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第1話 夜の灯り

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/11/1 📚 シリーズ: 星をつむぐ友禅 📝 1,732文字 ✅ 全年齢

あらすじ

部活に入れない花宮月乃(16)は、商店街で友禅保存会を見つける。 藤原清志(71)は見学だけでよいと迎える。 作業音に「休むな」と叱られた記憶が重なり、月乃は動けない。 夜の灯りでは染め色が違って見えるというに救われ、次も来ると決める。

本文

 放課後の商店街は、昼間より少しだけ音が遠かった。

 花宮月乃は、制服の袖口を指でつまんだまま、並ぶ店の前をゆっくり歩いていた。部活に入っていない生徒が、この時間にひとりで歩いていてもいいのか。そんなことを考える癖だけが、中学を卒業しても残っていた。

 八百屋の閉まりかけたシャッター。揚げ物の匂い。自転車のベル。古い時計店のガラスに映った自分は、どこへ行くでもなく、ただ通り過ぎようとしているように見えた。

 そのとき、細い路地の奥に、小さな看板が見えた。

 〈友禅保存会・見学歓迎〉

 筆で書かれた文字の横に、淡い青と白の布が一枚、風に揺れていた。

 月乃は足を止めた。

 友禅。名前だけは知っている。着物に描かれた、あの静かな色。けれど、自分には関係のないものだと思っていた。

 路地の先から、こつ、こつ、と小さな音がする。何かを置く音。布が擦れる音。誰かの低い話し声。

 気づけば、月乃は看板の前まで来ていた。

 引き戸のすき間から、あたたかい灯りが漏れている。中にいる人影が動くたび、灯りもやわらかく揺れた。

 帰ろう。

 そう思ったのに、手は鞄の肩紐を握ったままだった。

 からり、と戸が開いた。

「こんばんは」

 出てきた男性は、月乃を見ると、驚いたように目を細めた。白い髪が、室内の灯りを受けて淡く光っている。

「見学ですか?」

 声をかけられて、月乃の喉がきゅっと縮んだ。

「……あの」

 続きが出てこない。見学したいのかも、自分でもよく分からなかった。

 男性は、急かさなかった。

「藤原です。入らなくても大丈夫ですよ」

 その言葉に、月乃は顔を上げた。

「外から見るだけでも。見学だけでよいのです」

 見学だけでいい。

 それだけの言葉なのに、胸の奥がひどくざわついた。

 月乃は小さくうなずき、戸の内側へ入った。

 部屋には、糊のような匂いと、少し湿った布の匂いがあった。机の上には、白い布、細い筆、染料の入った器。赤、藍、黄、緑。色が静かに並んでいる。

 誰かが布に筆を置く。こつ。

 別の誰かが道具を引き寄せる。ことん。

 その音が、急に大きくなった。

 『休むな。』

 耳の奥で、鋭い声が響く。

 『その程度で止まるな。』

 背中が固まった。指先が冷たい。息を吸ったはずなのに、肺の奥まで空気が届かない。

 月乃は入口のそばで立ち尽くした。作業をしている人たちは、誰もこちらを見ていない。それなのに、次に何をすべきか分からない自分が、ひどく悪いことをしている気がした。

 早く動かなければ。

 邪魔にならないようにしなければ。

 けれど足が動かなかった。

「寒いですか?」

 藤原の声は、すぐ近くではなく、少し離れた場所から聞こえた。

 月乃は首を振ろうとして、うまくできなかった。

「……すみません」

「謝らなくてよいですよ」

 藤原はそう言って、作業台の脇にある椅子をそっと指した。

「座って、眺めていてください」

 月乃は椅子に腰を下ろした。膝の上で、両手をきつく重ねる。爪が手のひらに食い込んでいた。

 窓の外は、もうすっかり暗い。商店街の明かりが、ガラス越しに細く滲んでいる。

 藤原が、机の上の布を持ち上げた。昼の光で見たのとは違う色が、灯りの下で浮かび上がる。

「夜の灯りでは、染め色が違って見えるでしょう」

 月乃は布を見た。

 淡い青だと思っていたところに、少しだけ灰色が混じっている。白だと思っていたところには、あたたかな黄みがあった。

「……違います」

 声が出たことに、自分で驚いた。

「同じ色でも、見る場所や時間で変わりますからね」

 藤原は布を戻した。

 変わって見える。

 月乃は、その言葉を胸の中で繰り返した。

 ずっと同じだと思っていたものも、場所が変われば、違って見えるのかもしれない。

 部屋にはまた、こつ、ことん、と小さな音が戻ってきた。今度は、責める声には聞こえなかった。

 月乃は、膝の上の手をゆっくりほどいた。

 帰るとき、引き戸の前で一度だけ振り返る。夜の灯りに照らされた布は、さっきよりも少しやわらかい色に見えた。

「また、来てもいいですか?」

 藤原は、すぐに答えた。

「もちろんです」

 月乃は小さく息を吐いた。

 次も来る。

 そう決めて、夜の商店街へ歩き出した。

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作者について

津組セナ

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