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第7話 学び直す手

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/10/31 📚 シリーズ: 手の中の土、歪んだ器 📝 2,181文字 ✅ 全年齢

あらすじ

実麗の話を聞いた文江は、自分たちの言葉が古い痛みを運ぶことを知り、頭を下げる。清太郎も継承には技術だけでなく場の作り直しが要ると認める。後継者不足に悩む保存会は、若い人が残れる空気を学び直し始める。実麗もまた、叱声に似た物音で息を止める癖を少しずつほどいていく。窯出し前の暗い時間の願いは器に残るという噂がある。紬は広報を手伝い、実麗は出品を自分の意思で決める。ところが焼き上がりに小さな歪みが見つかる。

本文

「この前は、ごめんねえ」

文江が、先に頭を下げた。

実麗は戸を閉めた手のまま、止まった。

土間に片足だけ入れて、もう片方がまだ外に残っている。

そんな格好で、まばたきをした。

「私らの言葉がね」

文江は顔を上げない。

膝の上で、しわのある手をきちんと重ねている。

「古い痛みを連れてくること、あるのよね」

実麗の指先が、引き戸の縁をそっと離れた。

何か言わなきゃと思うのに、喉が先に細くなる。

「……いえ」

「いえ、じゃないのよ」

文江が小さく笑った。

でも、その笑いはいつもより静かだった。

「悪気がなければいいってもんじゃないものねえ」

倉橋清太郎が、ろくろのそばでうなずいた。

「継承って、技術だけ残せばいいわけじゃないんだな」

低い声が、工房の木にゆっくりしみる。

「場も、作り直さなきゃだめだ」

その言葉に、奥にいた会の人がひとり、ふっと息をついた。

別の人が棚に置いた器を持ち直す。

小さな音。

実麗の肩が一瞬だけ跳ねる。

けれど、その次に来るものがない。

叱る声も、急かす声も、笛もない。

実麗はそのまま、止めていた息をそっと吐いた。

「若い人に来てほしいって言っておいて」

倉橋が、苦く笑う。

「来た人が残れない空気のままじゃ、意味ないよな」

文江が「ほんとにねえ」と言って、今度は実麗を見た。

目尻が下がっている。

でも、甘やかすような顔ではない。

ちゃんと見ている顔だった。

「私らも、覚えなおすよ」

実麗は視線を受け止めきれず、少しだけ下を向いた。

でも、逃げるみたいにはそらさなかった。

「……はい」

短い返事。

それだけで、胸の奥がじんとした。

紬が、壁ぎわの机にチラシを広げていた。

色ペン。

スマホ。

地域イベントの案内。

器の写真をどう並べるか、何枚か見比べている。

「この写真、暗いかな」

紬が言うと、倉橋がのぞきこんだ。

「ちょっと手元が見えにくいかも」

「じゃあこっち」

紬が指で画面を払う。

別の写真。

灯りの下の器。

少し歪んだ縁が、やわらかく光っている。

「それ、いい」

文江も横からのぞく。

「ほら、きれいじゃない」

紬は「よし」と小さく言って、紙にメモを書いた。

実麗はその様子を、土間の脇から見ていた。

「広報、助かるよ」

倉橋が言う。

「若い目って大事だなあ」

「古すぎるって言った責任とってるだけ」

紬が肩をすくめる。

でも、口元は少し笑っていた。

文江が「ありがたいわよ」と言う。

紬は「どういたしまして」と、ペンをくるりと回した。

実麗は、そのやりとりを見て、ほんの少しだけ口元をゆるめた。

「実麗さん」

倉橋が呼ぶ。

「この前の出品、どうする?」

そのひと言で、胸が小さく鳴る。

でも前みたいに、すぐ凍らない。

実麗は器の並ぶ棚を見た。

自分の作ったもの。

削りあと。

指の跡。

少し不揃いな縁。

「……出します」

声はまだ小さい。

けれど、最後まで切れなかった。

紬が顔を上げる。

文江も、倉橋も、黙って待つ。

実麗はもう一度、言う。

「私が、出したいです」

倉橋の目尻が、ふっとやわらいだ。

「うん」

それだけ。

でも、実麗の肩から何かがひとつ落ちた。

文江が手を合わせるみたいにして笑う。

「それはうれしい」

紬も小さくうなずいた。

「蘭が決めたなら、いいじゃん」

蘭が決めた。

その言い方が、まだ少しくすぐったい。

その夜。

窯出し前の工房は、いつもより暗かった。

灯りを少し落として、みんなの声も自然と低くなる。

窯の前の空気だけ、じんわり熱を持っている。

「この時間の願いは器に残るって、聞いたことある?」

文江が、小さな声で言う。

「また噂」

紬がすぐに返す。

けれど、声は前よりやわらかい。

「でも、ちょっとわかるかも」

そう言って、スマホをしまう。

実麗は窯の前に立ったまま、指先をそっと重ねた。

願いなんて、大げさなものは思いつかない。

ただ、ちゃんと見たいと思った。

焼き上がった自分の器を。

自分で出すと決めた器を。

奥で、金属の触れる音がした。

からん、と乾いた音。

実麗の息が、一瞬だけ止まる。

肩がきゅっと上がる。

喉が閉まる。

でも、その次の瞬間。

何も飛んでこない。

怒鳴り声も。

「何してる」も。

「返事」も。

ただ、倉橋が「大丈夫」と言った。

それだけで、実麗はゆっくり息を吐いた。

吐きながら、自分で気づく。

前より少し早く戻れている。

止まっても、ほどけるまでが少し短い。

文江が窯のふたのほうを見つめたまま、ぽつりと言う。

「少しずつでいいのよ」

実麗は、その横顔を見た。

返事はしなかった。

でも、指先の力を少しだけ抜いた。

窯出しの手が進む。

ひとつ。

またひとつ。

棚板の上に、焼き上がった器が並んでいく。

紬が息をのむ。

「わ、色ちがう」

「焼き色って、ほんと違うのねえ」

文江が目を細める。

「自分で選んだ器は、ちょっと顔が変わるのよ」

「それ絶対ただの噂でしょ」

紬が言う。

でも、器をのぞく目は真剣だった。

倉橋が、実麗の器をそっと持ち上げる。

灯りの下で、縁がやわらかく光る。

底のあたりに、影がひとつ落ちる。

「……あ」

実麗の声がこぼれる。

小さな歪みだった。

ほんの少しだけ、口縁が片側へ寄っている。

知らない人なら見逃すくらい。

でも、自分にはすぐわかる。

紬が黙る。

文江も、言葉を飲みこむ。

倉橋は器を回して、もう一度見た。

実麗の指先が、服の裾をつまむ。

胸が、ゆっくり重くなる。

せっかく自分で決めたのに。

ちゃんとやったつもりだったのに。

喉の奥に、古い声が遠く集まりかける。

実麗は、器から目を離せなかった。

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作者について

津組セナ

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