第12話Defiance
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あらすじ
Gravity Noir〜地球滅亡寸前の絶望的な世界。老人はギャグ補正で無双する〜 - 第12話Defiance
本文
その頃、大阪。月華連邦アジア支部は、侵略軍とは思えないほど大阪を満喫していた。昼はゲームセンター、夕方はボウリング、夜はカラオケ。時には高級焼肉へ行き、時にはたこ焼きを食べ歩き、次の日にはまた別の娯楽施設へ出かける。ダニエル直属の兵士たち、通称ダニエルファンクラブもほぼ同じ生活を送っており、軍事行動らしい軍事行動はほとんどしていなかった。
真面目に仕事をしているのは、タツオミとその部下だけだった。
「いい加減にしろ!」
ある日の昼、タツオミの怒声がタワーマンションの一室へ響いた。ダニエルはソファで寝転がりながらゲームをしており、太陽神は窓際で頭に日光を当て、ガルシアはパスタの残りを食べている。
「なんだよ、うるせぇな」
ダニエルが面倒そうに顔を上げた。
「いつまで遊んでいるつもりだ! 我々は大阪侵攻のために派遣されたんだぞ! さっさとここを滅ぼせ!」
タツオミは本気で怒っていた。自分は敗北の責任を背負い、蛟龍から直接この支部へ合流するよう命じられた。それなのに指揮官はゲームセンターのメダルを増やすことに本気になっている。あまりにも馬鹿にされているように感じた。
ダニエルはしばらく無言でタツオミを見つめた。
そして立ち上がる。
タツオミの肩へ手を置く。
「お前、あんま調子乗んない方が良いよ」
声は静かだった。
笑ってもいない。
それまで部屋にあった緩い空気が、一瞬で消えた。
タツオミの背中へ冷たい汗が流れる。ダニエルは自分より年下だ。普段はふざけている。人を煽り、ゲームで騒ぎ、パスタを作っているだけに見える。だがその一瞬、タツオミは理解した。
こいつは強い。
自分が今ここで一歩間違えれば、殺される。
「ま、まあまあ」
太陽神が割って入った。
「そろそろサボってんのバレる頃じゃねぇか? いつも通り仕事するか」
「チャカルァァァイイイイ!! そうですね! 蛟龍さんに怪しまれるのも面倒ですし!」
ガルシアも頷く。
ダニエルはタツオミの肩から手を離した。
「じゃあ、お前に俺らのやり方教えてやるよ」
「やり方?」
「侵攻するだろ。そこの一番強い奴を探す」
ダニエルは指を一本立てる。
「そいつを死なない程度に適当にボコす」
二本目。
「その映像をSNSとかに上げる」
三本目。
「すると『この地域で一番強い奴でも勝てない』ってみんな分かる。戦意なくなる。結果、ほとんど誰も殺さずにそこら一帯を支配できる」
タツオミは黙った。
「お前が異常者じゃないなら、なるべく殺さないで済む方が良いだろ?」
「そ、それでも……我々の先祖を裏切った地球人は全員死ぬべ――」
「俺、それ言ってる奴全員軽蔑してるんだよね」
ダニエルの言葉が被さった。
タツオミが止まる。
「百年以上前どころか、何百年も前の話だろ。俺らも今の地球人も関係ない。昔の奴が昔の奴にやったことの責任を、今生きてる奴に取らせる意味が分からない」
「だが歴史は――」
「歴史は忘れなきゃいい。でも復讐は別だろ」
ダニエルは視線を逸らさない。
「恨みを理由に子供まで殺すなら、昔俺らを追い出した連中と何が違うんだよ」
タツオミは何も言い返せなかった。
「ま、説教はこれくらいでいいや」
ダニエルはいつもの軽い顔に戻る。
「大阪で暴れてるクワガタ倒して、ここでの仕事は終わりにする」
太陽神が笑う。
「やっと仕事か」
「よっしゃ! 太陽神! ガルシア! クワガタ探し行こうぜ。虫取り網は不要だ!」
「えぇ〜、持ってきたかったです」
ガルシアが残念そうに言った。
「片玉ギャンブラー」
太陽神がタツオミを見る。
「お前も来るんだよ」
「誰が片玉ギャンブラーだ!!」
タツオミは抵抗したが、半ば引きずられるようにして外へ連れ出された。
大阪の街は夕方を迎えつつあった。避難区域が増えたせいで人通りは少ない。それでも遠くにはまだ看板の明かりが残り、街全体が死んだわけではないことが分かる。
「クワガタって夜行性だったっけ?」
ダニエルが歩きながら尋ねる。
「モグラ連れてるらしいし、尚更夜行性かな?」
「クワガタは夜にライト置いとくと捕まえられますよ」
ガルシアが答える。
「おっ! ライトならここにあるじゃん!」
ダニエルが太陽神の頭を指差した。
「俺がハゲって言いたいのかよ!!」
太陽神のこめかみに青筋が浮かぶ。
「俺はお前みたいな髪型決まらなくて絶望してる軟弱者とは違うんだよ!」
「やんのかコラ!」
二人がその場で掴み合いを始めた。
「チャカルァァァイイイイ!! 喧嘩はダメですよ! クワガタ探すんでしょ!?」
ガルシアが止める。
タツオミは自然と涙が流れてきた。
自分は四天王だ。
月華連邦地球侵攻部隊の最高幹部の一人だ。
なのに今、自分は片玉を失い、年下の支部長に説教され、ハゲとモジャモジャの喧嘩を見せられながらクワガタを探している。
「……屈辱だ」
誰にも聞こえない声で呟いた。
五分後。
標的は普通に見つかった。
狂四郎とモGURAは、道路脇のマンホールの前でしゃがみ込んでいた。
「なぁモGURA。今誰も見てへんから、このマンホールの中見ても怒られへんよな?」
「フッ。そこに穴があるなら、漢なら飛び込みたくなるだろ?」
「それは知らん」
あまりにも平和だった。
「いたぞ!」
タツオミが真っ先に飛び出そうとする。
だが太陽神に襟首を掴まれ、その場から一歩も動けなかった。
「待て片玉」
「離せハゲ!」
そんなやり取りをしているうちに、狂四郎の触角が動いた。
「ん?」
振り返る。
「月華連邦か? お前ら」
大顎が嬉しそうに鳴る。
「この前の玉無し君と……後ろ三人は初めてやな」
「玉無しじゃねぇ!!」
「それなりに強そうやん」
狂四郎は明らかに喜んでいた。
「ええやん、嬉しいやん!!」
次の瞬間、狂四郎が踏み込んだ。
狙いはダニエル。
大顎が横薙ぎに走る。
ダニエルは腰の剣を抜き、真正面から受けた。金属音と同時に腕へ凄まじい衝撃が走り、靴底が数十センチ滑る。
「重っ!」
「受けたな!」
狂四郎がさらに踏み込む。
大顎、前脚、体当たり。虫の身体を使った不規則な連撃へ、人間の格闘技の重心移動が混ざる。ダニエルは剣で軌道を逸らし、最小限の動きで受け流す。
一撃ごとに空気が震える。
タツオミは息を呑んだ。
狂四郎の強さは知っている。
自分は右足を賭けて強化しても、ほとんど相手にならなかった。
だがダニエルは違う。
真正面から戦えている。
「へぇ!」
狂四郎が笑う。
「お前、やるやん!」
「そりゃどうも!」
ダニエルは大顎を剣で滑らせ、そのまま懐へ入る。拳を腹へ叩き込み、続けて膝を入れる。狂四郎の巨体が僅かに浮いた。
だが止まらない。
「戦闘は楽しいなぁ!!」
「こいつマジで戦闘狂だな!」
ダニエルは距離を取ろうとしたが、狂四郎はすぐ追う。剣と大顎が何度もぶつかり、火花が飛ぶ。
数十合。
ダニエルの呼吸が僅かに荒くなる。
「チッ。流石に俺じゃパワー不足か……」
正面から押し合えば、狂四郎の方が上だった。
ならば力比べをする必要はない。
ダニエルは一度剣を引き、狂四郎が前へ出た瞬間、その勢いへ合わせるように体を回した。
強烈な回し蹴りが狂四郎の側頭部へ入る。
巨体が横へ吹き飛び、地面を転がった。
「面白いやん!」
狂四郎はすぐ起き上がる。
一方、少し離れた場所ではモGURAとガルシアが戦っていた。
「地上にいる必要はないな」
モGURAが地面へ潜る。
次の瞬間、ガルシアの足元からピッケルが突き上げられた。
「チャカルァァァイイイイ!!」
ガルシアは横へ跳ぶ。
着地地点からまた攻撃。
さらに背後。
左右。
モGURAは地中を自在に移動し、縦横無尽に攻撃する。
「厄介ですねぇ!」
ガルシアが指を鳴らす。
周囲に無数のシャボン玉が浮かんだ。
紫色。
透明な表面の内側で、毒々しい液体が揺れている。
地中から出たモGURAのピッケルが、そのうち一つの直前で止まった。
「毒か」
「大正解です!」
「割ったら俺は死んでいたな」
「たぶん痺れて三日は立てないですよ!」
「死なないのか」
「調整してます!」
ガルシアはシャボン玉を地面近くへ密集させる。
モGURAが潜って移動しても、出てくる場所が限られる。出現地点に毒泡を置かれれば、攻撃の角度も制限される。
「面白いな」
モGURAが地面から半身を出す。
「地下を封じられたのは久しぶりだ」
「褒めても何も出ませんよ!」
だがモGURAはそこで戦い方を変えた。
潜るのをやめる。
真正面から走った。
「え?」
ガルシアの顔が引きつる。
近距離。
そこはガルシアの苦手な間合いだった。
ピッケルが振り下ろされる。
泡で軌道を逸らす。
次の一撃。
避ける。
さらに三撃目。
「チャカルァァァイイイイ!! 近い近い近い!」
ガルシアは一気に防戦一方となった。
その頃、ダニエルは狂四郎から大きく距離を取っていた。
剣を地面へ突き立てる。
「冥き地の底より、黄金の魔力に魅入られし者よ――」
狂四郎が動きを止めた。
「なんや?」
ダニエルの周囲に黒い魔力が渦巻き始める。
「かつては誇り高き一族の徒でありながら、血塗られた黄金と呪われし指輪に魂を喰われ、尽きることなき強欲によって、その身を異形へと堕とした哀れなる亡者よ」
空気が重くなる。
「グニタヘイズの荒野に巣食い、万の財宝を抱きし貪欲なる王。汝の鱗は刃を弾く鋼鉄の鎧、汝の吐息は生命を腐らせる死の毒霧」
タツオミですら息を呑んだ。
「我はここに贄を捧げ、血と魔力をもって冥府の門を叩き開く。いにしえの呪縛を解き放ち、我が敵を蹂躙する絶望の顎となれ!」
地面へ巨大な魔法陣が広がる。
「這い出でよ、呪われし黄金の守護者。全てを貪り喰らう、強欲なる大邪竜――顕現せよ、ファブニル!」
轟音。
黒煙の中から、巨大な邪竜が姿を現した。
狂四郎の複眼が輝いた。
「ええなぁぁぁ!!」
圧倒的な威圧感。
巨大な翼。
鋭い爪。
黒い鱗。
まさしく伝説の邪竜だった。
ファブニルが口を開く。
「なぁダニエル」
「なんだ」
「お前、今まで詠唱なんてしてたっけ?」
「いや、してない」
ダニエルは普通に答えた。
「雰囲気出るかな? って思って」
全員がずっこけた。
いや長すぎやろ!」
狂四郎が立ち上がりながら突っ込む。
「ワイ待ってもうたやん!」
「敵がちゃんと待ってくれるタイプで助かったわ」
ダニエルが笑う。
「じゃ、ブレスケア王子。頼む」
「その呼び方やめろ」
ファブニルが大きく息を吸った。
ダニエル、太陽神、ガルシアはほぼ同時にガスマスクを装着する。
タツオミだけが何も持っていなかった。
「……おい」
嫌な予感がした。
ファブニルが吐く。
炎ではない。
毒霧でもない。
凄まじくニンニク臭い息だった。
「ぐっっっっっっっっっっっっっさ!!!!」
タツオミの目がひっくり返る。
そのまま気絶した。
モGURAも直撃を受ける。
「ダチ公……俺、もう……」
倒れた。
ファブニルは得意げに胸を張る。
「高校時代のあだ名はブレスケア王子でした」
「自慢にならへんやろ」
狂四郎だけは平然としていた。
「……あれ?」
ダニエルが首を傾げる。
「効いてない?」
「すまん」
狂四郎が大顎を鳴らす。
「ワイ鼻ないから効かへんわ。触角でなんとなく変な匂いなのは分かるんやけど」
沈黙。
「ブレスケア王子。戻れ」
「はい」
ファブニルは素直に消えた。
狂四郎は笑う。
「おもろい能力やったけど、相性最悪やったな」
「クソ……」
ダニエルが頭を掻く。
だが狂四郎は忘れていた。
一人。
最初からほとんど動いていない男がいる。
太陽神。
彼は戦闘開始からずっと、日光の当たる位置を維持していた。
スキンヘッドが異様なほど輝いている。
「……来るぞ」
ダニエルが一歩下がった。
太陽神が腰を落とす。
頭部に集められた光が白熱する。
「鏡面頭蓋――」
狂四郎の本能が危険を告げた。
「光殺撃!!」
ミラー・スカル・イレイザー。
太陽神の頭から、蓄積された太陽光エネルギーが一直線に放たれた。
「うおっ!」
狂四郎は全力で横へ跳ぶ。
光線が通過する。
一瞬遅れて、地面が抉れた。
道路が蒸発し、数十メートル先まで深い溝が刻まれる。
狂四郎は着地して、その跡を見る。
「エグいなぁ」
嬉しそうだった。
「お前ら、なんで月華連邦なんかおるん?」
問いかけられ、ダニエルは少し黙った。
ガルシアも太陽神を見る。
タツオミは気絶したまま。
「俺はもう月華連邦辞めるよ」
ダニエルが言った。
「もうすぐ独立する」
「え?」
ガルシアが振り返る。
「チャカルァァァイイイイ!! それ言って良いんですか!?」
「片玉ギャンブラー気絶してるよな?」
太陽神がタツオミを確認する。
「完全に落ちてる」
「ならいいだろ」
「良くないと思いますけどね!」
ガルシアはそう言いながらも止めなかった。
ダニエルは狂四郎を見る。
「俺は月華連邦に未来はないと思ってる」
その言葉だけは冗談ではなかった。
「トップの皇帝が無能で、こんな無駄な戦争を続けてる。上の連中は出世と面子ばっかり気にして、死ぬのは下の兵士だ」
狂四郎は黙って聞いている。
「こんな組織は早々に切るべきだ」
「独立して、お前はどうするん?」
「国を作る」
ダニエルは即答した。
「信頼できる仲間と一緒に、理想の国を作る。戦争なんてしない。誰も無意味に傷つかない国を」
太陽神が鼻を鳴らす。
「理想論だけどな」
「最初は理想論でいいんだよ」
ダニエルは笑った。
「現実にするために俺らがいる」
ガルシアも頷く。
「チャカルァァァイイイイ!! そのためについてきたんですから!」
狂四郎は大顎を鳴らした。
さっきまでの戦闘狂の笑顔とは、少し違う笑みだった。
「ええ志持っとるやん」
ダニエルは片手を上げる。
「良かったら、お前とあのモグラも仲間になってくれないか?」
「ワイらを?」
「幹部三人じゃちょっと寂しいんだよ」
「寂しいで勧誘すんな!」
太陽神が突っ込む。
「まあ」
狂四郎は倒れているモGURAを見る。
「考えとくわ」
そしてダニエルへ向き直る。
「ちなみにワイの名前は狂四郎。あいつがモGURAや」
「俺はダニエル」
ダニエルは自分の仲間を順番に指差す。
「ハゲが太陽神で、チャラチャラしてるのがガルシア」
「俺がハゲって言いたいのか!!」
「チャカルァァァイイイイ!! 紹介雑すぎません!?」
二人が同時にダニエルへ掴みかかる。
「痛い痛い! やめろって!」
「じゃあな、狂四郎!」
絞められながらダニエルが手を振る。
「またどこかで会おうな!」
「おう!」
狂四郎も大顎を軽く上げた。
そして気絶したモGURAを肩に担ぐ。
「帰るで、ダチ公」
「……ブレス……ケア……」
「うなされとるやん」
狂四郎は苦笑した。
少し離れたところでは、ダニエルが太陽神とガルシアに本気で締め上げられている。
「ハゲって言うな!」
「チャラチャラってなんですか!」
「紹介分かりやすかっただろ!」
その光景を見ながら、狂四郎はもう一度笑った。
月華連邦。
敵だと思っていた。
だがどうやら、その中にも色々な奴がいるらしい。
「おもろなってきたな」
狂四郎は夕暮れの大阪を歩き出した。
一方、地面に転がったままのタツオミはまだ気絶していた。
誰も回収していなかった。
十分後。
「……あれ?」
目を覚ましたタツオミは、周囲に誰もいないことへ気づく。
「おい」
返事はない。
「おい!!」
遠くでダニエルたちの声がする。
「置いてくなぁぁぁぁぁぁ!!」
四天王の叫びが、大阪の夕空へ虚しく響いた。