山のお屋敷・客間
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
兄視点 客間に二人を通し、兄は静かに座布団へ腰を下ろした。銀もその隣に座る。
本文
兄視点
客間に二人を通し、兄は静かに座布団へ腰を下ろした。
銀もその隣に座る。
……近いな。
兄はちらりと弟を見た。
以前なら、客人の前ではもう少し取り繕っていたはずだ。ところが今の銀は、みみの隣がすっかり定位置になっているようだった。
(……三日で、こうなったのか?)
いや、三日でこうなったとは限らない。
その前から何かあったのかもしれない。
兄は考えるのをいったんやめ、用意していた茶を二人の前に置いた。
「さあ、どうぞ」
それから、みみへと視線を向ける。
「みみ。お前が来るとは思わなかったよ」
思わず、苦笑がこぼれた。
「銀から名前を聞いたとき、知っているみみなのかとは思ったんだがね。まさか本当にお前だとは」
兄は湯呑みを持ち上げた。
「……境界の狭間のお宿にいるとは、想像もしなかった」
大樹の管理を担う自分でも、あのお宿へ自由に行けるわけではない。
台帳様の判断次第。
それなのに、弟はそこにいたみみと親しくなり、こうして連れてきた。
不思議な縁もあったものだ。
兄は改めて二人を見た。
「それにしても……お前がみみを連れてくるとはな」
銀は隣を見た。
そして、ほんの少しだけ照れたように視線を落とす。
銀「……うん。みみと一緒に来たかったから」
兄「…………」
(……おや)
その返事は、ずいぶん素直だった。
兄は茶を一口飲み、内心で首を傾げた。
みみの性格は知っている。
誰かを気に入れば、惜しみなく情を注ぐところがある。銀が懐いたとしても不思議ではない。
けれど、弟のこの様子。
どうにも、ただ仲良くなったというだけではなさそうだ。
兄「……銀」
銀「はい?」
兄「お前、みみのことを大切にしているんだな」
銀「…………っ!」
銀の耳が、ぴんっ、と立った。
頬が見る間に赤くなる。
銀「……そ、それは……」
兄は黙って待った。
銀はしばらく口を開いたり閉じたりしていたが、やがて小さく頷いた。
銀「……うん」
その一言を聞いて、兄はふっと目を細めた。
(……なるほど)
弟が自分から誰かを紹介したがった理由が、少しだけ分かった気がした。
ただし。
三日間も帰ってこなかった理由は、まだ分からない。
兄は湯呑みを置き、今度は少しだけ意地の悪い笑みを浮かべた。
「……それで、銀」
銀「…………はい」
兄「三日間、いったい何をしていたんだ?」
銀「…………」
耳が、しゅうん。
兄「道中に何かあったのか? それとも、お宿で何か面白いことでも?」
銀は、みみをちらりと見た。
その顔には、言っていいものか迷っている様子がありありと浮かんでいた。
兄はその反応を見て、ますます不思議に思った。
(……何を隠しているんだ、お前は)
怒るつもりはない。
ただ、弟が三日も帰ってこなかった理由くらいは知りたい。
兄は、銀の返事を待った。
兄「台帳様に認められたのか?」
銀「……うん」
兄「…………そうか」
銀は、なぜか少しだけ目を逸らした。
兄はその反応に引っかかりを覚えたものの、ひとまず茶を口に運んだ。
台帳様が認めたのなら、それ以上聞くこともない。
……そう思ったのだが。
銀「……認められたわけじゃ、ないよ」
兄「…………何?」
銀は気まずそうに耳を伏せた。
銀「……台帳様が、もう諦めたの」
兄「…………」
兄は湯呑みを置いた。
(……諦めた?)
あの台帳様が?
兄は、大樹の管理を担う立場として、台帳様の厳格さをよく知っている。境界の狭間への出入りを、そんな簡単に許す存在ではない。
それなのに、諦めた。
いったい、弟は何をしたのだろう。
兄「……銀。お前、台帳様に何をした?」
銀「…………」
銀は、みみの隣で小さくなった。
兄「…………銀?」
銀「……だって、お宿にいたかったんだもん……」
兄「…………」
(なるほど。反省しているようで、していないな)
兄は額に手を当てた。
そして、みみへちらりと視線を向ける。
(……みみ。お前、いったいこの子をどうしたんだ……)
もちろん、みみを責めるつもりはない。
ただ、知り合いの長命種と弟が、境界の狭間のお宿で三日間も過ごした。
その事実だけでも十分に驚いているのに、台帳様まで諦めているらしい。
兄は、静かに息を吐いた。
「……話を聞く前から、頭が痛くなってきたな」
銀の耳が、さらにしゅんと垂れた。