壱
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
兄は、銀の赤くなった耳を見ていた。台帳様が諦めた。銀が境界の狭間のお宿にいた。
本文
兄は、銀の赤くなった耳を見ていた。
台帳様が諦めた。
銀が境界の狭間のお宿にいた。
そして、みみを連れてきた。
……なるほど。
兄は湯呑みを置き、内心で小さく息を吐いた。
(……そういうことか)
確証はない。
けれど、みみを連れて現れたときから、薄々感じてはいた。
銀の様子が、いつもと違う。
みみの隣にいることが当たり前のようで、彼女が口を開けば耳が動く。視線も、ついそちらへ向いてしまう。
それに、みみ自身も銀を連れてきた。
ただの知り合いを紹介するだけなら、三日も帰ってこない理由にはならないだろう。
(……お前、本当に)
兄は弟を見た。
だが、ここで答えを決めつけるのはやめた。
銀はまだ若い。
自分の気持ちをどこまで理解しているのかも、分からない。
だからこそ、あえて聞くことにした。
兄「……銀」
銀「……はい」
兄「お前は、みみをどう思っているんだ?」
銀「…………え?」
銀の耳が、ぴたりと止まった。
兄は、何でもないことのように茶を手に取る。
兄「わざわざ連れてきたんだ。私にも紹介したかったんだろう?」
銀「……うん」
兄「なら、聞いておこうと思ってな」
静かな声だった。
問い詰めるつもりはない。
ただ、弟が自分から連れてきた相手なのだから、その気持ちくらいは知っておきたかった。
銀は隣のみみを見た。
それから、兄へ視線を戻す。
口を開きかけて、閉じる。
耳が、少しずつ赤くなっていった。
兄は急かさなかった。
(……さて。どう答える?)
みみのことは知っている。
長い時を生きる彼女が、誰かを可愛がることも、情を注ぐこともあるだろう。
けれど、銀が彼女をどう思っているのかは、銀自身の口から聞かなければ分からない。
兄は湯呑みを置き、弟の顔を見つめた。
兄「……正直に答えてくれればいい」
銀「…………」
銀は、ますます赤くなった。
そして、みみの隣で小さく息を吸った。
銀「…………みみは」
そこまで言って、銀は口を閉じた。
兄は黙って待っている。
銀の耳は、もう隠しようがないほど赤かった。
銀「……みみは、みみ、だよ」
兄「…………」
銀「…………え?」
兄「いや。名前は分かっている」
銀「……っ!」
銀は慌てて口元を押さえた。
違う。
そうじゃない。
分かっているのに、うまく言葉にならない。
みみが隣にいる。
それだけで嬉しくて、話しかけられると耳が動いてしまう。名前を呼ばれたら、つい顔を見てしまう。
ぎゅっとしてもらえたら、胸の奥がぽかぽかする。
ほっぺにちゅーなんてされた日には、しばらく思い出すだけで顔が熱くなる。
……でも。
それを全部、兄の前で説明するのか?
銀「…………」
(む、無理……!)
銀のしっぽが、座布団の横でそわそわと揺れた。
兄は茶を一口飲んだ。
兄「……銀」
銀「は、はい……」
兄「急いで答えなくてもいい」
銀「…………うん」
兄「ただ、お前がみみを大切に思っていることは、見ていれば分かる」
銀「……!」
ぴこん、と耳が動いた。
兄「それがどういう気持ちなのかは、お前自身が考えればいい」
銀は俯いた。
膝の上で、両手をきゅっと握る。
銀「……僕」
小さな声だった。
銀「……みみが、僕のことを呼んでくれるの、好き」
兄の手が、湯呑みの上で一瞬止まった。
銀「僕を見て、笑ってくれるのも……ぎゅってしてくれるのも……」
言いながら、耳がどんどん赤くなる。
銀「……嬉しいんだ」
そこで、銀は隣のみみをちらっと見た。
すぐに視線を戻す。
銀「……すごく」
兄「…………そうか」
銀「…………うん」
兄は、今度こそ何も言わずに茶を飲んだ。
(……なるほど)
弟の気持ちが、まだどんな名前を持つのか。
それは分からない。
ただ、ひとつだけ確かなことがあった。
兄「銀」
銀「……なに?」
兄「お前、今も耳が赤いぞ」
銀「~~~~っ!!」
銀は両手で耳を覆った。
銀「お兄ちゃん!! 見ないで!!」
兄「いや、見える位置にあるからな」
銀「そういうことじゃない~~っ!」
赤い耳の隙間から、銀がちらりとみみを見る。
……そして。
銀「…………みみ」
呼んだだけ。
それだけなのに、また耳がぴくっと動いてしまった。
兄は静かに湯呑みを置いた。
(……これは、しばらく見守る必要がありそうだ)
銀「…………」
銀はみみの隣で、真っ赤なまま小さく縮こまっていた。