第9話 土砂に埋もれた少女
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
町工場の修理工・カイトは異世界に召喚されるも、ハズレスキル【リサイクル】を理由に「廃棄の谷」へ追放されてしまう。 だが、その真価はガラクタを神話級へと創り変える【超・資源再生(アップサイクル)】だった! 折れた剣は不壊の魔剣に、毒の霧は無限のエネルギーに、捨てられた機械人形は絶世の美少女(最強)へと大変身! 拾い人の少女や龍人族、没落令嬢らと共に、温泉付きの快適な要塞都市を築き上げていく。 一方、使い捨て社会のツケで破滅寸前の王国が「戻ってきて国を建て直してくれ!」と泣きついてくるが―― 「断る。俺の居場所は、あの最高のゴミ捨て場だ」 ガラクタだらけのどん底から始まる、痛快な領地開拓ファンタジー!
本文
谷の奥へ進むにつれて、周囲の景色は禍々しさを増していった。
上空を覆う紫色の結界がひときわ低く垂れ込め、足元には泥と油が混ざり合った黒い沼地が広がっている。
大気は目に見えるほど濃密な紫の霧に包まれ、そこらの岩肌や放置された鉄板が、酸に焼かれたようにジュクジュクと泡を立てていた。
「うわあ……やっぱり最深部は空気が重いね……。でも、このマスクのおかげで全然息が苦しくないよ!」
エマが口元に装着した【携帯型防毒マスク】にそっと触れながら、嬉しそうに目を細めた。
外は吸い込めば数秒で肺を焼く猛毒の瘴気だが、マスクの内部には常にミントのような清涼感のある清らかな空気が送り込まれている。
「息がしやすいからって油断するなよ。足元の沼は腐食性の強い廃液だ。踏み外して転んだら大変なことになるぞ」
「了解! お兄ちゃん、右側の硬い装甲板の上を踏んでいこう。あそこなら地面が安定してるから!」
エマの的確な案内を受けながら、俺たちはさらに奥へと足を踏み入れた。
そこは、まさに『時代の墓場』だった。
さっきまでの生活ゴミや壊れた農具とは、明らかに規模も異質さも段違いだ。
山のように巨大な四足歩行の巨像の残骸や、城壁を打ち破るための超大型魔導破城槌、さらには禁忌の儀式で使われたと思しき、禍々しい紋様が刻まれた巨大な祭壇の破片がゴロゴロと転がっていた。
「ここにあるのって……数百年前の大戦争で使われた古代兵器とか、王国の研究機関が『制御不能』って匙を投げて捨てた実験の失敗作ばかりなんだよ」
「……なるほどな。失敗したからって、こんな場所に投げ捨てて蓋をしてきたわけか」
俺は歩きながら、道端に転がる巨大な魔導コアの残骸に【解析(スキャン)】を走らせた。
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【対象】古代魔導ゴーレムの動力炉(大破)
【素材】古代ミスリル合金、高密度オリハルコン片
【状態】回路完全融解、魔力暴走跡あり
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(……素材としての質が、入り口付近のゴミとは比べ物にならない。古代の金属配合、失われた魔力伝導回路……どれも宝の山じゃないか)
職人としての好奇心が刺激され、指先がうずくのを感じる。
アルタリア王国の連中が『危険すぎる』『直せない』と放り出した技術の残骸。それらは俺にとって、未知の知恵が詰まった最高の教科書だった。
「お兄ちゃん、見て! あそこ、何か大きなものが落ちて崩れた跡があるよ!」
エマが前方を指差す。
見上げた先には、すり鉢状に大きくえぐれた巨大なクレーターがあった。
どうやら上空から何かが猛烈な勢いで墜落し、周囲のガラクタと土砂を巻き込んで激しく崩落したらしい。
そのクレーターの中心から、かすかな、だが極めて澄んだ魔力の波長が漂っていた。
「……ん? なんだ、この反応は……」
周囲のドロドロとした汚染魔力とは明らかに異なる、凛とした、どこか切なさを感じさせる規則正しい魔力の拍動。
まるで、深い眠りの中で助けを求め続けている小さな心臓の音のようだった。
「エマ、ちょっと下がっててくれ」
「えっ? な、何か危険な魔獣でもいるの……?」
「いや、違う。魔獣ではないと思うけど、行ってみればわかる」
俺は魔導棍を構え、慎重にクレーターの中心へと足を踏み入れた。
崩れ落ちた巨大な装甲板を、【分解】の力で手早く軟化させて脇へと退ける。何層にも重なった瓦礫と黒い泥をかき分けていくと――。
キラリ、と暗闇の中で光るものがあった。
「……髪……?」
泥の中から現れたのは、息を呑むほど美しい、絹のようにきめ細やかな銀色の髪だった。
さらに土砂を払い除けると、そこから現れたのは――一人の少女の姿だった。
「きゃあっ!? ひ、人が埋まってる……!? し、死体……!?」
後ろから覗き込んだエマが、短い悲鳴を上げて口元を手で覆った。
無理もない。
そこに横たわっていたのは、白磁のように滑らかな肌と、端正な顔立ちをした少女だった。
瞳を静かに閉じ、まるで深い眠りについているかのように静まり返っている。
だが、俺はすぐに彼女が人間ではないことに気づいた。
首筋やこめかみの皮膚の下に、微かに浮かび上がる青白い魔力ライン。
両腕も両足も根元から無残に引き千切られ、胸元の装甲は鋭い爪で引き裂かれたように砕け、内部の複雑な魔導回路が激しくむき出しになっていた。
「人間じゃない……。オートマトン(自律型魔導人形)――要するに、高度な機械人形だ」
「き、機械人形……? あ、それならスラムのおじいちゃんから聞いたことがあるよ! 大昔の失われた古代文明で作られたっていう、伝説の存在! 心を持って自分で考えて動く、古代の神話に出てくる人形なんだって!」
「すごいな……外見は人間そっくりだ。だが、どうしてこんな無残な姿で……」
エマは痛ましそうに眉をひそめ、小さくため息をついた。
「王国の学者たちも、たまにこういう古代の人形を発掘するらしいんだけど……構造が複雑すぎて誰にも直せないんだって。結局、『動かないただの鉄くず』として、ここに捨てられちゃうの……。可哀想に……」
「鉄くず、ね……」
俺は静かに膝をつき、泥に汚れた少女の頬にそっと触れた。
冷たい金属の感触。だが、その奥底で、小さな、本当に小さな魔力の火が、今にも消えそうになりながらも必死に灯り続けていた。
「【解析(スキャン)】――」
俺の意識が、少女の全身の回路へと深く潜り込んでいく。
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【個体名】古代自律型戦闘オートマトン・コード「ルナ」
【状態】
・四肢完全欠損
・主魔力炉(コア)深刻な破損、魔力残量0.01%
・記憶領域・言語機能ブロック
【素材】神聖魔導鋼、古代竜の骨抽出材、思念同調金属
【機能停止までの猶予】約12時間
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(コアが今にも燃え尽きそうだ……。何百年もこの暗闇の中で、一人きりで耐え続けてきたのか……)
壊れて動かなくなったから、捨てられた。
直す技術がないから、ゴミだと決めつけられた。
その理不尽さが、かつて自分が味わった無力感と重なり、そして王宮で『ゴミ拾い』と嘲笑われて追放された自分の姿と重なり合って、胸の奥を強く締め付けた。
「……カイトお兄ちゃん?」
黙り込んだ俺を見て、エマが心配そうに覗き込んでくる。
「手遅れ……なのかな? やっぱり、もう動かないよね……?」
「手遅れなもんか」
俺は力強く首を横に振り、泥の中から少女の身体を両腕で優しく抱き上げた。
見た目は華奢な少女だが、神聖魔導鋼で作られた身体はずっしりと重い。
だが、その重みこそが、彼女がかつて確かに生きて、戦ってきた証拠だった。
「俺が直す。絶対に、元通りにしてもう一度息を吹き返させてやる」
「えっ……!? 直すって、古代の伝説の人形だよ!? 腕も足もないし、胸の機械もバチバチ火花が散ってるのに……!?」
「足りないパーツは、俺が最高のものを作って組み込む。回路が焼き切れてるなら、全部引き直せばいい。俺の【超・資源再生】は、そのためにあるんだ」
俺の迷いのない瞳を見て、エマは息を呑み、それからパッと顔を明るく輝かせた。
「……うん! そうだよね! カイトお兄ちゃんなら、絶対に直せるよね! 私、周りに落ちてる部品がないか探すの手伝うよ!」
「ああ、頼む! 急ぐぞ、この子の魔力が完全に消える前に、工房へ連れて帰るんだ!」
「了解っ!」
俺は銀髪の少女――ルナを大切に胸に抱きかかえ、エマと共にクレーターを全速力で駆け上がった。
冷たく動かないルナの身体が、俺の腕の中で、かすかに温もりを取り戻したように感じられた。