第4話 宇宙人が来た!
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あらすじ
丸髷は美しい。 古い日本髪の写真集を見て、丸髷の美しさに魅せられた若い女性、丸井月子。 彼女は、思い切って自分も丸髷にしてみたものの、周囲の人々から笑われてしまう。 傷ついた月子は、ある夜、星空を見上げて決心する。 「地球に丸髷の美しさを理解してくれる国がないのなら、宇宙に作ればいい!」 やがて、彼女の夢に共感する少数の仲間たちが集まり、秘密の宇宙船計画が始まる。 そして、誰にも知られずに宇宙へ旅立つ月子たち。 果たして、丸髷を愛する人々の理想郷は見つかるのだろうか? 丸髷と宇宙――全く関係のなさそうな二つのものが結びついたとき、奇想天外な冒険が始まる。 ちょっぴりおかしくて、心温まる、愛と夢と丸髷の宇宙物語。
本文
その日、地球のある小さな町では、朝から大騒ぎが起こっていた。
「おい! 空を見ろ!」
「何だ、あれは!」
「宇宙船じゃないか!?」
青空の彼方から、銀色に輝く巨大な物体が、ゆっくりと降りてきたのである。
それは、丸井月子たちを乗せた宇宙船だった。
地球への帰還は、予定よりもずっと難しいものになっていた。
宇宙を旅する間に、当初の着陸予定地の設備に不具合が生じ、
使用できなくなっていたのだ。
そのため、一行は急きょ、安全に着陸できる別の場所を探さなければならなかった。
ようやく見つけたのが、この町の郊外に広がる草原だった。
しかし、そこには重大な問題があった。
人目につかずに帰還することが、ほとんど不可能だったのである。
宇宙船は、高度を下げながら、静かに草原へ近づいていった。
その姿を見た人々は、驚きの声を上げた。
「宇宙人だ!」
「宇宙人が攻めてきたぞ!」
「いや、攻めてくるにしては、ずいぶんゆっくりだな」
誰かが、そんなことを言った。
宇宙船は、草原の真ん中に静かに着陸した。
周囲には、たちまち人々が集まり始めた。
スマートフォンを向ける人。
興奮して叫ぶ人。
遠巻きに眺める人。
そして、早くもインターネットには、宇宙船の映像が投稿されていた。
『謎の巨大宇宙船が着陸!』
『地球外生命体、ついに襲来か!?』
『宇宙人が来た!』
噂は、驚くべき速さで広がっていった。
一方、宇宙船の内部では、月子が窓の外を眺めていた。
「……何だか、人がたくさんいますね」
月子は、不安そうに言った。
花村小春も窓から外をのぞいた。
「本当ですね。みんな、こっちを見ていますよ」
白石隆之は、少し困ったように微笑んだ。
「どうやら、秘密の帰還というわけにはいかなかったようです」
「ええっ!」
月子は驚いた。
「じゃあ、私たちが宇宙へ行っていたこと、みんなに知られちゃうんですか?」
「そうなるでしょうね」
「どうしよう……」
月子は、少し考え込んだ。
もともと、自分が宇宙へ行った理由を、大勢の人々に説明するつもりはなかった。
丸髷の国を作りたかったから。
そんな理由を聞いて、世間の人々はどう思うだろう。
また、笑われてしまうかもしれない。
月子の胸に、昔の悲しい記憶がよみがえった。
しかし、小春が明るく言った。
「大丈夫ですよ、月子さん!」
「小春さん……」
「私たちは、何も悪いことをしたわけじゃありません。堂々としていましょう!」
白石もうなずいた。
「ええ。必要な安全確認を済ませてから、きちんと事情を説明しましょう」
月子は、二人を見つめた。
そして、小さくうなずいた。
「……はい!」
やがて、関係機関による安全確認が進められ、
宇宙船の周囲には立ち入りを制限する区域が設けられた。
その外側には、報道陣が続々と集まってきた。
テレビ局の中継車。
新聞記者。
カメラマン。
インターネットの配信者たち。
草原は、いつの間にか大変な騒ぎになっていた。
そして、ついに宇宙船の扉が開いた。
「出てくるぞ!」
「宇宙人だ!」
人々が一斉に注目した。
扉の奥から、最初に姿を現したのは、一人の若い女性だった。
丸井月子である。
月子は、宇宙船を降りる前に、丸髷をきれいに整えていた。
艶やかな黒髪が、ふっくらと丸い形に結い上げられている。
その髪には、小さな花の髪飾りが添えられていた。
月子は、少し緊張した表情で、ゆっくりと外へ出た。
すると、報道陣の間から、驚きの声が上がった。
「……あれ?」
「女性だぞ!」
「しかも、日本人みたいだ!」
「いや、それより……」
ある記者が、思わず叫んだ。
「何で丸髷なんだ!?」
周囲が、ざわめいた。
宇宙人が現れると思っていた人々の前に、丸髷を結った若い女性が現れたのである。
しかも、その後ろからは、花村小春と白石隆之まで出てきた。
「宇宙人じゃないのか?」
「地球人みたいだぞ!」
「いったい、どういうことなんだ?」
報道陣は混乱していた。
やがて、安全な場所に設けられた臨時の記者会見場で、
月子たちは質問に答えることになった。
まず、白石が宇宙船について説明した。
民間の研究計画として、少数の協力者とともに建造したこと。
地球の外へ向けて、実際に長距離航行したこと。
そして、目的を果たせず、地球へ帰還したこと。
記者たちは、驚きながら話を聞いていた。
そして、ある記者が尋ねた。
「ところで、そちらの女性は、どういう方なのですか?」
白石は微笑んだ。
「こちらが、今回の宇宙旅行の発案者、丸井月子さんです」
月子は、慌てて頭を下げた。
「あ、初めまして。丸井月子です」
カメラのシャッターが、一斉に切られた。
「丸井さん! なぜ宇宙へ行こうと思ったのですか?」
月子は、少し緊張した。
しかし、ここまで来たら、正直に話すしかない。
「……丸髷が好きだからです」
会場が、一瞬、静まり返った。
「……はい?」
質問した記者が、聞き返した。
「丸髷です」
月子は、もう一度答えた。
「この髪型です」
そう言って、少し横を向き、自分の丸髷を見せた。
「私は、この丸髷が、とても美しいと思っているんです」
記者たちは、顔を見合わせた。
「それで……宇宙へ?」
「はい」
月子は、真剣にうなずいた。
「丸髷を美しいと思う人たちが集まって、幸せに暮らせる国を作りたかったんです」
「宇宙に、ですか?」
「はい。地球によく似た星を見つけて、そこに丸髷の国を作れたらいいなって」
再び、会場が静かになった。
やがて、あちこちから小さな笑い声が聞こえた。
月子は、胸がちくりと痛んだ。
また、笑われている。
しかし、月子は、もう逃げなかった。
「確かに、変わった夢だと思います」
月子は、静かに続けた。
「でも、私は本当に丸髷が好きなんです。
昔、丸髷にして街を歩いたとき、笑われたことがありました」
会場の笑い声が、少しずつ消えた。
「とても悲しかったです。自分では、こんなに美しいと思っているのに……」
月子は、少しうつむいた。
しかし、すぐに顔を上げた。
「だから、丸髷を美しいと思う人たちが、安心して暮らせる場所を、
作りたかったんです」
記者たちは黙って聞いていた。
「もちろん、丸髷が好きじゃない人もいると思います。それは、全然構わないんです」
月子は微笑んだ。
「ただ、お互いの好きなものを、笑わずに尊重できたらいいなって思うんです」
会場には、しばらく静けさが続いた。
そして、一人の記者が言った。
「……素敵な考え方ですね」
月子は、驚いたようにその人を見た。
「ありがとうございます」
その言葉をきっかけに、会見の雰囲気が少し和らいだ。
小春も、自分が月子の夢に共感して同行したことを話した。
白石も、丸髷の美しさを愛する一人として協力したのだと説明した。
やがて、会見は終わった。
その日の夜。
月子たちの宇宙旅行は、世界中のニュースになった。
『謎の宇宙船、実は民間の秘密計画!』
『丸髷を愛する女性、宇宙に理想郷を求める』
『なぜ丸髷で宇宙へ? 驚きの宇宙旅行』
インターネットでも、大きな話題となった。
『宇宙へ行った理由が丸髷って、すごすぎる』
『最初は笑ったけど、話を聞いたら応援したくなった』
『丸髷って、よく見ると本当にきれいだね』
『好きなものを笑われない世界、いいと思う』
もちろん、相変わらず月子を面白がる人々もいた。
しかし、それ以上に、月子の純粋な夢に心を動かされた人々もいた。
そして、月子のもとには、たくさんの応援の言葉が届くようになった。
ある日の午後。
月子は、小春と一緒に、静かな喫茶店でお茶を飲んでいた。
「月子さん、すっかり有名人ですね!」
小春が笑った。
「そんなつもりじゃなかったんだけどね……」
月子は、照れくさそうに答えた。
すると、近くの席にいた女性が、ためらいがちに声をかけてきた。
「あの……丸井月子さん、ですよね?」
「はい?」
月子は顔を上げた。
そこには、月子と同じくらいの年頃の女性が立っていた。
どこかで見た顔だった。
「あの……覚えていないかもしれないけど……」
女性は、少し言いにくそうに続けた。
「前に、街であなたの丸髷を見て、笑ったことがあるんです」
月子は、はっとした。
思い出した。
あの日。
初めて丸髷にして、嬉しくて街を歩いていた日。
通りすがりに自分を見て、笑った女性たち。
その中の一人だった。
「……ああ」
月子は、小さくうなずいた。
女性は、深く頭を下げた。
「ごめんなさい」
月子は、何も言えなかった。
「ニュースを見たんです。
あなたが、丸髷をどんなに大切に思っているのか、初めて知りました」
女性の声は、少し震えていた。
「あのとき、私、何も考えずに笑ってしまったんです。本当に、ごめんなさい」
月子は、静かに女性を見つめた。
女性は続けた。
「正直に言うと、
私自身が丸髷にしてみたいかと聞かれたら、まだ分からないんです。
でも……」
女性は顔を上げた。
「人が大切にしているものを、笑ってはいけなかったと思いました」
月子の胸に、温かなものが広がった。
あのときは、ただ悲しかった。
自分の好きなものを、否定されたような気がした。
けれども今、あの日の相手が、こうして謝ってくれている。
月子は、優しく微笑んだ。
「ありがとう」
女性は、驚いたように月子を見た。
「謝ってくれて、嬉しいです」
「……許してくれるんですか?」
月子は、少し考えてから答えた。
「はい。私も、もう悲しい思い出のままにしておきたくないから」
女性の目に、涙が浮かんだ。
「本当に、ごめんね」
「ううん。もう大丈夫」
月子は微笑んだ。
小春も、隣で嬉しそうに二人を見守っていた。
女性は、最後に月子の丸髷を見つめた。
「……こうして近くで見ると、とても丁寧に結ってあるんですね」
「そうなんです!」
月子は、ぱっと顔を輝かせた。
「丸髷って、ふっくらした曲線が本当に美しいんですよ!」
その勢いに、女性は思わず笑った。
月子も笑った。
今度の笑い声は、誰かを傷つけるものではなかった。
互いを理解しようとする、温かな笑い声だった。
その夜、月子は部屋の窓から星空を見上げていた。
かつて、あの星々を見ながら、宇宙へ行こうと決心した。
そして本当に宇宙へ行った。
しかし、理想の星には、たどり着けなかった。
けれども、地球へ帰ってきた今、不思議なことが起こり始めていた。
自分の丸髷を美しいと言ってくれる人が、少しずつ増えている。
自分の夢を理解しようとしてくれる人が、現れている。
「……地球も、悪くないのかな」
月子は、小さくつぶやいた。
そのとき、スマートフォンに白石からのメッセージが届いた。
『丸井さん。興味深いお話があります。
最近、世界各地で、価値観を共有する人々が集まり、
小さな自治共同体を作る動きが広がっているそうです。
もしかすると、あなたの夢にも、新しい可能性があるかもしれません』
月子は、何度も文章を読み返した。
「……新しい可能性?」
窓の外には、星々が輝いていた。
宇宙のどこかにあると思っていた、丸髷の理想郷。
それは、もしかすると、もっと身近なところに作れるのかもしれない。
月子の胸に、新しい希望の光が灯った。
宇宙への旅は終わった。
しかし、丸髷の女王になるという夢は、まだ終わっていなかったのである。
(第4話 完)