第15話Exodus
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あらすじ
Gravity Noir〜地球滅亡寸前の絶望的な世界。老人はギャグ補正で無双する〜 - 第15話Exodus
本文
大阪の街では、夕暮れの商店街を巨大なクワガタとモグラが歩いていた。狂四郎とモGURAは、戦闘でも敵探しでもなく、落ちている空き缶や紙くずを拾っていた。月華連邦兵を追い回し、四天王すら退けた存在とは思えないほど地味な作業だったが、二人は妙に真剣だった。
「そこペットボトル落ちとるで」
「任せろダチ公。地面に落ちたゴミは、漢の心に落ちた迷いと同じだ」
「また意味分かってへんやろ」
「全然分からん」
「せやろな」
そこへダニエルが歩いてきた。遠くから二人を見つけ、少し感心したように口笛を吹く。
「よぉ、狂四郎。久しぶりだな」
「ダニエルやん。どうしたんや? また喧嘩したくなったんか?」
「今日は違う」
ダニエルは首を横に振った。
「俺ら、明後日には大阪を出る。ちなみに月華連邦はもう抜けた。卒業証書は貰えなかった」
「学校ちゃうやろ」
狂四郎は大顎を鳴らしながら笑った。
「それはつまり、お前らの夢を叶えに行くってことか?」
「ああ」
ダニエルは頷く。
「明日の早朝五時。大阪港に集合な」
「分かったで」
「で、最初にフランスへ行く。月華連邦ヨーロッパ支部を潰す。そのあとフランスを足場にして、イタリアとドイツも一旦押さえる」
狂四郎は数秒黙ったあと、楽しそうに笑った。
「分かったで」
そしてモGURAの肩を叩く。
「モGURA! 商店街のお好み焼き屋とたこ焼き屋、全部寄って食べてから礼言うで!」
「フッ。立つ鳥跡を濁さずってやつか」
「多分違うで」
ダニエルはその二人を見ながら、頼もしいのか不安なのか分からない感情を抱いた。それでも、戦闘力だけを見ればこの二人以上の人材はそう簡単に見つからない。理想の国を作ると言っても、最初は力が要る。力がなければ、月華連邦は必ず潰しに来る。
「じゃあ明日な」
「おう」
ダニエルは手を上げ、その場を離れた。
同じ頃、月華連邦本部。蛟龍は皇帝ウンチッチ・ジュウショミヤギケン四世の前に立っていた。
「ダニエル・モジャ・ションベン率いるアジア支部が、正式に指揮系統から離脱しました。現在、大阪方面の戦力は四天王タツオミ・ヤマシロと、その直属部隊が中心となっています」
「ブヒィ! 裏切り者め!」
皇帝は椅子から身を乗り出した。
「セレーネ・ストライクを呼べ! ダニエルも醜い地球人も全部まとめて潰せ!」蛟龍は表情を変えない。殺すぞ、豚が。心の中でだけそう思う。
「その必要はございません、皇帝陛下。既に四天王の悪魔の電子レンジが出撃準備を――」
「四天王の能無しに任せる必要はありませんわ」
女の声が割り込んだ。蛟龍が振り返る。茶色の髪を整え、いかにも上流階級らしい装いをした少女が立っていた。マイ・タカナシ。セレーネ・ストライクの隊長。
「ブヒィ! マイ! 来てくれたのか!」
皇帝は露骨に機嫌を良くした。
「今日も余の夜の相手になってくれるんだろうな!」
「もちろんですわ、陛下。あとでお茶でも」
マイは微笑んだ。蛟龍には、なぜこの女がここまで皇帝に媚びるのか分からなかった。権力が欲しいのか、地位を守りたいのか。それとも単純に利用しているだけなのか。
そこで蛟龍は、昔スティーブソソソという男に言われた言葉を思い出した。「FEVER!!!」スティーブソソソは第二体育館の暑さに耐えられず、その後なぜか眼鏡になった。何の意味もない記憶だった。なぜ今思い出したのかも分からない。
「わたくしなら、一条時雨も、虫ケラも、裏切り者も、全員片付けられます」
マイが胸を張る。蛟龍は思った。ダニエルは抜けただけで、まだ攻撃してきてないんだが。
「まだセレーネ・ストライクを動かすには早すぎます。こちらには久重もいます。それに……“あの男”も」
蛟龍が言うと、マイの顔から笑みが消えた。
「黙れ」
彼女は蛟龍へ詰め寄る。
「お前よりわたくしの方が強い。それに権力もある。わたくしは、あのセレーネ・ストライクの隊長よ?」
蛟龍は無言で見返した。面倒臭い。親の影響力で隊長に収まっただけで、自分より弱いくせに。だが言わない。
「分かりました。悪魔の電子レンジには、こちらから話をつけておきます」
その時、「おっと、聞き捨てならねぇなチン!」と機械音が響いた。
部屋の扉から入ってきたのは、頭部が電子レンジそのものの男だった。四天王最強、悪魔の電子レンジ。筐体の内部で何かが回転する音を響かせながら、マイの方を見る。
「お前より俺の方が強いに決まってるだろチン! お飾りの隊長さんよう!」
マイの顔が一瞬で赤くなった。
「……今、なんて?」
「聞こえなかったかチン? お・か・ざ・り」
「お、おい」
蛟龍が止めようとする。
「止めないでください、蛟龍さん」
悪魔の電子レンジは一歩前へ出た。
「一回この女に、自分の実力を分からせる必要があるチン」
「望むところですわ」
次の瞬間、悪魔の電子レンジの扉が開いた。内部から高速回転するピザが数十枚飛び出す。縁は刃物のように研がれ、回転するたび空気を切り裂く音を立てていた。
だがマイには全て分かっていた。右から三枚、左から五枚、頭上から一枚。そして次に悪魔の電子レンジが距離を詰める。半径三メートル、そこへ入った瞬間、マイの能力『絶対読心領域マインド・スフィア』が発動する。相手が何を考え、次にどこへ動き、何を狙うのか。その全てが流れ込んでくる。
マイは最小限の動きでピザを避けた。一枚、二枚、十枚。最後の一枚を髪一本分の差でかわす。地面へ落ちたピザは、なぜか皇帝が全部拾って食べていた。
「ブヒッ! うまい!」「陛下、床に落ちています」「三秒ルールだブヒ!」蛟龍はもう何も言わなかった。
「わたくしの半径三メートルに入った時点で、お前に勝ち目はありませんわ」
マイが拳銃を構える。
「死になさい、家電」
「言ってくれるチン!」
悪魔の電子レンジが突進する。
「な、仲間同士で争ったらダメナリ……」
隅にいた四天王の一人であるデメキンが恐る恐る口を挟んだ。
「うるせぇ! 黙っとけ最弱!」
悪魔の電子レンジが怒鳴る。デメキンはしょんぼりした。今度奢ってやるよ。蛟龍は心の中でそう思った。
マイと悪魔の電子レンジは近距離へ入った。ここではマイの銃は使いづらい。だが相手の思考は全て読める。拳が来る前に頭を下げ、蹴りの前に横へ回り、扉が開く直前に射線から外れる。それでも決定打にはならない。
悪魔の電子レンジは単純な身体能力が高すぎた。何をするか分かっていても、その速度と威力を完全には処理できない。マイは少しずつ後ろへ追い込まれる。
「お前には、わたくしの神器を使うまでもありませんわ!」
「俺には使えないだけじゃねぇのかチン!」
「黙りなさい!」
マイが拳を振るう。悪魔の電子レンジが受ける。肘、蹴り、掴み。至近距離で激しい攻防が続いた。そしてマイが一歩踏み込んだ瞬間、指が悪魔の電子レンジの顔面右下に触れた。
「……チン?」
ボタンだった。
悪魔の電子レンジ本人の意思とは無関係に、前面扉が勢いよく開く。バンッ、と扉がマイの顔面へ直撃した。「ぶっ!?」鼻血を吹きながらマイが後方へ飛ぶ。
「……今のは事故チン」
「殺す……!」
マイが立ち上がろうとした、その時だった。
圧。
部屋の空気が変わる。
誰かが入ってきた。人間ほどの大きさを持つ蟹。赤と青の隈取を思わせる異様な模様。クマドリオウギガニ。
「静まれ」
大きな声ではなかった。ただ、それだけでマイと悪魔の電子レンジの動きが止まった。理屈ではない。本能が告げていた。逆らうな。蛟龍の背中にも冷たい汗が流れた。自分でも戦えばどうなるか分からない。その存在だけで、場の支配権が完全に移る。
皇帝は椅子の上で震えていた。「ブヒ……」次の瞬間、気絶した。デメキンも目を回して倒れている。クマドリオウギガニは二人を一度見た。それ以上何も言わず、歩いて部屋を出ていった。
静寂。
「ふ、二人で行くってことで……い、良いですわ!」
「そ、そうだなチン!」悪魔の電子レンジも素直に頷いた。蛟龍は心の中で呟いた。
サンキュー、カニさん。
◇
場所は戻って大阪。
「片玉ギャンブラーと、その部下達の歓迎パーティをしまーす!」
ダニエルが両手を叩いた。タツオミは一瞬固まった。
「……遅くね?」
小声だった。
「何か言った?」
「い、いえ。ありがとうございます」
テーブルの上には大量の料理が並んでいた。ダニエル、ガルシア、アジア支部の兵士たちは全員パスタを食べている。タツオミたちの前にだけ、太陽神が作ったラーメンが置かれていた。
「俺の作ったラーメンだ」
「……普通にうまそうだな」
タツオミは少し警戒したが、一口食べる。美味い。かなり美味い。
「なんで俺たちだけラーメンなんだ?」
「日本人っぽいから」
「雑だな」
だが美味しかったので、それ以上は気にしなかった。
翌朝。大阪港では、ダニエルたちが大型輸送機の最終準備を進めていた。武器、食料、通信機器、予備燃料、整備部品。アジア支部二十数名の荷物も全て積み込まれている。
なお、タツオミとその部下たちは来ていなかった。
昨夜のラーメンに睡眠薬が入っていたからである。彼らは手足を縛られ、少し離れた路上へ丁寧に並べて放置されていた。
「起きたら怒るだろうな」
太陽神が言う。
「そりゃ怒るだろ」
ダニエルは気にしない。
「月華連邦側なんだから連れてけないし」
その時、港の入り口が騒がしくなった。「おーい!」狂四郎がやってくる。隣にはモGURA。そして、その後ろに大量の大阪市民が続いていた。
「ありがとうー!」
「また来てください!」
「狂四郎さん、こっち目線ちょうだい!」
「モGURAさーん!」
まるで人気芸能人の見送りだった。ダニエルは思わず笑う。
「慕われてるんだな」
「おう!」
狂四郎は嬉しそうに市民へ大顎を振る。
「ほな、行ってくるわ!」
「また帰ってきてな!」
「フランスのお土産頼むで!」
「分かったでー!」
モGURAもサングラスを押し上げた。
「大阪の魂は俺たちが世界へ持っていく」
「何言ってるか分からんけど頑張れー!」
「ありがとう」
狂四郎とモGURAが輸送機へ乗り込む。機体の扉が閉まり始める。
「ちなみに」狂四郎が座席へ座る。「どこ行くんや?」ダニエルが固まった。「今聞く?」「聞いてへんかった」「フランス」「何しに?」「月華連邦ヨーロッパ支部を潰す。そのあとフランスを占領する」「おお」「そこを起点にして、将来的にはイタリアも治める!」
「イタリア好きなん?」
狂四郎が首を傾げる
太陽神がため息をついた。「こいつパスタとピザ大好きなんだよ……」「そこが理由なん?」「半分ぐらい」「半分もあるんかい」
輸送機が滑走する。大阪の街が徐々に小さくなる。狂四郎は窓から下を見た。数日前まで、ただ強い奴を探して歩いていただけだった。そこへ突然現れた月華連邦の若者。喧嘩をして、話をして、気づけば今、外国へ向かっている。
「人生分からんなぁ」
「それが人生ってやつだ、ダチ公」
「お前絶対分かってないやろ」
「全然分からん」
「せやろな」
数時間後、フランス。月華連邦ヨーロッパ支部は、接近する輸送機を友軍機だと判断していた。元アジア支部の識別信号がまだ完全には無効化されていなかったため、迎撃判断が遅れた。
輸送機の扉が開く。
「ほな行くで!」
狂四郎が真っ先に飛び降りた。
「戦闘は楽しいなぁ!!」
着地と同時に地面が割れる。ヨーロッパ支部の兵士たちが一斉に武器を構える。能力者もいた。水を操る者、身体を硬化させる者、空気を圧縮して弾丸のように飛ばす者。地球侵攻軍の地方支部として見れば、決して弱い部隊ではない。
しかし、相手が悪すぎた。
狂四郎が正面から防衛線へ突っ込み、硬化能力者の拳を真正面から受け止めた。「ええパンチやな!」そのまま大顎で武器だけをへし折り、腹へ一撃を入れて戦闘不能にする。殺す必要はない。強い相手と戦えれば狂四郎は満足だった。
モGURAは地面へ潜り、銃座の真下から次々に出現した。ピッケルで武器と足場だけを破壊し、兵士たちの陣形を崩す。「地下は俺のホームだ」直後に地上へ出たところでガルシアの毒泡が頭上を通り過ぎる。「チャカルァァァイイイイ!! そこ味方です!」「悪い」「今の危なかったですよ!」
太陽神は開けた広場へ出ると、頭部へ光を蓄積した。防衛設備から砲撃が飛ぶが、硬く滑らかな頭蓋へ当たった弾は妙な角度へ逸れていく。「俺の頭を舐めんな!」蓄積した光が一閃し、無人砲台だけを正確に焼き抜いた。
ダニエルは全体を見ていた。敵の能力者がどこへ集まり、どの経路で増援が来るかを判断し、アジア支部の精鋭へ短い指示を飛ばす。必要以上に殺すな。武器を壊せ。司令部と通信設備を最優先。中国時代から変わらないやり方だった。
「敵司令部まで一直線!」
「チャカルァァァイイイイ!!」
「眩しいぞハゲ!」
「後で殴る!」
上空ではファブニルが翼を広げ、逃走しようとした航空機の進路を塞いだ。「武器を捨てろ。俺は高校時代リベロだったから逃げ道を潰すのは得意だ」
「関係あるか?」
敵兵から当然の疑問が飛んだ。
戦闘開始から一時間も経たなかった。
ヨーロッパ支部の主要防衛線は崩壊した。能力者たちも次々に制圧され、司令部の通信は遮断される。月華連邦の旗が降ろされるのを見ながら、ダニエルは破壊された司令部前へ立った。
「思ったより早かったな」
狂四郎が大顎を鳴らす。
「次は誰と戦えるん?」
「まずフランスだ」
「フランスに強い奴おる?」
「知らん」
「調べてへんの?」
「来てから考える」
「お前ほんま適当やな」
ダニエルは笑った。
「でも、ここからだ」
月華連邦アジア支部は、もう存在しない。ここにいるのはダニエルと、その思想を選んだ仲間たちだけだった。月華連邦から奪った最初の拠点。そこから新しい勢力を作り、自分たちの理想を現実へ変えていく。
狂四郎は壊れた基地の向こうに広がるフランスの街を眺めた。
「おもろそうやな」
「ああ」
ダニエルは頷いた。
「俺たちの国づくり、ここから始めるぞ」