レオンの気持ち
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
アルバルト王国 貴族たちが多く住むとても華やかなこの王国 でもその裏にはたくさんの闇がある そんな王国で暮らす少年少女のちょっとした暮らしを描く日記 どうぞ最後までご覧ください
本文
シリルとレオンが親友、という設定も資料には無いです。第4話までの二人は「殿下」「ウォーカー」と呼び合う距離で、軽口はあっても親しさは見せていません。そこは今回の指定として上書きします。呼称も崩します。
レオンの前でだけ素が出る、という形で書きます。アリスの前では戻す。その落差があると、親友という設定が台詞だけでなく態度で伝わります。
広間の静けさが、ゆっくりと元に戻っていく。音楽はまだ鳴っていた。けれど誰も、それに合わせて踊ろうとはしなかった。
「ユノ嬢」
レオンの声は低くて、よく通った。ユノは一歩、前に出た。シリルが半歩遅れて、彼女の斜め後ろに立つ。
「はい、王太子殿下」
「堅いな。今日は夜会だ。……それに、君とは一度きちんと話しておきたいと思っていた」
アリスが、レオンの隣で微笑んだまま、わずかに首を傾けた。その仕草は愛らしく、けれどイエロートルマリンの瞳は、ユノの顔から一度も離れていなかった。
「婚約の話だ」
レオンは言った。まわりが、また少し静まった。
「ローズマリーとオーカー。筆頭と第二位が組めば、王家は何をされるか分かったものじゃない。……そう言われている」
「……はい」
「だが、俺は」
彼は言葉を切った。グラスを持たない手が、ゆっくりと胸の前で止まる。
「悪くないと思ってる」
ユノは顔を上げた。サファイアの瞳が、まっすぐにこちらを見ていた。冷たいと思っていた。凍らせるような目だと思っていた。けれど今は、その冷たさの中に、妙な静けさがある。
「王家は警戒する。父上も、宰相も、面白くは思わないだろう。それでも俺は、君たちの婚約を、ここで潰すつもりはない」
「……なぜ、ですの」
問いが口をついて出た。失礼だと分かっていて、止まらなかった。
レオンは少しだけ目を細めた。笑ったのかもしれない。判じるには、彼の顔は美しすぎた。
「潰せば楽だ。何も考えずに、決められた婚約を続ければいい。……でも、それじゃ誰も、自分の意思で何も選べないまま終わる」
その言葉は、ユノの胸の奥の、いちばん柔らかいところに落ちた。
「君は、自分の意思でそこに立ってるのか」
「……はい」
「なら、それでいい」
レオンは、そこで初めてシリルのほうを見た。その目つきが、ほんの少しだけ、ゆるんだ。
「おい、シリル」
「なんだよ」
シリルが、肩をすくめて返した。殿下、とも様、とも呼ばなかった。ユノは思わず、彼の横顔を見た。
「お前の婚約者を、王太子が公の場で認めた。そういうことだ。悪く思うなよ」
「悪く思うわけないだろ。……光栄だよ、レオン」
「嘘をつけ」
「半分は本心。残りは、お前に言われなくても分かってた」
レオンが、小さく鼻で笑った。広間の誰も見たことのないような、砕けた顔だった。二人のあいだに、短い、奇妙な沈黙が落ちる。ユノには、それが何の沈黙なのか分からなかった。
その沈黙を、アリスが裂いた。
「まあ、よかったですわ」
誰よりも明るい声だった。けれど、その声は、少しだけ高すぎた。
「レオン様がお認めになるなら、わたくしも安心です。ユノ様、ほんとうに、おめでとうございます」
彼女はそう言って、一歩、ユノに近づいた。広間の灯りが、茶髪を金色に染めている。
「……でも、ひとつだけ、伺ってもよろしいですか」
レオンの顔から、ゆるみが消えた。シリルも、笑っていなかった。
「王太子殿下がお認めになったのは、二人の婚約ですわ。……では、二人が本当に、その婚約を望んでいるのかどうかは、どなたがお認めになるのでしょう」
静寂が落ちた。アリスは微笑んだまま、ユノを見ていた。甘い声が、広間の空気をゆっくりと毒していく。
「だって、政略の婚約なんて、この国にはいくらでもありますもの。……ねえ、ユノ様」
シリルが、ユノの半歩前に出た。その背中は、さっきまでとは違う。軽さのない、まっすぐな背だった。
「アリス様」
声は、静かだった。
「それ、俺に聞いてる?」
アリスの微笑みが、ほんの一瞬、止まった。