第11話 機械仕掛けの女神
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
町工場の修理工・カイトは異世界に召喚されるも、ハズレスキル【リサイクル】を理由に「廃棄の谷」へ追放されてしまう。 だが、その真価はガラクタを神話級へと創り変える【超・資源再生(アップサイクル)】だった! 折れた剣は不壊の魔剣に、毒の霧は無限のエネルギーに、捨てられた機械人形は絶世の美少女(最強)へと大変身! 拾い人の少女や龍人族、没落令嬢らと共に、温泉付きの快適な要塞都市を築き上げていく。 一方、使い捨て社会のツケで破滅寸前の王国が「戻ってきて国を建て直してくれ!」と泣きついてくるが―― 「断る。俺の居場所は、あの最高のゴミ捨て場だ」 ガラクタだらけのどん底から始まる、痛快な領地開拓ファンタジー!
本文
サファイアのように澄んだ青い光が、少女の瞳の中で幾何学模様を描きながら巡った。
カチリ、カチリ、と小さな精密機械の作動音が首筋の奥から響く。
人形のように動かなかった銀髪の少女が、数回ゆっくりと瞬きを繰り返した。
焦点の合っていなかった瞳が、目の前に立つ俺の姿を真っ直ぐに捉える。
「……個体識別信号、スキャン」
鈴を転がすような、涼やかで透明感のある声が静かな作業部屋に響いた。
「魔力波長の一致を確認。主魔力炉(コア)の再構築者……我が主(マスター)と認定します。……システム起動完了。おはようございます、マスター」
少女は流れるような美しい仕草で上半身を起こすと、作業台の横にすっと立ち上がり、深々と頭を下げた。
その滑らかな動きを見て、俺は張り詰めていた肩の力を一気に抜き、長い息を吐き出した。
「……良かった。ちゃんと動いたか」
「はい。マスターの施してくださった修復により、全システムが正常に稼働しています」
「マスターって柄じゃないから、カイトと呼んでくれ。足立楷斗だ。よろしくな、ルナ」
「はい、カイト様」
ルナは顔を上げ、じっと俺の目を見つめ返した。
感情を抑えた静かな瞳。
だが、その青い光の奥底には、深い感謝と敬意の色が宿っているのが見て取れた。
何百年もの間、冷たい泥の底で誰にも顧みられずに一人きりで眠り続けていた少女。胸の奥に灯った光は温かかった。
「……お兄ちゃん」
すぐ隣から、ひそひそとしたからかい混じりの声が聞こえてきた。
振り返ると、エマがニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべて、俺の顔を指差していた。
「な、なんだよエマ」
「お兄ちゃん、顔が真っ赤だよ〜? すっごい美少女にじーっと見つめられて、鼻の下が伸びてたんじゃない?」
「伸びてない! 徹夜で作業して血圧が上がってるだけだ!」
「えー、本当にぃ? さっきから目が釘付けだったよ?」
「修復した魔力回路の巡りを目視で観察してただけだ!」
「はいはい、そういうことにしておいてあげる!」
ケラケラと笑うエマに、俺はこめかみを押さえた。
まったく、命拾いしたばかりの助手が、一番口が減らないとはどういうことだ。
そんな俺たちのやり取りを、ルナは小首を傾げながら不思議そうに観察していた。
「カイト様。そちらの小型の生命体は……?」
「小型って言わないで! 私はエマ! お兄ちゃんの助手で、腕利きの【廃材採集者(マテリアル・ギャザラー)】なんだからね!」
エマが胸を張って言い返すと、ルナは礼儀正しく軽く会釈をした。
「認識しました、エマ様。私は自律型戦闘オートマトン、コード『ルナ』。以後、お見知り置きを」
「うわあ……礼儀正しい! 王都の高飛車な貴族令嬢たちに見習わせたいくらいだよ!」
エマが感心したようにパチパチと手を叩く。
「さて、ルナ。動けるようになったのはいいが、装甲板のままじゃ落ち着かないだろ。これを用意しておいたんだ。一人で着替えられるか?」
俺は作業部屋のラックから、あらかじめ仕立てておいた一着の衣服を取り出して手渡した。
「はい、問題ありません。一人で着用可能です」
ルナは衣服を受け取り、その場で手際よく身に纏っていった。
谷に捨てられていた耐熱防護服の繊維と、貴族の馬車から剥ぎ取った高級カーテンのシルクをリサイクルして作った衣服だ。
サイズはミリ単位で調整してあったため、彼女の華奢で引き締まった肢体に吸い付くようにぴったりとフィットした。
黒を基調としたシックなデザインに、白のエプロンドレス。
銀色の長髪と相まって、驚くほど神秘的な美しさを醸し出している。
……そう、誰がどう見ても、完璧な『戦闘用メイド服』だった。
エマがじーっとその姿を眺め、それからニヤリと意地悪そうな笑みを浮かべて俺を見上げてきた。
「……ねえ、カイトお兄ちゃん」
「な、なんだよ」
「なんでよりによって『メイド服』なのかなー? 動きやすい服なら普通のズボンとかでも良かったよね? もしかして……お兄ちゃんの個人的な趣味?」
「ばっ、違う! これはだな……その、男のロマンというか……、美少女アンドロイドの衣装はお決まりというか、定番というか……!」
「あーっ! 自分から白状した! やっぱりお兄ちゃんの趣味じゃん! お決まりって何さ、誰が決めたの!」
「う、うるさい! 防護機能と運動性を極限まで両立させたら、たまたまこの形になったんだよ!」
「はいはい、そういうことにしておいてあげるね、むっつりスケベなお兄ちゃん!」
「むっつり言うな!」
からかうエマと顔を真っ赤にして弁解する俺の前で、ルナは真面目な顔で袖口を確かめていた。
「カイト様、この衣服、素晴らしいです。摩擦抵抗はほぼゼロ、魔力伝導率は通常の衣類の5倍以上を記録しています。素晴らしい機能美です」
「ほら見ろ! ルナもこうして絶賛してくれてるじゃないか!」
「ルナちゃんが真面目だから助かってるだけだよ……」
エマが呆れたように小さくため息をつく。
その時、ルナが胸元にそっと手を当て、じっと自分の内側を見つめるように動きを止めた。
「……どうした、ルナ? どこか調子が悪いところでもあるか?」
「いえ……逆です。自己診断(セルフチェック)を行っているのですが……驚くべき数値が検出されています」
「数値?」
「はい。私の全身を構成する神聖魔導鋼の強度が異常なほど高まっており、以前の基本設計の3倍以上になっています。さらに……主魔力炉(コア)の出力、最大記録値の450パーセントを計測。大気中の魔力を自動吸収して無限に自己充電する回路、自己修復機能、果ては思念伝達による戦闘補助機能まで付加されています……」
ルナは白く滑らかな両手を見つめ、困惑したように声を震わせた。
「私のデータベースにある設計図と、あまりにもかけ離れています。私は……大破し、軍事兵器としての価値を失って廃棄されたはずです。なぜ、このような神話級の性能に……?」
壊れて役に立たなくなったから、暗闇に投げ捨てられた人形。
その過去の記憶が、彼女の心を縛り付けているようだった。
俺は立ったままのルナと真っ直ぐに向き合い、彼女の澄んだ青い瞳を見つめた。
「ルナ。過去の設計なんて、知ったことじゃない」
「……カイト様?」
「あいつらが直せないからって、お前の価値がゼロになるわけじゃないんだ。誰かに捨てられたからって、お前がゴミになるわけじゃない。壊れたなら直せばいいし、足りないならもっといいものを足せばいい。それが俺の職人としての流儀だ」
俺はポンと、ルナの頭に優しく手を置いた。
「今のその身体が、お前の本当の姿だ。堂々と胸を張れ」
「…………っ」
ルナの青い瞳が、大きく見開かれた。
感情を持たないはずの機械人形の白い頬が、ぽっと淡い桜色に染まる。
ルナは慌ててフイッと顔を横に背け、ツンと澄ました声を出した。
「……べ、別に、褒められても嬉しくなどありません。ただ、カイト様の技術力を客観的な事実として評価しただけです」
「あはは! 見てお兄ちゃん! ルナちゃん、すっごく分かりやすく照れ隠ししてるよ!」
「エマ様、余計な観測結果の報告は控えてください。私の感情モジュールに異常はありません」
ツンツンとした態度で言い返すルナだが、耳の先までほんのりと赤くなっている。
どうやら彼女の心も、魔力炉と一緒にしっかりと息を吹き返したらしい。
ルナは姿勢を正し、右手を胸に当てて俺を見つめた。
「カイト様。この新たな命……すべてをあなたにお預けします。私はあなたの剣となり、盾となり、この身が再び砕け散るその瞬間まで、あなたをお守りすることを誓います」
痛々しいほどに純粋で、重い忠誠の言葉。
だが、俺は静かに首を横に振った。
「ルナ、そこまで気負う必要はないよ」
「……え?」
「壊れるまで戦えなんて言わないし、命を捨てて俺を守ってほしいわけでもない。お前はお前がやりたいように生きてくれればいいんだ。俺のそばにいたいなら、ただ一緒にいてくれればそれで十分だよ」
「私の……やりたいように……?」
ルナは不思議そうに目をパチクリと瞬かせた。
「カイト様は、本当におかしな方ですね。兵器として生まれた私に、自由に生きろだなんて」
呆れたように呟くルナ。
だが、その口元には、かすかに嬉しそうな微笑みが浮かんでいた。
「グウウウウウゥ……」
その空気を豪快にぶち壊すように、間抜けな腹の虫の音が部屋に響き渡った。
「……あ、あはは。そういえば、昨日から何も食べてなかった……」
エマがお腹を押さえながら、恥ずかしそうに頬をポリポリと掻いた。
「そうだな。徹夜で作業したから腹も減った。だが飯の前に、少し外へ出ようか」
「外、ですか?」
「ああ。ルナの身体の最終チェックだ。実戦でどれだけ動けるか、工房の周りで試してみたい。ちょうど――手頃な的が近づいてきてるみたいだしな」
壁のモニターには、工房の防毒結界の境界線付近をうろつく、数匹の大型廃棄魔獣の影が映し出されていた。