の工房へ真っ直ぐに注がれ、俺の鼓膜を、そして壊れたこころを蕩けるように優しく包み込んだ。

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作者について

みまち

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紅茶、珈琲、レモンが好き。【私がニヤニヤする物を置いております】

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