第9話Ambush

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/11/2 📚 シリーズ: Gravity Noir〜地球滅亡寸前の絶望的な世界。老人はギャグ補正で無双する〜 📝 4,929文字 ✅ 全年齢

あらすじ

Gravity Noir〜地球滅亡寸前の絶望的な世界。老人はギャグ補正で無双する〜 - 第9話Ambush

本文

大阪方面の対処は、ひとまずダニエル率いるアジア支部へ任せることになった。蛟龍は月華連邦本部の監視室で、複数の偵察記録を繰り返し見返していた。大阪の狂四郎とモGURA。静岡で確認された異常な筋肉男。日本軍唯一の能力者、一条時雨。そして、どれだけ攻撃を受けてもほとんど損傷せず、損傷しても瞬時に再生する黒いトカゲ。どれも既存の戦闘データだけでは説明がつかなかった。

 特に時雨とゴミトカゲは気になる。時雨の重力操作は不安定だが、瞬間的な出力だけなら地球侵攻部隊の能力者の中でも上位に入る。ゴミトカゲに至っては、防御力と再生力の上限が見えない。あれを倒す方法が存在するのかすら分からなかった。

「データが足りないな」

 蛟龍は短く呟き、端末を操作した。

 数分後、監視室の扉が開く。入ってきたのは眼鏡をかけた細身の青年だった。姿勢は真っ直ぐで、派手な武装もない。ただ左腕に大型の盾を装着し、腰には短剣と拳銃を下げている。

「お呼びでしょうか、蛟龍様」

「アカツキ・ノジマ。任務を与える」

 アカツキは静かに頭を下げた。

「日本へ向かえ。一条時雨を討伐しろ。ただし、可能な限り戦闘データを取れ。加えて、周辺にいる未知戦力の能力、行動パターン、弱点を確認してこい」

「承知しました」

 蛟龍は端末に保存された映像を表示した。時雨の重力攻撃、ゴミトカゲの再生、タフの不可解な行動、ケリーの戦闘記録。アカツキは一度見ただけでほとんどの動きを覚えていく。

「一条時雨については、既存資料も渡す。彼女は能力そのものは強いが、制御が荒い。特に近距離では重力攻撃を使いにくい。自分まで巻き込む危険があるからだ」

「なるほど」

「侮るな。四天王を一体退けた実績がある」

「分かっています」

 アカツキの声には自信も虚勢もなかった。ただ事実を受け入れているだけだった。

「任せてください」

 そう言って、彼は地球へ向かった。

                ◇

 その日の夜。地下施設では、時雨がゴミトカゲの隣に座っていた。時雨は黒重を膝の上に置き、しばらく黙っていたが、やがて小さな声で尋ねた。

「にーに」

「ん?」

「どうしたら……もっと強くなれる?」

 ゴミトカゲは数秒考えた。

「たくさん食べたら強くなる」

「むー……」

 時雨は露骨に不満そうな顔をした。

「いや、割と大事だぞ。お前小さいし」

「小さくない」

「そこ引っかかるのか」

 少し離れた場所で聞いていたシヴァが勢いよく立ち上がった。

「僕なら教えられるよ!」

 時雨は無言で黒重を抜き、切先をシヴァへ向けた。

「なんで!?」

「ゲスメガネだから」

「理由になってないだろ!」

 その瞬間、廊下の奥から何かが高速で滑ってきた。

「ワシに任せろォォォォォ!」

 ケリーだった。

 全力のスライディングが、そのままシヴァの脛へ直撃した。

「ぐああああ!」

 シヴァが崩れ落ちる。

 ケリーは何事もなかったように立ち上がり、時雨の前で腕を組んだ。

「強くなる方法を知りたいんじゃな?」

 時雨は嫌な予感がした。

 たぶん、まともな答えは返ってこない。

「強くなるには魂を解放しろ!! 大きいうんこをしろ!!! ところてんを食え!」

「真面目に答えてやれよ!」

 イカボンが叫ぶ。

 だが一拍置いて、首を傾げた。

「いや、これが最適解……なのか?」

「お前まで迷うなよ」

 ゴミトカゲが呆れる。

 ケリーはどこからかところてん突きを取り出し、中身を押した。透明でぷるぷるした細長いものが、にゅるん、と器へ落ちる。

 時雨の目が少し見開かれた。

「……なにこれ」

「ところてんじゃ」

 その時だった。

「本当にみんな馬鹿だよね……」

 低く、妙に冷たい声が響いた。

「古典は積み重ねの科目なのに、知識がところてんみたいに新しいのが来たら抜け落ちていっちゃうんだよね……」

 一同が固まった。

 そこには、いつの間にか恰幅のいい老人が立っていた。

 TNO。

 時雨は知らない人物だった。

 だが本能が警鐘を鳴らした。呼吸が浅くなり、左手が自然に黒重の柄へ伸びる。戦場で強者に出会った時と同じ反応だった。

 いや、それ以上だった。

 横を見る。

 イカボンが平伏している。

 タフも平伏している。

 シヴァもゴミトカゲも、ケリーですら妙に大人しい。

 時雨の頬から血の気が引いた。

 TNOは時雨を一瞥した。

「目障りだ。消えろ」

 それだけ言って、帰っていった。

 沈黙が残った。

「……にーに」

 時雨の目に涙が浮かぶ。

「あの人だれ? こわかった」

 ゴミトカゲは震えていた。

「俺らにどうにかできる次元の人間じゃない」

「そんな人いるの……?」

「いるんだよ……」

 時雨はさらに怖くなった。

重苦しい空気を壊したのはケリーだった。彼は何事もなかったようにところてんを器へ移し、酢を大量に注ぎ始める。

「では気を取り直して」

「気を取り直せるか!」

 イカボンの突っ込みを無視し、ケリーはところてんを箸でつまんだ。

「はい、あーん」

「え?」

 そのまま時雨の口へ突っ込む。

「ふにゃあ!? すっぱい! すっぱいよー!!」

 時雨は涙目になり、両手で口元を押さえた。酸味が想像以上に強かったらしい。頬を膨らませながら、恨めしそうにケリーを睨む。

 その横でシヴァが鼻血を出していた。

「かわい……」

「お前は黙ってろ」

 ゴミトカゲが冷たく言った。

「すまんすまん」

 ケリーは全く反省していない顔で時雨の頭を撫でる。

「ちなみに、どこに課題を感じたんじゃ?」

 時雨はしばらくむすっとしていたが、やがて答えた。

「魔力が……少なくて。能力をたくさん使えない」

「少ない?」

 ケリーは首を傾げた。

「別にそれじゃったら、ワシの見た感じ何も問題ないぞ」

「……え?」

「重力操作がいくら魔力食うからって、その量なら絶対に問題ないはずじゃ」

 時雨は目を瞬かせた。

「具体的に言うと、TNOの六十分の一ぐらいはある」

「それ多いの?」

「比較対象がおかしすぎて分からねぇよ!」

 イカボンが叫ぶ。

 ケリーは続けた。

「少なくとも、あの四天王のギャンブラーの数十倍の魔力量はあるぞい」

「……じゃあ、なんで?」

 時雨の声は本気で困惑していた。

「それはワシにもまだ分からん」

 ケリーは珍しく真面目な顔になった。

「魔力が足りないんじゃない。使えてないだけかもしれん。身体側が制限しとるのか、能力の構造に問題があるのか、あるいは別の原因か」

 時雨は黙り込んだ。

 ずっと自分は魔力量が少ないのだと思っていた。だから長時間能力を使えない。だから強い時と弱い時の差が激しい。そう説明されてきた。

 もし、それが違うのなら。

「時雨」

 ケリーが声を落とす。

「昨日の質問の答えは出たか?」

 時雨は少し考え、首を横に振った。

「……まだ」

「そうか」

 ケリーは笑った。

「見つかると良いのう」

 数日後。

 アカツキ・ノジマは数人の部下を連れ、地球へ降り立った。大規模部隊を使う気はなかった。今回の目的は占領そのものではなく、一条時雨と未知戦力の観察だ。

 必要なのは、少人数でも制圧できる場所。

 そして日本政府が放置できない場所。

「東京スカイツリーが適切ですね」

 アカツキは地図を見ながら判断した。

 地球と月華連邦では、戦術兵器の水準に大きな差がある。個人携行火器、防具、能力者、近距離戦闘装備。そこでは月華連邦が圧倒している。

 しかし戦略兵器の差は、そこまで極端ではない。

 地球側にも長距離ミサイル、防空網、戦闘機、大規模爆撃手段がある。月華連邦軍といえど、巨大艦艇を無防備に飛ばし続ければ損害を受ける。そのため都市部では、少人数の精鋭が要所を制圧する戦法が有効だった。

 午後八時。

 アカツキを含む六名の部隊が、東京スカイツリーを制圧した。

 施設内部の警備は短時間で無力化され、通信設備の一部も掌握された。一般人の多くは既に避難済みだったため、混乱は限定的だった。

 数分後、首相官邸へ報告が届く。

「また幹部格……?」

 最上は頭を抱えた。

「軍では無理です」

 側近が即答する。

「分かってるよ……」

 最上は嫌そうな顔で電話を取った。

 そしてケリーへ連絡した。

             ◇

「スカイツリー?」

 地下施設で電話を受けたケリーは、ソファに寝転がったまま聞き返した。

『はい。月華連邦の幹部格がいる可能性が高いです。できれば内部構造に詳しい人を連れて行ってください』

「間取り知ってるやつおる?」

 ケリーは周囲へ尋ねた。

「ワシはよく知らん」

 時雨が小さく手を上げる。

「たぶん……わかる」

 その瞬間、シヴァが勢いよく立ち上がった。

「分かる! めっちゃ分かる!!」

 明らかに嘘だった。

 ケリーは数秒二人を見比べた。

「時雨可哀想じゃから、ワシ行くわ」

「なんでだよぉぉぉぉ!」

 シヴァが号泣する。

 イカボンは頭を抱えた。

「ジジィのせいで二人が死にそうだから、俺行くわ」

 結局、向かうことになったのはケリー、時雨、シヴァ、イカボンの四人だった。

 軍用車の中では、緊張感とは無縁の会話が続いていた。

「ところで」

 ケリーが顎に手を当てる。

「桃太郎って、なんでラズベリーでも炊飯器でもなく桃から生まれたんじゃろ」

「どういう疑問だよ」

 イカボンが即座に突っ込む。

 シヴァは少し考えた。

「岡山県の話だから?」

「は? アホじゃねぇの?」

「……」

 シヴァが一瞬で萎縮した。

 イカボンは珍しく同情した。

「今のはシヴァ可哀想だわ」

 時雨だけがキョトンとしていた。

「ワシが思うに……桃の形がケツに似てるからじゃと思う」

「んなアホか! 時雨の前で何言ってんだよ!」

 イカボンが怒鳴る。

 だが時雨は窓の外を見ていて、聞いていなかった。

 シヴァがそっと声をかける。

「時雨ちゃん」

「ん……」

「時雨ちゃんは僕が守るからね」

「へー」

 興味のない返事だった。

 イカボンは笑いを堪えきれず、窓の方を向いた。

 そんな緩い空気の中で、ケリーだけは途中から黙っていた。

 なぜ今、東京スカイツリーなのか。

 象徴的な施設ではある。

 だが軍事的な価値は限定的だ。

 占領するだけなら、もっと効率のいい場所はいくらでもある。

 誰かを呼び寄せたい。

 そう考える方が自然だった。

「……誘われとる気がするのぉ」

 ケリーが小さく呟いた。

 スカイツリーへ到着した四人は、正面入口から内部へ入った。

 最初にケリーとシヴァが扉を抜ける。

 続いて時雨が入ろうとした、その瞬間だった。

 重い防火扉が勢いよく閉まった。

「!?」

 時雨がすぐ取っ手へ手をかける。

 開かない。

「ケリー!」

「時雨!」

 向こう側からイカボンの声が聞こえる。

 その時、背後から足音が響いた。

 時雨は振り返る。

 眼鏡をかけた男が立っていた。

 左腕に盾。

 腰に拳銃。

 姿勢は静かで、隙がない。

「一条時雨」

「……誰」

「アカツキ・ノジマ」

 時雨は黒重を抜いた。

 ケリーたちが扉の向こうで何か叫んでいる。

「わたしは大丈夫!」

 時雨は振り返らず叫ぶ。

「スカイツリーを……だっかんして!」

 一瞬の沈黙。

 そして向こう側からケリーの声がした。

「無茶すんなよ!」

「……うん」

 時雨はアカツキへ向き直った。

 戦闘が始まる。

 先に動いたのは時雨だった。

 黒重を斜めに振り下ろす。

 アカツキは盾で受ける。

 火花が散った。

 時雨はすぐに刀を返し、横薙ぎ、突き、下段からの斬り上げへ繋げる。

 全て防がれる。

「……っ」

「右肩が下がる」

 アカツキが呟いた。

 時雨の斬撃の直前に、盾が先回りする。

「踏み込み前、左足が僅かに外へ向く」

 次の攻撃も防がれた。

「能力使用前、呼吸が一度浅くなる」

 時雨の左目が紫色に光る。

 重力を発動しようとする。

 その瞬間。

 アカツキが一気に距離を詰めた。

「近すぎると使えない」

 強烈な蹴りが時雨の腹へ突き刺さる。

「がっ……!」

 時雨の体が吹き飛び、床を転がった。

 アカツキは追う。

「重力操作。その能力、至近距離では使いにくいでしょう」

 時雨は腹を押さえながら立ち上がる。

「自分まで巻き添えを食らう」

 その通りだった。

 大きな重力場を作れば、自分にも影響が及ぶ。

 相手が離れている時なら問題ない。

 だが密着されれば、下手に出力を上げられない。

 アカツキは知っている。

 時雨の戦い方を。

 癖を。

 弱点を。

 全部。

 時雨は呼吸を整えながら、窓の外を見た。

 雲が流れている。

 月が見えたり、隠れたりしていた。

 待つ。

 あと少し。

 アカツキが迫る。

 時雨は刀で防ぐ。

 盾が黒重を弾く。

 さらに一歩。

 月が雲へ隠れたその瞬間。

 時雨は懐から拳銃を抜いた。

 銃口はアカツキへ向いていない。

 街灯に発砲する。

 光が消える。

 周囲が完全な闇に沈んだ。

「……!」

 アカツキの視界が一瞬だけ途切れる。

 その闇の中で。

 漆黒の刃が走った。

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