二人の談話 続きは今度
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
アルバルト王国 貴族たちが多く住むとても華やかなこの王国 でもその裏にはたくさんの闇がある そんな王国で暮らす少年少女のちょっとした暮らしを描く日記 どうぞ最後までご覧ください
本文
ワルツが終わった余韻が、下のフロアでまだ揺れていた。拍手が二度、三度と波打って、それから潮が引くように静かになる。
「シリル様」
「ん」
「さっきの、ですわ」
彼は手すりに片肘をついたまま、こちらを見なかった。星のほうを向いて、少しだけ黙った。
「ああ。……言うつもりだったんだけどね。やめようかと思ってた」
「なぜ」
「言ったら、君が困るから」
ユノは指を手すりから離した。夜露が指先に残って、風に冷える。
「困るかどうかは、わたくしが決めますわ」
シリルが、はじめてこちらを見た。アメジストの瞳が、驚いたように少しだけ見開かれていた。それから、彼は声を出して笑った。今まで聞いたどの笑いよりも、ずっと軽くない笑いだった。
「強いな、君」
「昔から、こうですわ。アリス様がおっしゃったとおり」
「あれは褒め言葉じゃない」
言い切ってから、彼は片肘を離して身体をこちらに向けた。石段の下から、誰かを探す声が聞こえる。呼んでいるのは、たぶん若い子息の誰かだった。
「むしろ、ね」
「はい」
「俺は、引かれてない君を見て、ほっとしたんだ」
ユノは、まばたきを忘れた。
「この婚約は、俺の都合で君を巻き込んでる。それがずっと、少しだけ、重かった。君が黙ってうつむいてたら、俺はたぶん、もっと傲慢になってた。守ってるつもりで、君の口を塞いでた」
「シリル様」
「足を引っぱってないどころか、君は俺の前で戦ってた。あの子に、ちゃんと。……それが、嬉しかった」
下のフロアで、次の曲が始まった。弦が低く鳴って、それから旋律が立ち上がる。彼はその音のほうへ目をやって、すぐに戻した。
「半分だけ言った。残りは、また今度」
「ずるいですわ」
「ずるいよ。だから、また会ってくれるだろ」
返事の代わりに、ユノは小さく息を吸った。頬が熱いのは、夜露のせいではない。
そこへ、石段の下から声が上がった。
「シリル様、ユノ嬢。殿下がお呼びです」
若い侍従だった。息を切らして、石段の中ほどで立ち止まっている。シリルは目を細めた。
「今、か」
「はい。……あの、アリス様もご一緒に、と」
シリルはユノを見た。笑ってはいなかった。
「来たね。早いな」
広間へ戻ると、灯りが目に沁みた。人の波が二つに割れて、その真ん中にレオンが立っている。金の髪、サファイアの瞳。手にはグラスもなく、ただ立っているだけで、まわりの音が少しずつ下がっていった。
その隣に、アリスがいた。さっきバルコニーを下りていったときと同じ微笑みで、けれど今度は、その微笑みを誰に向けるでもなく、まっすぐにユノへ向けていた。
「ユノ様。お待ちしておりました」
甘い声が、広間の静けさに、よく通った。