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第二話「小さな声の授与所」

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/11/3 📚 シリーズ: 狐面の絵馬に願いを込めて 📝 1,314文字 ✅ 全年齢

あらすじ

文化祭の係決めで、部活生だけが練習を理由に抜けていく。貴乃(16)は飲み込んだ不満を抱えたまま、同じ高校の真壁湊(17)と授与所に立つ。迷子を母親へ送り届け、礼を言われた瞬間、大声で返事を強いられた記憶がよみがえる。それでも湊は、小さな声は相手を見ていれば届くと言う。鈴緒を三度鳴らすと迷いが晴れるという言い伝えの残るの夜、古い絵馬が棚から落ちる。

本文

「文化祭の係、残れる人?」

担任の声に、教室の空気がわずかに沈んだ。

貴乃は配られた希望表の端を押さえた。窓の外では、グラウンドへ向かう生徒の声が弾んでいる。

「すみません、部活あるんで」

「俺も。大会前だから」

「吹部、通し練です」

椅子が引かれる音が、次々に重なった。

「じゃあ、残りの人で決めようか」

その言葉に、貴乃の指が止まる。

残りの人。

喉元まで来たものを、いつものように飲み込んだ。

「月城さん、受付係どう?」

「……はい」

笑おうとしたけれど、頬がうまく動かなかった。

夕方の榊森神社は、冷えた風が石畳を撫でていた。

授与所の小窓の向こうで、湊が御守りの紐を整えている。長い指が、朱色の房をそっと揃えた。

「文化祭、係になったらしいですね」

「……はい」

貴乃は巫女装束の袖口を直した。

「部活の人は、練習だからって抜けていきました」

鈴のついた根付が、指先で小さく揺れる。

「別に、悪いことじゃないんですけど」

言った途端、胸の奥が痛んだ。

「でも、残る側が当たり前みたいになるのは……嫌です」

湊はすぐには答えなかった。授与所の外を見ている。

「嫌だった、でいいんですよ」

貴乃が顔を上げる。

「……そんなふうに言っていいんですか?」

「言わなかったら、嫌じゃなかったことになるわけじゃないです」

風が吹き、白い紙垂がかさりと鳴った。

そのとき、鳥居のそばで幼い子の泣き声がした。

「おかあさん……っ」

貴乃は反射的に立ち上がった。小さな男の子が、涙で濡れた頬を両手でこすっている。

「どうしたの?」

しゃがむと、男の子は首を横に振った。鼻をすすり、言葉にならない声を漏らす。

「大丈夫。ゆっくりでいいよ」

貴乃は急かさず、男の子の視線の先を追った。

人の流れの向こうで、青ざめた女性がこちらへ駆けてくる。

「ゆうと!」

男の子が振り向いた。

「おかあさん!」

抱きしめる腕。震えた背中。女性は何度も頭を下げた。

「本当に、ありがとうございます」

返事をしようとした瞬間、耳の奥で笛が鳴った。

『返事が小さい!』

雨の校庭。泥の跳ねた靴。皆の前で、もっと大きな声を出せと言われた記憶。

貴乃の肩がびくりと揺れた。

「い、いえ」

声は、かすれた。

女性は気にした様子もなく、子どもの頭を撫でながら笑った。

「助かりました」

二人の背中が参道の先へ消えてからも、貴乃はその場に立ち尽くした。

「小さかったですか?」

「何がですか?」

「今の返事です」

湊は授与所の柱にもたれ、貴乃を見た。

「届いてましたよ」

「でも……」

「相手を見て言えてました」

湊の声は低く、静かだった。

「だったら、届きます。大きさだけで決まりません」

貴乃は唇を閉じた。

冷たい空気を吸うと、胸の奥の固いところが少しだけ緩んだ。

境内に人影がなくなると、湊が拝殿の前で鈴緒を指した。

「三度鳴らすと、迷いが晴れるらしいです」

「本当ですか?」

「言い伝えです」

貴乃は鈴緒に触れた。藁の感触が掌にざらりと残る。

一度。

鈴の音が、暗い木々へ広がる。

二度。

遠くの車の音が、ふっと薄くなる。

三度。

澄んだ音が消えた直後、授与所の奥で、何かが落ちた。

からん、と乾いた音。

貴乃と湊は同時に振り向く。

棚の下に、古い絵馬が一枚、裏返しで落ちていた。

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作者について

津組セナ

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