第7話Doubt

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/10/31 📚 シリーズ: Gravity Noir〜地球滅亡寸前の絶望的な世界。老人はギャグ補正で無双する〜 📝 5,307文字 ✅ 全年齢

あらすじ

Gravity Noir〜地球滅亡寸前の絶望的な世界。老人はギャグ補正で無双する〜 - 第7話Doubt

本文

月華連邦本部の監視室には、地球各地へ飛ばした偵察用ドローンの映像が幾つも並んでいた。蛟龍はそのうち一つを無言で見つめている。映っているのは静岡の河川敷。巨大なクワガタと黒いトカゲが、地面を抉りながら殴り合っている光景だった。

 蛟龍の能力『パーフェクト・アプレイザル』は、対象の能力、負傷箇所、残存体力、弱点まで見抜く。だからこそ、彼は画面越しでも理解していた。狂四郎というクワガタの戦闘は、ほとんど完成している。単純な身体能力だけではない。重心移動、間合い管理、攻撃を誘うための僅かな姿勢変化、相手の癖を数手で読む観察力。地球侵攻部隊の中で、あれに無傷で勝てる者はおそらくいない。

 悪魔の電子レンジなら勝てる可能性は高い。しかし、相当苦戦するだろう。四天王最強という肩書きだけで押し切れる相手ではない。

「セレーネ・ストライクを呼ぶか……」

 蛟龍は小さく呟いた。皇室直属の精鋭部隊。地球との戦争程度では投入する必要がないとされていたが、このまま未知の強者が増えていくなら話は変わる。

「ブヒッ!」

 背後から聞きたくもない声がした。

 蛟龍は振り返らない。

「どうなってんだ蛟龍! いつになったら地球を乗っ取れるんだ! いつおいらに地球の肉便器を持ってきてくれるんだ!!」

 ウンチッチ・ジュウショミヤギケン四世が、腹を揺らしながら入ってきた。

 黙れ豚。

 蛟龍は心の中だけでそう言った。

「現在、各地域で想定外の抵抗が確認されています。東京、大阪、静岡で特に顕著です」

「抵抗ぉ? 地球人なんか雑魚だろ! おいらの軍隊は最強なんだぞ!」

「その認識が危険なのです」

「ブヒ?」

 蛟龍は画面を操作し、狂四郎とゴミトカゲの戦闘映像を再生した。皇帝は最初こそ「でかい虫じゃん」と笑っていたが、狂四郎が時雨の必殺技を大顎で受け、ゴミトカゲと互角以上に殴り合う映像が続くにつれて黙っていく。

「こいつ……能力者か?」

「確認できません。少なくとも鉱石由来の能力反応はありません」

「じゃあなんでこんな強いんだよ!」

「私にも分かりません」

 その言葉を口にすること自体、蛟龍には珍しかった。

 蛟龍は、本来なら未知という言葉を嫌っていた。敵の能力も、体力も、傷も、戦術も、見れば分かる。それが自分の強さであり、皇帝の側近として重用されてきた理由でもある。だが狂四郎には、その枠組みが通用しない。能力がないのに強い。技術だけで説明するには身体能力が異常で、身体能力だけで説明するには戦闘技術が完成しすぎている。分析できるのに、理解できない。それが何より不気味だった。

 そして映像は、問題の場面へ進んだ。

 筋肉の男――タフが震え始める。最初、蛟龍は何らかの蓄力型能力だと考えていた。だが次の瞬間、目から放たれた怪光線が狂四郎とモGURAへ命中する。

 映像を見ているだけのはずだった。

 なのに。

 蛟龍の脳内へも、何かが流れ込んできた。

 薄暗い事務所。鳴り止まない電話。返済日の一覧。追い詰められる債務者。数字を詰める上司。過払い金。規制強化。社会的信用の低下。ノルマ。回収率。督促。顧客からの罵声。

「……っ」

 蛟龍の背筋に冷たい汗が流れた。

 精神攻撃ではない。

 恐怖を直接植え付けているわけでもない。

 ただ、社会の闇をそのまま脳へ流し込んでいる。

 だからこそ防ぎようがない。

「な、なんだこれは……!」

 皇帝の声が震えた。

 数秒後。

「ブヒィィィィィィ!!」

 ウンチッチ四世は盛大に失禁し、そのまま後ろへ倒れて気絶した。

 蛟龍は叫び出しそうになるのを必死に耐えた。

 これは危険だ。

 戦闘力という枠で測れない。

 しかもタフの場合、強さの原因がまるで追えない。魔力の流れも、能力発動時特有の脳波変化も、既知の装備反応も検出されていない。なのに結果だけが発生している。蛟龍にとってそれは、計算式の途中がすべて消えて答えだけが残っているようなものだった。

 理解不能という意味で、狂四郎より厄介かもしれない。

「……ダニエルには、必ず伝えなければならないな」

 蛟龍は気絶した皇帝を護衛兵へ運ばせ、再び映像へ視線を戻した。戦場の真ん中で、タフが数分のうちにジムを建築している。しかも月華連邦の兵士たちが、なぜか嬉々として作業に参加していた。

「……何故だ」

 洗脳反応はない。命令系能力でもない。敵兵たちは自発的に鉄骨を運び、壁を組み、ベンチプレスを設置している。最後には完成したジムへ自ら入り、そのまま外から施錠されていた。

 論理を超越している。

 蛟龍は頭痛を覚えた。

 日本を攻め落とすなら、いずれあの筋肉とも戦う必要がある。しかも日本側にはケリーという正体不明の老人、異常な再生力を持つゴミトカゲ、先天性能力者の一条時雨、そして大阪には狂四郎とモGURAがいる。今のうちに叩かなければ、後々さらに面倒になる。

 勘がそう告げていた。

 だが同時に、別の疑問も頭から離れなかった。

 そもそも、この戦争は何のために始めたのか。

 表向きの理由は地球の資源と広大な土地だ。だが月華連邦は資源不足に苦しんでいるわけではない。月面地下の鉱物資源と人工生産技術だけでも、国家を維持するには十分だった。土地も同じだ。居住区拡張技術がある以上、地球そのものを奪わなければ生存できない事情はない。

 ならば、何故ここまで徹底的に攻める。

 答えは分かっている。

 復讐だ。

 百年前、自分たちの祖先は地球から追放された。月華連邦の歴史教育では、その出来事は「人類最大の裏切り」と教えられている。幼い頃から、地球人は自分たちを捨てた者たちだと聞かされて育つ。

 そして今、立場は逆転した。

 科学力も軍事力も、月華連邦の方が遥かに上だ。

 ならば思い知らせたい。

 かつて追い出した者たちが、今はどれだけ無力なのかを。

 おそらく月華連邦の国民全員の根底に、その感情がある。

 蛟龍自身も例外ではなかった。

 幼い頃、彼も学校で同じ映像を見せられた。追放船に詰め込まれる祖先、閉ざされる地球側の港、月へ向かうしかなくなった人々。その映像を見るたび、胸の奥が熱くなったのを覚えている。地球を憎むことは、愛国心とほとんど同じ意味で教え込まれてきた。だからこそ今、自分の中にある疑問が、裏切りのように感じられる瞬間さえあった。

 地球人に対して何も思わないわけではない。祖先が受けた仕打ちを考えれば、怒りもある。だが目の前で殺されている地球人は、百年前の当事者ではない。

「……これは、本当に正しい戦争なのか」

 誰もいない監視室で、蛟龍は独り言のように呟いた。

 答えは出なかった。

 その頃、大阪では月華連邦アジア支部が新しい拠点を探していた。

「いやー、大阪良いねぇ」

 ダニエル・モジャ・ションベンは街並みを眺めながら機嫌よく歩いていた。「俺、一回行ってみたかったんだよな。なぁ太陽神。支部置く場所どこにする? なるべく綺麗で風呂がある場所が良い」

 隣を歩くスキンヘッドの男が、遠くのマンションを指差した。

「あそこのマンションで良いんじゃないか? ただ俺、広島焼きの方が好きなんだよな」

「大阪でそれ言ったら殺されるぞ」

「チャカルァァァイイイイ!! 遊びに来てる訳じゃ無いんですよ!」

 ロン毛の青年、ガルシアが大声を上げる。しかし直後には胸へ手を当て、「けどオレはダニエルさんのパスタが一番好きですね」と爽やかに付け加えた。

「ガルシア、嬉しいこと言ってくれるじゃん」

 ダニエルは笑った。

「まあ適当に仕事こなしてる風にしとけ。中国の時と同じだ。戦果は偽装して、本部には仕事してますって顔しとけばいい」

 声の調子だけは軽い。

 だが、その目から笑いが消えた。

「俺らの目的はそこじゃない。お前らも頼んだぞ」

 兵士たちは返事をしながらも、誰一人として本部の紋章へ敬礼しなかった。それは偶然ではない。ダニエルが最初から徹底してきたことだった。形式には従う。命令も表向きは守る。だが心まで本部へ預けるな。無能な上層部のために命を捨てるな。それが彼の部隊に染みついた暗黙の規律だった。

 後ろに控えていた二十人ほどの兵士たちが、一斉に頷いた。数こそ少ないが、全員がアジア支部の精鋭だった。

 ダニエルは再び歩き出し、突然目を細める。

「眩し! てか今日太陽二個あるくね?」

 太陽神が振り返る。

「あ?」

「あ、ごめん。太陽神だった」

「なんだとコラ! 俺がハゲって言いてぇのかよ、モジャモジャ野郎!!」

「誰がモジャモジャだ!」

 二人はその場で掴み合いを始めた。

「チャカルァァァイイイイ!! 喧嘩しちゃダメですよ!!!」

 ガルシアが必死に止める。

 アジア支部は、到着早々グダグダだった。

 ただし、そのグダグダさの裏で彼らは周囲の監視網、避難経路、月華連邦本部への通信中継点まで短時間で把握していた。ふざけて見えても、仕事そのものは異様に速い。ダニエルが少数精鋭だけを連れてきた理由もそこにあった。人数が多ければ本部の目が増える。裏切るつもりなら、信用できる二十人で十分だった。

 一方、静岡から帰る軍用車の中では、先ほどまでの戦場が嘘のように穏やかな時間が流れていた。

 時雨はゴミトカゲの隣に座り、少し眠そうな目をしながら彼を見上げた。

「にーに、強かった」

「そうか?」

「うん。クワガタと、いっぱい殴りあってた」

 ゴミトカゲは少し照れくさそうに鼻を鳴らした。

「時雨のことは守るからな。任せろ」

 時雨はその言葉を聞いて、僅かに口元を緩める。

「……うん」

 数秒して、また小さな声で言った。

「クワガタと、消費者きんゆー? 怖かった」

 イカボンがすぐタフを見る。

「おいタフ。怖かったってよ」

 タフは真顔で頷いた。

「ご利用は計画的に」

「そういう話じゃねぇよ」

 時雨はタフをじっと見つめた。

「筋肉さん、なんであんなに強いの?」

「き、筋肉さん……?」

 タフは何故か少しショックを受けた顔をしたが、すぐ胸を張った。

「それはオレと叔父貴がパゲラーだからッス!」

「ぱ、ぱげらー」

 時雨は聞いたことのない単語を慎重に復唱した。

「パゲってるヤツのことッス!」

「説明になってねぇよ」

 イカボンが横から突っ込む。

 タフは構わず続けた。

「魂を全てから解放すると、人間は真に自由になってパゲラーになるッス!」

「……?」

 時雨の顔に、はっきりと疑問符が浮かんだ。

「理解できなくてよろしい」

 イカボンが即答した。

「でも大事なことッス! 叔父貴の目的は、全人類をアホのパゲラーにしてオモロくすることッス!」

「ケリーの目的、そんな壮大だったのかよ」

「オレはこの考えに感銘を受けたッス! 全人類アホになれば、戦争なんて難しいこと出来ないッス!」

 時雨は少しだけ考えた。

 ケリーの言う「全人類をアホにする」という目標は、普通に考えれば意味不明だった。それでも時雨には、ほんの少しだけ眩しく聞こえた。影の庭園でも軍でも、賢い大人たちはいつも難しい言葉で誰かを戦わせた。国家のため、秩序のため、必要な犠牲だと説明された。もし本当に誰もそんな難しいことを考えられなくなったら、自分みたいな子供が刀を持つこともなくなるのだろうか。

 戦争をするには、作戦を考える人がいる。兵器を作る人がいる。命令を出す人がいて、それに従う人がいる。確かに全員がケリーやタフみたいになったら、戦争どころではなくなるかもしれない。

「ふーん」

 時雨は小さく頷いた。

 ゴミトカゲが横を見る。

「あ、寝ちゃった」

 時雨はいつの間にか目を閉じ、ゴミトカゲの体へ寄りかかっていた。戦闘の疲れも、狂四郎への恐怖も、まだ完全には抜けていないのだろう。

 ゴミトカゲは起こさないように姿勢を少しだけ変えた。

「毛布あるか?」

「あるぞ」

 イカボンが後ろから薄い毛布を渡す。

 ゴミトカゲはそれを時雨へ掛けた。

「……本当に懐いたな」

 イカボンが言う。

「知らん。勝手に懐かれた」

「嫌そうじゃないけどな」

「まあな」

 ゴミトカゲは眠っている時雨の頭を軽く撫でた。

 タフはそんな二人を見ながら、大きく頷く。

「家族愛ッスね!」

「声デカい。起きるだろ」

「すんませんッス」

 軍用車は静かに走り続ける。

 車窓の向こうには、夕方の光が流れていた。壊れた街も、遠くへ行けば普通の住宅地へ変わる。時雨は眠ったままその景色を見ることはなかったが、ゴミトカゲは窓へ映る彼女の寝顔をぼんやり眺めていた。守ると言った以上、本当に守るつもりだった。理由は自分でもよく分からない。ただ、この少女をまた泣かせるのは嫌だった。

 その頃、月華連邦本部では蛟龍がダニエルへの暗号通信文を作成していた。

『大阪及び周辺地域に未知の高脅威対象を確認。巨大クワガタ、巨大モグラ、黒色爬虫類、重力操作能力者、筋肉質男性。特に筋肉質男性については戦闘原理が一切不明。社会構造由来の恐怖を直接認識させる現象を確認した。接触時は最大限警戒せよ』

 蛟龍は一度文章を読み返した。

 馬鹿馬鹿しい。

 自分でもそう思う。

 だが、映像で見たことは全て事実だった。

 彼は送信ボタンを押した。

 そして椅子へ深く座り直す。

 画面の隅には、東京、大阪、京都、静岡の戦況が並んでいた。

 月華連邦は圧倒的に優勢だ。

 そのはずだった。

 なのに、蛟龍の胸には小さな違和感が残っている。

 何かがおかしい。

 日本をこのまま攻め続ければ、いずれ取り返しのつかないものに触れる。

 そんな予感が、どうしても消えなかった。

ジャンル・タグ

, , , , , , ,

作品統計

👁️ 閲覧数: 0 👍 いいね: 0 📚 本棚登録: 0

作者について

ミスター微妙

👥 フォロワー: 1人

作者ページを見る