幻燈街・昼前
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
カミル視点 みみを送り出してから、しばらく。カミルは部屋の窓辺に立ち、通りを眺めていた。
本文
カミル視点
みみを送り出してから、しばらく。
カミルは部屋の窓辺に立ち、通りを眺めていた。
(……楽しんでこいと言った手前、ついていくわけにもいかん)
小さく息を吐く。
今日は店と仲間のところを回る予定がある。
仕事は仕事だ。
そう思って上着を手に取ったところで、扉がノックされた。
仲間A「ボス、準備できてます」
カミル「ああ。今行く」
扉を開けると、そこには二人の狼の仲間が立っていた。
仲間B「ボス。例の件ですが」
カミル「何だ」
仲間B「みみさん、もう出られましたよ」
カミル「……それがどうした」
仲間A「いや、別に?」
二人が妙に顔を見合わせる。
カミルは目を細めた。
カミル「お前ら……」
仲間B「昼間の幻燈街は人も多いですからねえ」
仲間A「花屋も洋菓子店もあるそうですよ」
カミル「知っている」
仲間B「そうですか」
カミル「……何が言いたい」
仲間A「いえ。ボスが気になさるかと思いまして」
カミル「余計な気を回すな」
そう言いながら、カミルは上着の襟を整えた。
(……まあ、何事もなければいい)
幻燈街・昼前/カミル視点
仲間たちと商業区画を歩いていたカミルは、ふと足を止めた。
花屋の前に、見覚えのある姿がある。
(……みみ)
淡い色の服を揺らしながら、店先の花を眺めている。
みみ「わぁ……かわいい」
小さく弾んだ声。
その姿を見つけたカミルの表情が、わずかに緩む。
ところが、そのとき。
通りがかった男性が、みみに気づいて足を止めた。
男性「あの、すみません」
声をかけようとした、その瞬間。
仲間Aが男性の横に立つ。
仲間A「すみません。少しお伺いしたいことがあるのですが」
仲間Bも自然に加わった。
仲間B「こちらへどうぞ。すぐ済みますので」
男性「あ、はい?」
二人は男性を花屋から離れた通りへ誘導していく。
カミルはその様子を横目で見ていた。
(……手際がいいな)
その頃。
みみ「……?」
誰かに呼ばれたような気がした。
みみは花から顔を上げ、くるりと振り返る。
けれど、そこには買い物客が行き交うだけ。
みみ「……あれ?」
少し首を傾げる。
(誰かいたような気がしたんだけど……)
もう一度、きょろきょろ。
みみ「気のせいかな?」
そして、何事もなかったように花屋へ向き直った。
カミル「…………」
その一連を見ていたカミルは、片手で口元を覆った。
仲間A「ボス?」
カミル「何でもない」
仲間B「お嬢さん、気づいてませんでしたね」
カミル「見れば分かる」
仲間A「よかったですね」
カミル「何がだ」
仲間B「いえ、何でも」
カミルは花屋の前のみみをもう一度見た。
(……まったく。あんな顔で首を傾げられたら、こっちまで気になるだろう)
そして、狼たちに低い声で告げた。
カミル「余計な騒ぎは起こすなよ」
仲間A・B「了解です、ボス」
狼たちは顔を見合わせた。
どうやら今日の見守りは、なかなか忙しくなりそうだった。
見守り狼たち
花屋を離れたみみは、通りを少し歩いた先にあるベーカリーへ入っていった。
焼きたてのパンの香ばしい匂いが、通りにまで漂っている。
カミルたちも、少し離れた向かい側の通りを歩いていた。
仲間A「ボス、次の確認は西側です」
カミル「ああ。先に済ませるぞ」
そう答えながら、視線の端にはベーカリーの店先が入っていた。
しばらくして。
みみが店から出てきた。
手には小さな紙袋。
近くのベンチに腰掛けると、袋からパンをひとつ取り出した。
みみ「いただきます」
ぱくっ。
頬が、ほんの少しふくらむ。
みみ「おいしい……」
嬉しそうに、もうひと口。
焼きたてのパンが気に入ったらしい。
仲間B「……あれ、みみさんですね」
カミル「ああ」
仲間A「ひとりでお買い物ですか。楽しそうですね」
カミル「そうだな」
カミルは歩きながら、何気なくそちらを見た。
ベーカリーの前には、何組もの人がいる。
友人同士で笑いながらパンを分け合う若者たち。
子どもを連れた家族。
肩を寄せ合い、楽しそうに話す恋人たち。
その中で、みみはひとりだった。
もちろん、本人は楽しんでいる。
パンを食べて、紙袋を覗き込んで、次はどれにしようかと考えているようだった。
けれど。
ふと、周囲の楽しそうな人たちに目を向けたとき。
みみの表情が、一瞬だけ変わった。
ほんのわずかに笑顔が消える。
視線が落ちて、少しだけ肩の力が抜ける。
そして、すぐにまたパンへ目を戻した。
みみ「……おいしい」
小さく呟く。
カミル「…………」
足が止まりかけた。
(……今の顔は)
仲間Aも気づいたらしい。
仲間A「ボス……」
カミル「分かっている」
仲間B「声をかけますか?」
カミルはすぐには答えなかった。
みみはもう一度、パンをぱくっと食べている。
寂しさを誰かに訴えるでもなく、誰かを探すでもない。
ただ、自分で選んだ休日を楽しもうとしている。
(……ひとりで出かけたいと言ったのは、お前だものな)
それを邪魔するつもりはない。
カミル「そのままにしておけ」
仲間A「了解です」
カミル「ただし、周囲には気を配れ。何かあれば知らせろ」
仲間B「はい」
少し歩き出してから、カミルはもう一度だけ振り返った。
みみは紙袋の中を覗いている。
どうやら、次のパンを選んでいるらしい。
カミル(……帰ってきたら聞いてみるか)
どのパンが一番おいしかったのか。
どんな店を見つけたのか。
それから。
今日、ひとりで歩いていて、どんな気持ちになったのか。
無理に聞き出すつもりはない。
話したければ聞く。
話したくなければ、いつも通り抱きしめてやればいい。
仲間A「ボス、次の店です」
カミル「ああ。行くぞ」
仲間B「……ボスって、案外甘いですよね」
カミル「仕事を増やされたいのか?」
仲間B「いいえ!」
狼たちの笑い声が、昼の通りに小さく響いた。
一方、ベーカリーの前では。
みみ「……次は甘いのにしようかな」
今日の散策は、まだまだ続く。
そしてカミルは、いつもより少しだけ早く仕事を片づけようと思っていた。