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第一話「鳥居の外の居場所」

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/11/3 📚 シリーズ: 狐面の絵馬に願いを込めて 📝 1,238文字 ✅ 全年齢

あらすじ

部活紹介で所属を尋ねられ、月城貴乃(16)は笑ってごまかす。掲示板で見つけた榊森神社の求人に応募すると、宮司の榊朔也(54)は「無理な日は申告してください」と告げた。笛の音に雨中の校庭を思い出しながらも、玉砂利を掃く手は軽い。夕暮れの狐面は願いを拾うという言い伝え。靴に小石が入るのは神様に呼ばれた印だ。初めて選んだ居場所で、祭礼の人手不足を知る。

本文

「月城さんは、どこか部活に入ってる?」

昼休みの教室は、湿った制服の匂いと、窓から入る雨の匂いで満ちていた。

部活紹介の紙を配っていたクラス委員が、何気なく顔を上げる。

貴乃は机の端を指先でなぞった。爪のあいだに、朝ついたシャープペンの黒が残っている。

「えーと」

喉の奥がきゅ、と鳴った。

「まだ、決めてなくて」

笑った。ちゃんと笑えたと思った。

けれど、机の下で握った手は、冷たかった。

「そっか。早く決めたほうがいいよ。紹介、今週までだから」

「うん、ありがとう」

紙の上には、部活の名前が並んでいた。

雨粒が窓を細く滑る。その向こうの校庭は、泥を跳ね上げる靴と、短い笛の音で揺れていた。

貴乃は視線を落とした。

掲示板の隅に、小さな紙が一枚だけ残っていた。

〈榊森神社 巫女補助・境内清掃 若干名。 〉

紙の端が、風にかすかに震えていた。

応募の電話をかける前、貴乃は何度も番号を見た。指が汗ばんで、画面が滑る。

「月城貴乃と申します」

声が裏返らなかったことに、少し驚いた。

榊森神社の鳥居をくぐると、雨上がりの土と杉の匂いがした。

拝殿の軒から落ちる雫が、石畳に丸い跡をつくる。

「月城さんですね」

紺の作務衣を着た榊朔也が、静かに会釈した。

「はい」

貴乃も頭を下げる。濡れた前髪が頬に張りついた。

朔也は履歴書から顔を上げた。

「祭礼前は忙しくなります。ただ」

貴乃の肩が、わずかに固まる。

「無理な日は、申告してください」

一拍、音が消えた気がした。

「……休んでも、いいんですか?」

尋ねたあとで、貴乃は唇を噛んだ。

朔也は目を細めるでもなく、困った顔をするでもなく、ただうなずいた。

「ええ。無理を隠されるほうが、こちらは困ります」

胸の奥にあった何かが、ほどけそうになった。

貴乃は慌てて息を吸った。

「分かりました」

それだけ言うのに、少し時間がかかった。

竹箒を動かすたび、玉砂利がさら、さら、と乾いた音を立てた。

軽い。

腕も、足も。息さえも。

遠くで笛が鳴った。

ぴい、と細く伸びた音に、貴乃の手が止まる。

雨の校庭。白線の消えた地面。濡れた靴下。笛が鳴るたび、走れと言われた声。

けれど今、目の前にあるのは、水を含んだ苔の緑と、雨粒を抱いた榊の葉だった。

貴乃は箒を握り直す。

さら、さら。

小石が靴の中に入った。

「……あ」

片足を浮かせ、そっと靴を脱ぐ。

白い小石が、掌にころんと落ちた。

夕暮れの社務所には、狐面が並んでいた。赤い紐が、風もないのにわずかに揺れる。

『夕暮れの狐面は、言えなかった願いを拾う』

さっき、朔也がそんな話をしていた。

『靴に小石が入るのは、神様に呼ばれた印だとも言います』

貴乃は掌の小石を見つめた。

「呼ばれた、のかな?」

声は小さかったが、消えなかった。

そのとき、社務所の奥で紙をめくる音がした。

「祭礼の手伝いの人数、やはり足りませんね」

朔也の低い声。

貴乃は小石を靴の横に置き、境内を見回した。

薄紫の空。提灯のない軒下。誰もいない参道。

それでも、箒の柄は不思議なくらい温かかった。

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作者について

津組セナ

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