第14話Riot
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あらすじ
Gravity Noir〜地球滅亡寸前の絶望的な世界。老人はギャグ補正で無双する〜 - 第14話Riot
本文
地上へ出てきたケリーたちを見て、ダニエルは一瞬だけ眉をひそめた。目の前には、先ほどから何度説明されても原理の分からない老人、静岡で狂四郎とモGURAを社会の闇だけで追い返した筋肉、常識人のイカ、そして自分へ殺意を向け続ける黒いトカゲがいる。さらに少し離れた地面では、顔から血を流した時雨が、それでも黒重を手放さずに起き上がろうとしていた。
その緊張感を最初に破壊したのはタフだった。
「ルンリンファンデロローンファストヒューテェンハイジュポィキン?」
ダニエルの動きが止まる。
イカボンも止まる。
「……何語だよ」
「F*ck you b1*ch」
ダニエルが真顔で返した。
「汚ねぇ……」
イカボンが引いた。
「チョンマゲ! チョンマゲ!」
タフが突然両腕を大きく振り回しながら突っ込んだ。構えも間合いも存在しない。ただ全身の筋肉を利用して、左右から意味不明な角度で攻撃を叩き込んでくる。普通なら隙だらけのはずなのに、次にどの部位が飛んでくるのか全く読めない。
「なんだこいつ!」
ダニエルは身体を沈め、右拳を紙一重で避ける。続く頭突きを外側へ流し、膝蹴りも半歩下がってかわした。タフはそれでも止まらず、両手を合わせて謎のチョップを振り下ろす。
「チョンマゲェェェ!!」
「意味分かんねぇんだよ!」
ダニエルは横へ回り込み、背中を向けるように一回転した。
バックブロー。
拳がタフの頬へ直撃する。
鈍い衝撃音が響き、巨大な筋肉が数メートル横へ吹き飛んだ。地面を二度転がり、土煙を上げて止まる。
「タフ!」
イカボンが叫ぶ。
ダニエルは拳を振りながら肩をすくめた。
「さすがに今のは効いたろ」
タフは動かない。
一秒。
二秒。
そして突然、両手足をばたつかせ始めた。
「アアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!キモティェェェェェ!!!」
「なんだ!?」
タフは地面を叩き、足を蹴り、首を左右へ高速で振り続ける。額には青筋が浮かび、口からは意味のない叫び声が漏れ続けている。
イカボンの顔が引きつった。
「まさか……藤沢式発狂術!?」
「知ってるのかよ!」
「知らねぇよ! 雰囲気で言っただけだよ!」
数秒後、タフはぴたりと止まった。
そして立ち上がる。
頬の腫れが消えている。
ダニエルの目が僅かに見開かれた。
「回復した……?」
「キモティー!! キモティー!!」
「ウルセェ!!!」
タフの拳がダニエルの腹へ突き刺さった。
「ぐっ!」
ダニエルの体が後方へ押される。
「今の一発で六十ミンカモのダメージッス!」
ダニエルは腹を押さえながら眉を寄せる。
「どれぐらいか分からない」
「ワシも分からん」
ケリーが頷く。
「単位作るな!」
イカボンの突っ込みが飛ぶ。
ダニエルはタフをじっと見た。
攻撃そのものは粗い。だが、粗いからこそ読みづらい。通常の格闘家なら絶対に選ばない角度から拳が飛び、意味のない叫び声の直後に急加速する。技術ではなく、理解不能そのものが武器になっている。ダニエルは数合交えただけで、ケリーと同じ種類の厄介さを感じ始めていた。
真正面から戦えば面倒だ。
何をしてくるか分からない。
なら別の方法を取る。
彼は無言でしゃがみ込んだ。
地面を掘り始める。
「……何してんの?」
シヴァが血のついた口元を押さえながら聞く。
ダニエルは答えない。
十分。
十五分。
二十分。
戦闘中とは思えないほど律儀に掘り続け、ついに人一人がすっぽり入る深さの穴が完成した。
ダニエルは額の汗を拭う。
「入ってくれ」
「うんちバリバリ」
タフは迷いなく穴へ入った。
「お前今日一回もまともな日本語喋ってねぇぞ!」
イカボンが叫ぶ。
タフの頭が穴の底へ消えた瞬間、ダニエルは猛烈な速度で土を戻し始めた。両手で砂を掻き込み、足で踏み固め、あっという間に穴を完全に埋める。
イカボンは言葉を失った。
「馬鹿すぎる……」
ダニエルは両拳を掲げた。
「一人倒した!!」
「何!? タフ!」
ケリーが慌てて走ってくる。
「今助けるからな!!!」
ケリーはその場で穴を掘り始めた。
ダニエルは何故かその周囲を高速でぐるぐる回り始める。
ブレスケア王子は少し離れた場所でその光景を見ていた。
「……俺、今何見せられてるの?」
誰も答えなかった。
ケリーは必死に土を掘り返した。両手をショベルのように使い、あっという間に先ほどと同じ深さまで掘り進める。
「タフ! もう少しじゃ!」
しかし。
穴の中には誰もいなかった。
「……いない?」
イカボンが覗き込む。
「どこ行ったんだよ」
ケリーは数秒固まり、突然頭を抱えた。
「クソ!! 今日スーパーのセール日じゃねぇか!!」
「そこじゃないっしょ……」
イカボンの声にはもう力がなかった。
次の瞬間、ケリーはイカボンの襟首を掴んだ。
「え?」
「一人じゃ寂しかろう」
「何が!?」
イカボンを穴へ投げ入れる。
「ぎゃああああ!」
さらにケリー自身も穴へ飛び込んだ。
「ワシも行くぞい!」
「来んな!」
ダニエルはそれを見て静かに土を戻した。
数十秒後。
地面は元通りになった。
「……全滅した」
ダニエルは笑いを堪えられなかった。
「勝った……w」
ブレスケア王子は完全に引いていた。
「えぇ……」
その時だった。
地面に膝をついていた時雨が、ゆっくり立ち上がる。
鼻から血が流れている。
頬は赤く腫れ、呼吸も荒い。
「時雨、もういい!」
ゴミトカゲが止める。
「下がれ。俺がやる」
時雨は首を横に振った。
「いや」
「でもお前――」
「戦う」
声は弱い。
だが意思は強かった。
黒重を持ち上げる。
「能力解放アクティベート」
左目が紫色に輝く。
「紫電!!!」
次の瞬間、時雨が消えた。
「!?」
ダニエルの目が見開かれる。
先ほどとは違う。
速度も出力も、明らかに一段階上だった。
重力を剣先へ集中させるだけではない。足元へかかる重力方向を瞬間的に変え、身体そのものを加速させている。
ダニエルは斜め後ろへ跳んだ。
黒重が鼻先を掠める。
「危なっ!」
時雨はそのまま一回転した。
遠心力。
重力加速。
二つが重なる。
さらに速くなる。
ダニエルが刀を避けた瞬間、時雨の右足が腹へ入った。
「ぐっ!」
体勢が崩れる。
その隙に時雨は左手を懐へ入れた。
苦無を三本投げる。
ダニエルは首を振り、肩を引き、最後の一本をナイフで弾く。
「戦い方が変わってる……!」
時雨はもう目の前にいた。
黒重が迫る。
ダニエルの額に汗が浮かぶ。
「ヤベェ!」
間に黒い翼が入った。
ファブニル。
ブレスケア王子が刀の側面へ翼を滑らせ、軌道を逸らす。
黒重が地面へ突き刺さった。
アスファルトが砕ける。
「助かった!」
「給料上げてくれ」
「考えとく!」
時雨は刀を引き抜こうとした。
その姿を見て、ダニエルの中に僅かな警戒が生まれた。最初に戦った時の時雨は、強い能力を真正面から振るうだけだった。だが今は違う。蹴り、苦無、重力加速、刀を繋ぎ、相手へ考える暇を与えないようにしている。数時間や数日のうちに別人のように強くなるわけではない。それでも、追い詰められるたびに戦い方を変えてくる。この少女は、まだ完成していない。だからこそ怖い。
だが。
左目の光が急に弱くなった。
「……っ」
膝が落ちる。
魔力切れ。
全身の力が一気に抜け、黒重を支えられなくなる。
「時雨!」
ゴミトカゲが駆け寄る。
「ごめん……にーに」
「謝るな」
ゴミトカゲは時雨の前へ立った。
「無理させた俺が悪い」
ダニエルを見る。
殺意。
怒り。
ゴミトカゲは一直線に殴りかかる。
だが感情的になっていた。
拳が大きい。
軌道が単純。
ダニエルは紙一重で避ける。
「さっきより読みやすい!」
右拳。
避ける。
左。
潜る。
体当たり。
横へ流す。
「冷静になれよ!」
「黙れ!」
ゴミトカゲの拳が地面へ突き刺さる。
地面が爆ぜる。
その直後。
『続いては校長先生のお話です』
「……は?」
ダニエルが振り返る。
地面が大爆発した。
ドカーン!!
土砂と共にタフが飛び出してくる。
「なんでいる!?」
タフは土まみれのまま直立した。
「はい。話をします」
全員が止まる。
「まぁ私はどっちでも良いですが。生徒の皆さん。犯罪行為はダメですよ。まぁ私はどっちでも良いですが」
一拍置く。
「これで話を終わります。まぁ私はどっちでも良いですが」
穴からイカボンが這い出してくる。
「ウゼェし話が短すぎる!!」
続いてケリーの頭も地面から出た。
『続いてはゼンニーセックスです』
ケリーがダニエルを見る。
「どんな男がタイプだ?」
「ゲイかよ」
イカボンが突っ込む。
ダニエルは真顔で答えた。
「ちんこ無いタイプ」
「そんな場合うんこポップビルをあなたにプレゼント!!!」
「何の流れだよ!」
空中から巨大な茶色いビルが落下してきた。
ブレスケア王子が翼を振り上げる。
一撃。
うんこポップビルは粉々に砕け散った。
「ワシのビルがぁぁぁぁ!!」
イカボンは頭を抱えた。数分前まで命のやり取りをしていたはずなのに、気づけば校長先生の話が始まり、謎の性癖質問が挟まり、空から正体不明のビルが降ってきている。戦況を整理しようとするほど、頭の中で情報が喧嘩を始めた。
ケリーが激昂した。
「お前はパスタの神の怒りを買った」
ケリーの周囲に風が巻き起こる。
「絶対に許されん!」
空に稲光。
雲が渦巻く。
ダニエルが思わず上を見る。
「なんだ今度は」
「必殺!!!」
ケリーが両手を広げる。
「パスタキングダム!!!!!」
空から大量のパスタが降ってきた。
「うわっ!」
麺は生き物のようにダニエルの腕、脚、胴体へ巻きつく。逃げようとしてもさらに絡まり、全身を拘束していく。
「この技はイタリア人以外を無条件で殺す恐ろしい技じゃ!」
「どういう条件だよ!」
イカボンが叫ぶ。
ダニエルは少し黙った。
そして。
腕に巻きついたパスタを食べ始めた。
「……悪くない」
ケリーの目が見開かれる。
「お前、イタリア人か!?」
ブレスケア王子も振り返る。
「え、そうだったの!?」
ダニエルは頷いた。
「俺の好きなサッカーチームはパリ・サンジェルマンだ!」
一秒。
「あ、ダメだ」
「ガバガバすぎだろ、この技!」
イカボンが頭を抱える。
「でも俺はパスタ折る奴が許せないんだ!!!」
「ほなイタリア人か」
イカボンが妙に納得した。
「なんかよく分かんないから」
ダニエルがファブニルを見る。
「ブレス噴射!!!」
「了解」
ブレスケア王子が大きく息を吸う。
嫌な予感。
ゴミトカゲの顔が引きつる。
「まさか」
噴射。
圧倒的なニンニク臭。
「ぐっ……!」
ゴミトカゲが倒れる。
時雨も一瞬で気絶。
イカボンも白目を剥いて崩れた。
タフだけが直立している。
「::::::::::::」
「何て言ってんだよ!」
誰にも分からない。
ケリーは鼻をひくつかせた。
「ほう」
まるでワインを評価するソムリエのように目を閉じる。
「臭いソムリエのワシによると」
ダニエルを見る。
「これはお前の彼女の足の臭いじゃ」
ダニエルの顔から笑みが消えた。
「殺す」
「彼女いるんか?」
「いない」
「じゃあ誰の足じゃ?」
「知らねぇよ!」
ブレスケア王子も少し傷ついた顔をした。
「俺の口臭だよ」
「誇るな!」
戦場はもう完全に意味不明だった。
しばらくして、ダニエルは呼吸を整えた。
時雨を見る。
ボロボロ。
顔には打撲。
鼻血。
制服も土と血で汚れている。
最高戦力。
この姿を晒せば、日本軍の士気を折れる。
ダニエルはスマートフォンを取り出した。
写真を撮る。
ケリーがそれを見た。
「何に使うんじゃ?」
「SNSに上げる」
ダニエルは画面を確認する。
「日本軍最高戦力の一条時雨が負けたって流す。そうすりゃ軍も国民も戦意なくすだろ」
ケリーは少し黙った。
「無理じゃぞ」
「なんで?」
「誰もこんな小娘のこと気にしてない」
ダニエルの表情が変わる。
「軍は道具としてしか見てない。国民のほとんどは、そもそも彼女の存在を知らない」
「……」
「最高戦力なんて肩書きがあっても、実態は十四歳の女の子じゃ」
ダニエルはスマートフォンを見る。
ダニエルは、自分が中国でやってきた方法を思い返した。現地で最強と呼ばれている者を倒し、その映像を広める。それだけで無駄な戦闘は大幅に減った。敵にも味方にも死者が出ずに済む。少なくとも自分では、月華連邦の侵略という最悪な仕事の中で一番マシな方法を選んできたつもりだった。
だが日本では、その前提から崩れている。最高戦力が国民的英雄ではない。守るべき象徴ですらない。ただ秘密裏に使い潰される兵器に近い。十四歳の少女を倒した写真をばら撒いたところで、国民は恐怖するどころか、そもそも誰なのか分からない可能性が高い。
写真の中の時雨。
確かに。
戦意を奪うための象徴にするには、あまりにも幼い。
「……胸糞悪いな」
ダニエルは画像を削除した。
ケリーを見る。
「今日は帰る」
「そうか」
「次は勝つ」
「知らん」
ダニエルはブレスケア王子を戻し、小型機へ戻っていった。
誰も追わなかった。
大阪の夜。
ダニエルがタワーマンションへ戻ると、ガルシアが玄関まで出てきた。
「お疲れ様でーす」
「普通に疲れたー」
ダニエルは靴を脱ぎ、そのままソファへ倒れ込む。
太陽神がキッチンから顔を出した。
「敵は強かったか?」
「ほぼ全員ノックアウトした」
「じゃあ勝ったのか」
「いや」
ダニエルは天井を見る。
「ジジィと筋肉はやっぱ強いわ。あとトカゲも強い。時雨も思ってたより伸びる」
「で?」
「この国、俺たちのやり方通じないらしい」
ガルシアが首を傾げる。
「どういうことです?」
「一番強い奴倒して戦意折るつもりだった。でも最高戦力が十四歳の女の子で、軍は道具として使ってて、国民は存在すらほとんど知らない」
太陽神の顔から笑みが消える。
「……終わってんな」
太陽神はそれ以上茶化さなかった。ガルシアもいつもの大声を出さず、少しだけ視線を落とす。三人とも、月華連邦のやり方が嫌でダニエルについてきた人間だった。だからこそ、日本側にも同じように人を道具として扱う場所があるという事実は、妙に後味が悪かった。
「だろ」
ダニエルは起き上がった。
「もうこんな胸糞悪い場所ズラかるぞ」
「ついに?」
「独立する」
ガルシアの目が輝く。
「チャカルァァァイイイイ!!」
「声デカい」
「出発はいつです?」
ダニエルは窓の外の大阪を見た。
「明後日」
短く答える。
「それまでに荷物まとめとけ。兵器も全部回収する」
太陽神は頷いた。
「タツオミは?」
ダニエルは少し考える。
「……置いてく」
「可哀想じゃね?」
「月華連邦側だし」
「まあそうか」
三人はそれ以上何も言わなかった。
窓の外には大阪の夜景が広がっている。
月華連邦アジア支部が月華連邦でいる時間は、あと二日。
ダニエルはその景色を見ながら、静かに笑った。
「やっと始まるな」
自分たちの国を作る。
そのための最初の一歩が、すぐそこまで来ていた。