幻燈街の朝 ― 伝えられるうちに

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/10/30 📚 シリーズ: きまぐれまほろば夜行帖【本編】 📝 2,340文字 ✅ 全年齢

あらすじ

朝の光が、カミルの部屋にゆっくりと差し込んでいた。窓の外からは、街が目を覚ます気配が聞こえてくる。テーブルには、カミルが用意してくれた朝食の皿が並んでいた。食事を終えたみみは、満足そうに息をつき、向かいに座る彼へ顔を向ける。

本文

朝の光が、カミルの部屋にゆっくりと差し込んでいた。

窓の外からは、街が目を覚ます気配が聞こえてくる。

テーブルには、カミルが用意してくれた朝食の皿が並んでいた。食事を終えたみみは、満足そうに息をつき、向かいに座る彼へ顔を向ける。

みみ「ご馳走様。おいしかった。作ってくれてありがとう」

カミル「ああ。口に合ったならよかった」

短い返事だったが、その表情は穏やかだった。

みみ「カミルのお料理、好き」

その言葉に、カミルの手がわずかに止まる。

カミル「なら、また作ってやる。お前が食べたいと言えばな」

みみ「本当? 楽しみ」

カミル「いつでも作る」

何でもない約束のように告げる声が、みみには嬉しかった。

今日は幻燈街を歩いてみるつもりだった。

夜には華やかな顔を見せるこの街も、昼間はまた違う。一般の人々が行き交う商業区画には、花屋や洋菓子店、洒落た雑貨屋が並んでいるという。

みみ「お昼の街も見てみたいの」

カミル「そうか。楽しんでこい」

カミルはそう言って、彼女の顔を眺めた。

カミル「帰ってきたら、今日見たものを聞かせろ」

みみ「うん」

何気ない会話の途中、みみはふと思いついて尋ねた。

みみ「カミルは予定あるの?」

カミル「あるにはある。昼前に店と仲間のところを回る予定だ」

カップを置いた彼は、みみへ視線を向ける。

カミル「だが、急ぎの用ではない。俺の予定が気になるのか? それとも、一緒にいたいのか?」

みみ「ううん。大丈夫。ご馳走様」

そう言って食器を片づけようとしたときだった。

カミル「腹は満たされたか?」

みみ「うん」

カミル「なら、こっちへ来い」

大きな手が、ゆっくりと差し出される。

みみが近づくと、カミルはその身体を自然に抱き寄せた。

広い胸に包まれると、ほっとする。背中を撫でる手も、耳元に届く低い声も、いつものカミルだった。

カミル「朝から少し大人しいな」

みみの顔を覗き込む。

カミル「俺に気を遣っているのか?」

みみは彼の胸元に頬を寄せたまま、小さく口を開いた。

みみ「たまにしか会えなくてごめんね」

その言葉に、カミルの動きが止まった。

すぐには返事をしなかった。

やがて、背中に回された腕に、ほんの少し力がこもる。

カミル「……謝るな」

髪に触れる指先は優しい。

すぐには返事をしなかった。

やがて、背中に回された腕に、ほんの少し力がこもる。

カミル「お前にはお前の暮らしがある。俺にも俺の仕事がある」

彼は少しだけ身体を離し、みみの顔を確かめるように見つめた。

カミル「会えない時間を責めるつもりはない」

それから、ほんのわずかに口元を緩める。

カミル「だが……会いたかったとは言っておく」

みみは答える代わりに、彼を見上げた。

みみ「キスして」

カミル「……ふっ」

その小さなおねだりに、カミルは目を細めた。

頬に手を添え、顔を傾ける。

触れる唇は優しく、短いものだった。

けれど、離れたあとも彼の手は頬に残っている。

みみ「……もっと欲しくなるから。やめとくね。ぎゅ~」

カミル「そうか」

そう答えながら、彼はみみをもう一度抱きしめた。

カミル「困った女だな」

声には、困った様子などほとんどない。

むしろ、腕の中にいる彼女を手放しがたいと思っているのは、カミルのほうだった。

カミル「俺も離れがたい」

みみはその言葉を聞いて、彼の胸元で小さく笑った。

そして、少し顔を上げる。

みみ「カミル………。好き」

その言葉には、いつもとは少し違う響きがあった。

(たくさん言えるときに言っときたい………。)

会えない時間があるからこそ、今、伝えておきたい。

次に会える日を約束できても、その日までの時間はそれぞれのものだ。

だから、今ここにいる彼に。

好きだと、ちゃんと伝えておきたかった。

カミル「…………みみ」

彼は一瞬、目を伏せた。

それから、みみの頬に手を添える。

カミル「そんなことを言われたら、俺も惜しくなるだろう」

親指が、頬をそっと撫でた。

カミル「好きだ。何度でも言ってやる」

少し照れたような笑みを浮かべる。

カミル「だから、お前も言いたいときに言え。俺は何度聞いても嬉しい」

みみ「ふふ」

カミル「……何がおかしい?」

みみの笑顔を見て、彼の目元も自然と緩む。

カミル「まったく。お前には敵わんな」

指先で頬を軽くつつく。

カミル「ほら、笑っていろ。俺はその顔が好きだ」

すると、みみはますます嬉しそうに笑った。

そして、少し考えるような間を置いてから、ニコニコとした顔でおねだりをした。

みみ「やっぱり、たくさんちゅーして!」

カミル「……っ」

一瞬、言葉に詰まった。

カミル「……ふっ。まったく、お前には敵わんな」

呆れたような口調とは裏腹に、彼の表情はすっかり柔らかくなっている。

カミル「いくらでもしてやる」

頬にひとつ。

額にひとつ。

鼻先にも、軽く触れる。

最後に唇へ、ゆっくりと口づけた。

ひとつ重ねるたびに、みみの笑顔が増えていく。

みみ「もう」

カミル「……ふ。まだ足りないか?」

その後、ふたりはしばらく甘い時間を過ごした。

何度も口づけを交わし、抱きしめ合う。

急いで出かける理由など、今だけはどこにもなかった。

やがて、みみが幸せそうに笑う。

みみ「幸せ!」

カミル「……ああ」

彼はその笑顔を眺め、目元を和らげた。

カミル「かわいいよ、お前は」

みみの頬に手を添えたまま、もう一度、愛おしそうに見つめる。

カミル「そんなに嬉しそうに笑われたら、俺まで幸せになる」

窓の外では、幻燈街の昼が少しずつ賑わい始めていた。

花屋の店先には新しい花が並び、通りには買い物客の姿も増えている頃だろう。

みみが楽しみにしていた散策は、まだ始まっていない。

けれど、今日の朝には、今日の朝にしかない幸せがあった。

会えない時間を埋めるように、好きだと伝えて。

伝えられた言葉を、惜しむことなく受け取って。

ふたりの朝は、ゆっくりと過ぎていった。

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作者について

みまち

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紅茶、珈琲、レモンが好き。【私がニヤニヤする物を置いております】

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