*――月夜の縁側、りんごとサボンの香り

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/10/27 📚 シリーズ: きまぐれまほろば夜行帖【本編】 📝 1,285文字 ✅ 全年齢

あらすじ

銀くん視点 夜の縁側。お客様のいない宿で、銀くんは相変わらずごろごろしていた。

本文

銀くん視点

夜の縁側。

お客様のいない宿で、銀くんは相変わらずごろごろしていた。

「んにゃぁ……」

ごろり。

ふわふわのしっぽが、ぱたん。

ごろごろ、ごろごろ。

少し肌寒いのに、帰る気はちっとも起きない。

(……もうちょっとだけ)

そう思いながら、銀くんは月を見上げていた。

そのとき。

廊下の向こうから、ことこと、と足音がした。

銀色の耳が、ぴこん!

「……?」

顔を向ける。

湯上がりのみみが、廊下から縁側のほうへやってきた。

お風呂上がりの、ほっとした柔らかな表情。濡れた髪を整え、身支度を済ませたばかりのみみから、ふわりと夜風に香りが乗ってくる。

――華やかな、りんごの香り。

みずみずしくて、甘くて、ぱっと心が明るくなるような香り。

その奥には、洗い立ての布や泡を思わせる、清潔で柔らかなサボンの香り。

甘いだけじゃない。

爽やかなだけでもない。

華やかなりんごと、ふんわり優しいサボンが重なって、湯上がりのみみを包んでいた。

銀くんは、ぴたりと動きを止めた。

(…………あれ?)

鼻先が、ひくっ。

もう一度、そっと息を吸う。

(……いい匂い)

りんごの華やかな甘さ。

そのあとから、ふわっと感じるサボンの清潔な香り。

まるで、柔らかい泡の向こうに、熟したりんごがひとつ隠れているみたい。

銀くんの耳が、ぴんっ!

しっぽが、ふわぁ……。

ぱたぱたぱたっ!

「……あっ」

慌てて自分のしっぽを押さえた。

でも、耳は正直だった。

みみのほうを向いたまま、ぴこぴこと動いている。

「銀くん?」

みみが気づいて、少し首を傾げた。

「こんなところで、まだごろごろしてたの?」

「う、うん!」

銀くんは勢いよく返事をした。

それから、なぜか少しだけ背筋を伸ばす。

「みみ、お風呂だったの?」

「そうだよ。さっぱりしたぁ」

「そっかぁ……」

銀くんは、にこっと笑った。

いつもどおりの、嬉しそうな笑顔。

……なのに。

みみが近くにいると、りんごとサボンの香りがふんわり漂ってくる。

甘くて、優しくて、なんだかほっとする。

銀くんは、もう一度だけ小さく鼻を動かした。

(……いい匂いだなぁ)

そう思った途端、しっぽがふわふわと揺れ始める。

(……あれ? なんで僕、こんなに嬉しいんだろう)

みみが来てくれたから?

それとも、この香りが好きだから?

たぶん、どっちも。

でも、いつもと少し違う気もする。

もっと近くにいたいような。

この甘くて柔らかい香りのする場所で、もう少しだけごろごろしていたいような。

胸の奥が、なんだかむずむずする。

(……僕、変なのかなぁ)

銀くんは、しっぽの先をぎゅっと抱えた。

「……みみ」

「ん?」

「……ここ、座ってもいい?」

隣の場所を、ちょこんと手で示す。

もちろん、そこは最初から誰も座っていない。

それでも銀くんは、みみがいいよと言ってくれるのを待っていた。

みみとお話ししたい。

隣にいてほしい。

りんごとサボンの香りを感じながら、もう少しだけ夜を過ごしたい。

そんな気持ちを、まだうまく言葉にできないまま。

銀くんは、期待いっぱいの目でみみを見上げた。

銀色の耳が、ぴこっ。

しっぽが、ふわふわ。

――お山へ帰る時間は、今夜も少しずつ過ぎていく。

けれど銀くんは、まだそれを口にしなかった。

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作者について

みまち

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紅茶、珈琲、レモンが好き。【私がニヤニヤする物を置いております】

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