第13話Threshold

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📅 公開日: 2026/11/6 📚 シリーズ: Gravity Noir〜地球滅亡寸前の絶望的な世界。老人はギャグ補正で無双する〜 📝 5,330文字 ✅ 全年齢

あらすじ

Gravity Noir〜地球滅亡寸前の絶望的な世界。老人はギャグ補正で無双する〜 - 第13話Threshold

本文

大阪での狂四郎との戦闘を終えたダニエルは、その日のうちに蛟龍へ直接通信を入れた。タワーマンションの一室では太陽神とガルシアが荷物を整理しており、少し離れたソファではタツオミが不機嫌そうに腕を組んでいる。通信端末へ蛟龍の姿が映ると、ダニエルはいつもの軽い調子のまま報告を始めた。

「狂四郎と戦闘になりました。近接戦闘では勝ち目なかったです」

 蛟龍の眉が僅かに動く。

『お前でもか』

「ええ。正面から殴り合ったら普通に負けます。あと、狂四郎は臭いが分からないんでファブニルも効果ありませんでした!」

『……そうか』

「なんとか太陽神のハゲビームで撃退しました。ただ向こうはダメージ一切食らってないです」

『お、おう』

 蛟龍は一瞬、どう反応すればいいのか迷った。ハゲビームという単語を正式な戦闘報告として処理する日が来るとは思わなかった。

「モGURAの方はすばしっこいですけど、ガルシアの毒シャボン玉で機動力をある程度殺せます。あいつは狂四郎ほど理不尽じゃない」

『大阪の制圧はまだか? かなり時間を与えたはずだが』

「えぇ。大阪はまだです」

 ダニエルはあっさり認めた。

「でも、日本なら制圧可能です」

 蛟龍の目が細くなる。

『どういうことだ』

「一条時雨を討伐します」

 ダニエルは椅子の背にもたれた。

「日本の最高戦力はあの娘だ。そいつを公衆の面前で倒せば、日本軍の士気は相当落ちる。狂四郎とか筋肉とか、意味分からない奴ら全員を倒す必要はない」

 蛟龍は少し考える。

『なるほど』

「あんたのことだから、早くアホ共を満足させるために俺らを大阪へ移したんでしょ」

 蛟龍は答えない。

「図星?」

『余計な詮索はするな』

「はいはい」

 ダニエルは笑った。

「あんたがこの戦争に反対なの、俺も知ってますよ。たぶん日本を一回沈めれば、国民も軍部もある程度満足する。そこまで持っていけば、戦争の熱も少しは冷めるんじゃないですか」

『できるのか?』

 蛟龍の声が少し低くなる。

『一条時雨だけではない。“理不尽”そのものと戦わなければならない可能性が高いぞ』

 ケリー。

 タフ。

 ゴミトカゲ。

 既存の理屈で説明できない存在たち。

「一回、自分の目で見ないと分からないですよ」

 ダニエルは笑みを消した。

「俺、月華連邦は嫌いだったけど、あんたのことは嫌いじゃなかった」

 蛟龍は黙る。

「だから先に言っときます」

 ダニエルは端末の向こうを真っ直ぐ見た。

「俺は一条時雨をボコしたあと、アジア支部ごと月華連邦を抜ける」

『そうか』

「反応薄すぎ」

『いや』

 蛟龍は僅かに目を伏せた。

『いつか言い出すと思っていた。止めはしない』

 ダニエルが少しだけ驚く。

『ただし、今度会う時は敵同士になるかもしれない』

「へっ」

 ダニエルは口角を上げた。

「あんたらしい」

 通信を切る。

「太陽神、ガルシア」

 二人が振り返る。

「独立近い。荷物まとめとけ」

「ついにか」

「チャカルァァァイイイイ!! 了解です!」

 太陽神が尋ねる。

「お前はどこ行くんだ?」

「ちょっと東京に用事があってね」

 数十分後、ダニエルは大阪港の倉庫に隠していた小型機へ乗り込み、一人で東京へ向かった。

 問題が一つあった。

 ダニエルは、一条時雨がどこにいるのか知らなかった。

 さらに言えば、ろくに調べてもいなかった。

「まあ東京行けば何とかなるだろ」

 ならなかった。

 しばらく上空を飛び続けても、それらしい場所は見つからない。軍基地へ行けばいいのか、官邸へ行けばいいのか、それすら考えていなかった。

 その時。

「ん?」

 郊外に、一軒だけ妙な家が見えた。

 周囲にほとんど建物がない。

 古びた一軒家。

「なんだあのボロ屋。ポツンと一軒家ってやつか?」

 理由はない。

 ただ、妙に気になった。

 ダニエルは小型機を降下させ、家から少し離れた場所へ着陸する。

 見るからに不審だった。

「なんとなく……ここに敵いそうなんだよな」

 もし誰かいるなら、誘い出せばいい。

 ダニエルは少し考えた。

 そして名案を思いつく。

「よう↑こそ〜こ↑こ↓へ〜遊ぼーYOパラ⭐︎ダーイス〜」

 突然、全力で歌い始めた。

              ◇

その頃、地下施設。

 時雨はゴミトカゲの柔らかい腹を枕にして寝転がっていた。戦闘続きだった日々に比べれば、珍しく穏やかな時間だった。少し離れた場所ではタフが何も持たずに腕を振り続けている。

「ゴー! シュート!! ゴー! シュート!!」

「うっせぇ!」

 ケリーが怒鳴る。

「何しとるんじゃ!」

「ベ◯ブレードの素振りッス!」

「素振りあるんかそれ!」

 時雨はその騒ぎを気にせず、ケリーへ顔を向けた。

「おじいちゃん」

「なんじゃ?」

「ゲートと神器って何?」

 ケリーの眉が動く。

「お前、そんなん誰から聞いたんじゃ」

 時雨は少し考える。

「ゲスメガネ二号」

「誰じゃそれ」

「スカイツリーの」

「あー。ワシのスイカバーアタック喰らって吹き飛んだやつか」

「そんな技だったか?」

 イカボンが怪訝な顔をする。

 時雨は頷いた。

「ワシはその辺そこまで詳しくないが」

 ケリーは顎を掻く。

「能力者が練度上げていくと、急に一段階強くなったり、本人専用の強力な武器が生まれたりする。ゲートは前者、神器は後者。そんな認識でええ」

「ふーん」

「てかこの世界ちと都合良過ぎやしないか?」

 ケリーは突然メタなことを言い始める。

「で、ワシこの話誰から聞いたんじゃ? 狩野か? 北山か?」

 時雨の体が僅かに跳ねた。

「!? なんでお父さんと、まおー様のこと知ってるの?」

 イカボンは口を開きかけて止めた。

 狩野って奴にお父さん呼びさせてたのも大概おかしいだろ。

 そう思ったが、黙っておいた。

「ごほっ!?」

 ケリーが盛大にむせる。

「き、北山、あいつ魔王様なんて呼ばせとったのか!?」

 信じられないものを聞いた顔をしている。

「すげぇ変な奴だと思ってたけど、そこまでだったとは……」

「俺、北山元首相とほぼ面識ないけど」

 イカボンが冷静に言う。

「お前にだけは言われたくないって思ってるよ。きっと」

「まおー様優しいもん!」

 時雨が少しむっとする。

「そうじゃの。優しかった」

 ケリーの声が少しだけ落ち着いた。

「ワシとあいつらは友人じゃったな。モガミンより仲良かった」

 時雨の表情が曇る。

「え……あ。ごめんなさい。私の……」

 言葉が止まる。

 狩野も北山も、間接的に自分が原因で死んだ。

 そう思っている。

「それ以上は言うな」

 ケリーが遮った。

「あいつらも、それは望んでないはずじゃ」

 時雨はしばらく黙ったあと、小さく頷く。

「わかった」

 その時。

「ん……」

 時雨が上体を起こした。

「お外に、だれかいる」

「は?」

 ゴミトカゲが首を上げる。

「あ、ちょっ――」

 時雨はもう走り出していた。

 エレベーターへ飛び乗る。

「時雨ちゃん!」

 シヴァがこれを好機と判断して追いかける。

 扉が閉まる。

 ゴミトカゲが呆然とした。

「追わなくていいのか?」

「まあええじゃろ」

 ケリーは平然としていた。

 少し間を置く。

「それより、誰かに話したかったんじゃが」

 ケリーの表情が少しだけ真面目になる。

「時雨が能力を連発できない理由について」

 ゴミトカゲが振り返る。

「ワシの想像に過ぎん」

 ケリーは続ける。

「あの娘、能力そのものにトラウマがあって、無意識に抑えてるんじゃないか?」

「トラウマ?」

「魔力量だけ見れば、あれだけすぐ息切れするのはどう考えてもおかしい」

 ケリーは腕を組む。

「身体が壊れるのを恐れとるのか、昔何か起きたのか。ワシは知らんけどな」

 ゴミトカゲは黙った。

 確かに。

 そう考えれば辻褄は合う。

「てか、それならなおさら追った方がよくない?」

「……確かに」

 ケリーが今気づいた。

 一方、地上。

 時雨は家の外へ出た。

 そこに、そこそこ整った顔立ちの青年がいた。

 月華連邦の雰囲気がある。

 だがこちらに気づいていない。

「よう↑こそ〜こ↑こ↓へ〜遊ぼーYOパラ⭐︎ダーイス〜」

 ずっと歌っている。

 時雨は困惑した。

 シヴァは違う意味で青ざめた。

「もしかして……僕らの住処、月華連邦にバレた?」

 十秒ほど経って。

 ようやくダニエルが二人に気づいた。

 歌が止まる。

「……」

 沈黙。

「聞いてない」

 ダニエルが真顔で言う。

「お前ら二人は何も聞いてない」

 シヴァが目を瞬く。

「俺は一人カラオケするような寂しい奴じゃない。オーケー?」

「お、おう」

 時雨はまだキョトンとしていた。

 ダニエルは咳払いする。

「一条時雨」

 空気が変わる。

「俺は早く日本を攻め落としたい」

 軽さが消えた。

「日本最高戦力のお前を倒せば、随分攻めやすくなるだろ」

 シヴァが前へ出た。

「させるかよ」

 次の瞬間。

 消える。

 ダニエルは少しだけ目を見開いた。

「速っ」

 だが。

 対応は余裕だった。

 シヴァが拳を振り抜く寸前、ダニエルは僅かに首をずらし、懐へ踏み込む。

 拳が顔面へ直撃する。

 眼鏡が吹き飛んだ。

「ぐっ……!」

 シヴァの体が地面を転がる。

「ゲスメガネのメガネが……」

 時雨が呟く。

「ただのゲスになった」

「今それ言う!?」

 倒れながらシヴァが叫んだ。

時雨の背筋に冷たいものが走った。

 シヴァは自分より速い。

 少なくとも純粋な速度では、時雨より明確に上だ。

 そのシヴァが、一撃で沈められた。

 ダニエルはまだ構えてすらいない。

 時雨は黒重を抜く。

 相手から感じる圧。

 狂四郎と同じ。

 あの巨大なクワガタと同じ領域にいる。

 足がすくんだ。

「来ないの?」

 ダニエルが一歩踏み込む。

 消えたように見えた。

「……っ!」

 時雨は反射だけで黒重を上げる。

 ナイフと刀が激突する。

 火花。

 腕が痺れる。

 初撃を受けられたのは、ほとんど奇跡だった。

 ダニエルはすぐ角度を変える。

 時雨は追えない。

 右。

 左。

 背後。

 見えた時にはもう攻撃が来る。

 肩を斬られ、腹へ蹴りを受け、刀を振れば手首を打たれる。

「能力解放アクティベート!」

 時雨は考える前に大技を選んだ。

「紫電!!」

 左目が強く紫色に輝く。

 剣先へ重力を集中。

 一撃必殺。

 しかし。

 ダニエルは真正面から受けない。

 刃へ軽く触れ、軌道を横へ流す。

「……!」

 時雨の体勢が崩れる。

「大技から入るの、悪くないけど」

 ダニエルが回転する。

「読まれやすいよ」

 回し蹴り。

 時雨の頬へ直撃。

 小さな体が横へ吹き飛ぶ。

 地面へ落ちる。

 それでも立つ。

「まだ……」

「根性あるな」

 ダニエルは少し感心した。

 時雨は斬りかかる。

 防がれる。

 腹へ拳。

 膝。

 肘。

 時雨の攻撃はほとんど届かない。

 逆に、ダニエルの攻撃だけが正確に入る。

 黒重を握る指が震え始める。

 それでも離さない。

 家の中。

 ゴミトカゲは時計を見る。

「遅くない?」

 ケリーも少し眉をひそめる。

「確かに」

「見てくる」

 ゴミトカゲがエレベーターへ向かう。

 地上へ出た瞬間。

 時雨が蹴り飛ばされる光景が見えた。

 何かが切れた。

「……お前」

 空気が変わる。

 ゴミトカゲの全身から、明確な殺気が溢れた。

 ダニエルが振り向く。

「また変なの出てきた」

「時雨から離れろ」

 ゴミトカゲが踏み込む。

 速い。

 ダニエルは両腕を上げて受ける。

 衝撃。

 数メートル吹き飛ばされる。

「重っ……!」

 ダニエルは着地する。

 顔には笑み。

「こいつ、時雨より全然強いじゃん」

 ゴミトカゲが続けて殴り込む。

 ダニエルは拳を流し、肘を避け、体当たりを横へ逃がす。

 完全には受けきれない。

 一撃一撃が重すぎる。

 それでも捌く。

 逆に隙を見て強烈な蹴りを顔面へ叩き込む。

 ゴミトカゲの頭が横へ振れる。

 だが倒れない。

「硬っ!」

 次の瞬間。

 ゴミトカゲの拳がダニエルの腹へ入る。

「ぐっ!」

 ダニエルが吹き飛ぶ。

 時雨はその光景を見ながら、息を整えていた。

 格上。

 また格上だ。

 怖い。

 でも。

 戦うと決めた。

 みんなを助けるために。

 なら、やる。

「能力解放アクティベート」

 左目がさらに強く紫色へ光る。

 ダニエルが異変に気づく。

「……やば」

「圧潰!!!」

 重力場が一点へ落ちる。

 地面が一瞬で陥没した。

 空気が押し潰される。

 ダニエルは本能だけで跳んだ。

 あとコンマ数秒遅ければ、全身が地面へ叩き潰されていた。

「危なっ!」

 空中。

 そこへ時雨がいる。

 ダニエルは避けた勢いのまま膝を出した。

 ゴッ。

 意図せず。

 時雨の顔面へ直撃した。

「……あ」

 時雨が地面へ落ちる。

 ダニエルの顔が引きつる。

「……やっべ」

 危うく死にかけたことより。

 十四歳の女子の顔面へ膝蹴りを入れたことの方が気まずかった。

「俺の妹に何してんだよ……」

 背後。

 ゴミトカゲの声。

「殺す」

「いや待て!」

 ダニエルが振り返る。

「トカゲの兄に人間の妹いるわけないだろ! 現実見ろやロリコン粉ぷんぷんかな!?」

 ゴミトカゲが消えた。

「……っ!」

 ダニエルが反応できない速度。

 拳が来る。

「ファブニル!」

 黒い魔力が弾ける。

 巨大な邪竜が割って入った。

 ゴミトカゲの拳。

 ファブニルの翼。

 衝突。

 邪竜は僅かに体を捻り、力を受け流す。

「俺は高校時代、バレー部のリベロだった」

 ファブニルが真顔で言う。

「どんな攻撃も受け止めてやる」

「お前ドラゴンなのに高校行ってたのかよ……」

「偏差値六十八です」

「知らねぇよ!」

 ゴミトカゲがさらに殴る。

 ファブニルは翼、尾、前脚を使い、攻撃を流し続ける。

 力ではゴミトカゲが上。

 だが防御技術が異様に高い。

「くそ……!」

 ゴミトカゲが少しずつ押し込まれる。

 その時。

 エレベーターが開いた。

 ケリー。

 イカボン。

 タフ。

 三人が出てくる。

 そしてケリーは、ダニエルを見るなり両腕を広げた。

「よう↑こそ〜こ↑こ↓へ〜遊ぼーYOパラ⭐︎ダーイス〜」

 ダニエルの顔が真っ赤になった。

「やめろぉぉぉぉぉぉ!!!」

 先ほど一人で熱唱していた記憶が、最悪の形で掘り返された。

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