第10話Counter

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/11/3 📚 シリーズ: Gravity Noir〜地球滅亡寸前の絶望的な世界。老人はギャグ補正で無双する〜 📝 5,813文字 ✅ 全年齢

あらすじ

Gravity Noir〜地球滅亡寸前の絶望的な世界。老人はギャグ補正で無双する〜 - 第10話Counter

本文

月が雲へ隠れ、東京スカイツリーの周囲から光が消えた。その一瞬を、時雨は待っていた。懐から抜いた拳銃で街灯を撃ち抜き、視界を完全な闇へ沈める。アカツキの戦い方は徹底的に「見る」ことへ依存している。ならば見えなければいい。単純だが、少なくとも一瞬だけはデータの外へ出られる。

「能力解放アクティベータ」

 左目が紫色に強く輝く。時雨は刀身ではなく、自分の体へ向かう重力の方向を横へずらした。普通なら地面へ引かれるはずの力が、瞬間的に横方向の加速へ変換される。足を蹴るより先に体が飛び、漆黒の刀身が闇に溶けた。

「彩雲!」

 黒重が横一文字に走る。

 アカツキの手前にいた二人の兵士は、その攻撃を認識することすらできなかった。闇夜の中では黒い刃が見えない。重力で限界まで加速した横薙ぎが二人の首を同時に通過し、遅れて血が噴き上がった。二つの頭部が床へ落ち、その音だけが暗闇の中へ鈍く響く。

「……素晴らしい」

 アカツキの声がした。

 怯えていない。

 むしろ笑っている。

 次の瞬間、乾いた発砲音が響いた。照明弾が高く撃ち上げられ、白い光が周囲を強烈に照らし出す。闇は一瞬で消え、時雨の姿も黒重の位置も丸見えになった。

「暗闇を利用し、黒い刀を視認しにくくする。そこへ重力加速を組み合わせる。既存データにはありませんでした」

 アカツキは巨大な盾を前へ構えた。

「だから今、記録しました」

 時雨は歯を食いしばり、そのまま斬り込む。彩雲の勢いを残した一撃が盾へ激突し、金属音がスカイツリーの壁に反響した。盾は大きく凹んだが、破壊には至らない。

 時雨はそこで初めて、アカツキが単に防御の堅い相手ではないと理解した。盾を構える角度が毎回微妙に違う。刃を真正面から受けているのではなく、力の流れる方向を読んで衝撃を逃がしている。時雨が斬るより先に、どこへ力が抜けるかまで計算されていた。力任せに押し切ろうとすればするほど、黒重の軌道は少しずつずらされていく。

「硬い……!」

「対能力者用複合装甲です」

 アカツキは盾を押し返す。時雨はすぐ距離を取ろうとした。近距離では重力場を広げられない。数メートルでも離れれば、自分を巻き込まずに圧力をかけられる。

 しかしアカツキは離さなかった。

 左手が時雨の右腕を掴む。

「……っ!」

 時雨は即座に黒重を返し、アカツキの腕へ斬りつける。ところが刃が届く直前、アカツキは手を離した。抵抗が突然なくなり、時雨の上体が僅かに流れる。

 その一瞬で十分だった。

 回し蹴りが背中へ突き刺さる。

「がっ……!」

 時雨の小さな体が数メートル吹き飛び、床を転がった。息を整える暇もなくアカツキが踏み込む。銀色のナイフが振り下ろされ、時雨が黒重で防ごうとした瞬間、刃の軌道が変わった。

 腹へ突き刺さる。

「ぁ……!」

 鋭い痛みが走った。

 時雨の力が抜ける。アカツキはナイフを抜き、そのまま倒れた時雨の頭を靴底で押さえつけた。頬が冷たい床へ押しつけられ、紫色に光っていた左目が苦痛で細くなる。

「重力操作。素晴らしい能力です」

 アカツキの声は静かだった。

「本来なら、私に勝ち目はなかった」

 時雨は黒重を握ったまま動こうとする。しかし頭を踏まれ、腹から血が流れ、腕にも力が入らない。

 過去にも敗北寸前まで追い込まれたことはある。だが、ここまで自分の一挙手一投足を先読みされたことはなかった。強い相手なら、まだ力比べができる。速い相手なら、重力で動きを鈍らせればいい。けれどアカツキは、時雨が何を選ぶかを先に知っている。戦う前から、自分の手札を全部見られているようだった。

「何故、今こうなっているか分かりますか?」

「……」

「データがあるからです」

 アカツキは眼鏡を指で押し上げた。

「私はあなたのことを知っている。踏み込みの癖、刀の軌道、重力を使う前の呼吸、出力の不安定さ、近距離で能力を使えないこと。過去の戦闘記録から、全部覚えました。だから何も怖くない」

 時雨は唇を噛んだ。

「もし漫画だったなら、あなたはこの瞬間に急成長し、私のデータにない技を突然使って逆転するのでしょう」

 アカツキは僅かに笑う。

「ですが現実では、そんな都合のいいことは起きません。仮に起きても、私は逃げます。そして部下に観察させ、またデータを取る。それだけです」

「なにが……いいたいの?」

「私はあなたに感謝しているんですよ」

 時雨の眉が僅かに動く。

「あなたを殺せば、私はセレーネ・ストライクに入れるかもしれない」

 アカツキは明らかに機嫌が良かった。

「少しだけ、あなたが知らなさそうなことを教えてあげましょう。どうせ死ぬんですから」

 時雨は何も言わない。

「セレーネ・ストライクは恐ろしい。全員が能力者として高い練度を持つか、あるいは理不尽なほど強力な能力を備えている。ゲートを開いた者も珍しくない。神器を手に入れた者さえいる」

 アカツキの口調には、憧れと畏怖が混じっていた。

「私はデータがあっても、おそらく彼らには勝てない。特にクマドリオウギガニ様は別格です。あの方は最強だ。今スカイツリーの内部に閉じ込められている老人でも、きっと勝てないでしょう」

 時雨の指が僅かに動いた。

「そしてあなたは、私にすら勝てない」

 時雨は息を吸った。

「まだ……」

 アカツキが見下ろす。

「終わってない……」

 時雨は無理矢理、膝を立てた。頭を踏みつける足を押し退け、腹の傷を押さえながら立ち上がる。血が床へ落ちる。

「能力解放アクティベータ」

 左目の紫光が、再び強まった。

「紫電!!!!」

 黒重の剣先へ重力が一点集中する。

 時雨は最後の力を振り絞るように踏み込んだ。

その頃、スカイツリー内部では、ケリーとシヴァが制御室へ向かっていた。遅れて合流したイカボンも、息を切らしながら二人を追っている。驚くべきことに、シヴァは本当に内部構造を把握していた。階段、業務用通路、非常扉の位置まで迷わず選び、最短経路で制御室前へ辿り着く。

「お前、本当に間取り知ってたのかよ」

「当たり前だろ。僕をなんだと思ってるんだ」

「ゲスメガネ」

 イカボンが即答する。

「それ時雨ちゃんだけが呼んでいいやつ!」

 制御室の扉を蹴り開けると、そこには月華連邦兵が数人待ち構えていた。シヴァは一瞬で姿勢を低くし、床を蹴る。彼の最大の武器は圧倒的な速度だ。普通の兵士なら、攻撃を認識した時にはもう倒れている。

 だが敵は動いた。

 シヴァの拳が届く寸前、兵士が半歩横へずれる。

「……!」

「ヘッ。お前のことは知ってるんだよ」

 兵士が笑った。

「スピードはある。でも技術は荒削り。方向転換に無駄があるし、狭い部屋だと加速距離も取れねぇ」

 別の兵士がシヴァの脇腹へ蹴りを入れる。

「ぐっ!」

「お前が半グレやってた頃から、アカツキ様はデータを取ってるんだ」

 シヴァは舌打ちした。確かにこの部屋は狭い。机、端末、椅子が並び、いつものように大きく距離を取れない。速度で上回っていても、移動先を予測されれば攻撃は当たらない。

 それでもシヴァは一度、壁を蹴って強引に角度を変えた。正面ではなく天井近くまで跳び、相手の死角へ入ろうとする。しかし兵士は一歩下がるだけで回避し、着地点へ先に銃口を向けた。シヴァは身を捻って射線を外したが、その際に肩を机へぶつける。速度があるほど、狭い空間では自分の動きそのものが制約になっていた。

 拳を避けられ、逆に肘を入れられる。

 頬が切れる。

 さらに肩へ刃が掠め、血が滲んだ。

「くそっ……!」

 シヴァがもう一度踏み込もうとした瞬間、背後から何者かに突き飛ばされた。

「邪魔じゃ!」

「うわっ!」

 ケリーだった。

 シヴァを押し退けたケリーは、懐から奇妙な仮面を取り出す。大仏の顔を無理矢理ヒーロー風に加工したような、どう見ても正気ではない仮面だった。

「何それ」

「変身アイテムじゃ」

 ケリーは装着した。

「俺は正義の大仏マン! 煩悩は俺が許さん!!!」

「なんか始まったよ……」

 イカボンはもう止める気もなく、壁にもたれた。

 どこからともなく伴奏が流れ始める。

「暗黒の世紀末〜♪ 民を救う光となれ〜♪」

 ケリー――大仏マンが両腕を広げる。

「救済の道は〜たーだー一つ〜♪ 煩悩を捨てて〜♪ 悟りを開けぇ〜♪」

 背後から妙に楽しそうな合いの手が入る。

「ソープランド! ソープランド! デリヘル! デリヘル!」

「煩悩全開じゃねぇか」

 イカボンが冷静に突っ込んだ。

「悟りを開きぃ〜♪ 君はなーる〜♪」

 大仏マンは右拳を掲げる。

「株式会社エージェンシー♪」

「どこだよその会社」

「顧客の資金横領し決めろ必殺――ウルトラスーパーミラクルセックスパンチ!」

 ケリーの拳が敵へ飛ぶ。

 避けられた。

「外したぞ!」

「想定内じゃ!」

「絶対嘘だろ!」

「横領は〜犯罪〜♪ 食えよシャー芯〜♪ 曼荼羅キック!!」

 今度は回し蹴り。

 また避けられた。

「またかよ!」

「グワァ! 大仏マン大ピンチ!」

「お前一発も食らってねぇだろ」

 その時。

「負けないで! 大仏マン!」

 女性のように甘ったるい声が響いた。

 全員が振り返る。

 そこに立っていたのは、先日突然現れ、時雨を一言で泣きそうにさせた恰幅のいい老人だった。

「TNOちゃん!?」

 ケリーが歓喜する。

 イカボンの顔面から血の気が消えた。

「なんでいるんだよ……」

 TNOは妙に艶っぽく微笑む。

「あとで、いとをかししてあげる❤️」

「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 大仏マンの全身に謎の力が漲った。

「超必殺!」

 敵兵が身構える。

「札束で頬ぺちぺち!」

「技名弱っ!」

 大量の札束がどこからともなく現れ、敵兵の頬を高速で叩き始めた。

 一枚一枚はただの紙幣のはずなのに、当たるたびに頬へ異様な衝撃が走る。札束は左右から交互に叩きつけられ、最後には分厚い束そのものがハンマーのように顔面へめり込んだ。月華連邦の兵士は何が起きているのか理解する暇もなく、ただ「金が痛い」という人生でも二度と使わないであろう感想だけを残した。

「グワーッ!」

 何故か凄まじい威力だった。

 敵兵はそのまま窓際まで吹き飛ばされ、割れた窓の外へ消えていく。

 意味不明だった。

 その後ろでは、大仏マンとTNOが「いとをかし」を始めていた。具体的に何をしているのか誰にも分からなかったし、理解したい者もいなかった。

「それより時雨は!?」

 イカボンの一言で、全員が我に返った。

制御室を確保した三人は、時雨が取り残された区画へ通じる経路を探した。しかし防火シャッターが完全に閉じ、通常の操作では開かない。シヴァが隙間へ指を入れようとするが、びくともしなかった。

「下がってろ!」

 ケリーが前へ出る。

「ワシがここを破壊する」

「おお、やっと真面目に――」

 ケリーは固定電話を取り出した。

 イカボンの表情が止まる。

「……何してんだ」

「電話する」

「電話線繋がってねぇだろ!」

 ケリーは受話器を耳へ当てた。

「もしもし?」

 当然、何も聞こえない。

「繋がらん」

「当たり前だろ! 早く出ないと時雨が!」

 シヴァも焦っていた。

「ケリー! ふざけてる場合じゃないだろ!」

「仕方ないのぉ」

 ケリーはポケットから携帯電話を取り出した。

「持ってるんなら最初からそっち使ってくれ!」

 シヴァとイカボンの声が重なった。

 ケリーはどこかへ電話をかける。

「ケリーです。あのー。あ、そうですか。いやーそこをなんとか」

 相手の声は聞こえない。

「え? あ、アボカド三個」

 イカボンが眉をひそめる。

「何の交渉だよ」

「ダメ? 超エキサイティン!!」

「絶対話通じてねぇだろ!」

「オッケー? ありがとうございます」

 ケリーが通話を切った。

 一秒後。

 爆発音が響いた。

「うわっ!?」

 防火シャッターの中央が外側から吹き飛び、金属片が廊下へ散る。煙の向こうに大きな穴が開いた。

「どういう電話だったんだよ!」

「企業秘密じゃ」

 三人はすぐ穴をくぐった。

 その頃、時雨の紫電はアカツキの盾へ真正面からぶつかっていた。

 轟音。

 盾が大きく歪む。

 アカツキの靴底が床を滑り、数メートル押し戻される。

「……なるほど」

 アカツキは歯を食いしばりながら、それでも笑った。

「出力は先ほどより高い」

「まだ……!」

 時雨はさらに重力を刀身へ集中させた。

 腹の傷が開く。

 血が軍服を濡らす。

 視界も霞んでいる。

 それでも押し込む。

 アカツキの盾に亀裂が走った。

「ですが」

 アカツキの右手が動いた。

 盾を突然手放す。

 時雨の黒重が勢い余って前へ流れる。

 アカツキはその瞬間を狙っていた。盾を捨てる判断まで、最初から選択肢の一つとして用意していたのだ。防御具を失うリスクより、時雨の体勢が崩れる一瞬の方が価値が高い。戦闘中ですら感情で動かず、損得だけで最適解を選び続ける。それがアカツキ・ノジマという男だった。

 その瞬間、アカツキは懐へ潜り込んだ。

 拳が腹の傷へ突き刺さる。

「ぁ……!」

 時雨の呼吸が止まった。

 黒重が手から離れる。

 続けて首を掴まれ、そのまま持ち上げられた。

「これもデータ通りです」

 アカツキの眼鏡に照明弾の光が反射する。

「あなたは追い詰められると、出力を上げて正面から押し切ろうとする」

 時雨は両手でアカツキの腕を掴んだ。

「く……っ」

 足が床から浮く。

 呼吸ができない。

 視界の端が暗くなる。

 アカツキの腹には、紫電が盾を押し込んだ際についた大きな裂傷があった。服は血で濡れている。決して無傷ではない。

 それでも、時雨よりは動けた。

「あなたは強い」

 アカツキは淡々と言う。

「ですが、強さだけでは勝てない」

 時雨の指から力が抜け始める。

 その時。

 後方で爆発音がした。

 アカツキが僅かに振り向く。

 煙の向こうから三つの影が走ってくる。

「時雨!」

 シヴァの声だった。

 イカボンも続く。

 そしてその中央。

 ブロッコリーTシャツを着た老人が、いつになく真っ直ぐ前を見ていた。

 ケリーの視線が最初に捉えたのは、床に転がる二つの首のない死体だった。

 次に、血のついた黒重。

 そして。

 腹から大量の血を流しながら、アカツキに首を締め上げられている時雨。

 ケリーの表情から、笑みが消えた。

 普段なら誰かが怪我をしていても、まず一つは意味不明なことを言う老人だった。そのケリーが何も言わない。イカボンはそれだけで、状況の危険さを理解した。シヴァも同じだった。アカツキの腕の中で苦しそうにしている時雨を見た瞬間、さっきまでの傷の痛みすら忘れていた。

「……おぬし」

 低い声が響く。

 アカツキが眼鏡越しに老人を見る。

「ケリー、ですね」

 時雨は薄れかけた意識の中で、ようやく三人の姿を認識した。

「お……じぃ……」

 その声はほとんど聞こえなかった。

 だがケリーには届いた。

 老人はゆっくり拳を握った。

 スカイツリー近隣の空気が、変わった。

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